第十話 やる気がない人
お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。
「な・・な・・な・・」
「サンドラ様―!」
その場から飛び出したハイデマリーは、飛び付くようなことはせず彼女の前で止まり、真っ赤な顔を自分のスカートに押し付けるほど、体を折り曲げるようにして頭を下げながら、大きな声を上げた。
「私!あなたのファンなんです!あなたが翻訳した本は全部持っています!まさかあなたがサンドラ様だったなんて知らなかったんです!今までの数々のご無礼!どうかお許しください!」
自分を差し置いて飛び出して行ったハイデマリーのお尻(屈伸状態で頭を下げているのでお尻しか見えない)を呆然とカロリーネが眺めていると、
「あら!あら!あら!」
と言って、お仕着せ姿のカサンドラがコロコロ笑い出す。
「私!あなたが初めて翻訳をした『おとぼけヒロインは揺るがない』の初版本を持っていますし!『ハッサンと姫の恋』は全巻持っています!尊敬しています!握手してください!」
「まあ!握手ですって?よろしいですわよ〜」
色々とツッコミたいカロリーネだったが、何処からつっこめば良いのか分からなくなってきた。
庶民だったハイデマリーがフェヒト子爵に引き取られ、貴族の娘として学園に編入して来たのだが、ハイデマリーは庶民の出でありながら成績が優秀だったことから特待生扱いとなっていた。
編入時は学園長自ら、庶子であるハイデマリーをサポートするようにとアルノルト王子はお願いされることになったのだが『これって完全に鳳陽小説展開じゃなーい!』と、生徒だけでなく大勢の教師が心の中で叫ぶことになったのだ。
遥か東に位置する鳳陽国は先進的な国であり、印刷技術や製本技術の開発が進んでいる関係から多くの書物が一般市民むけに出版されているのだった。
クラルヴァイン王国において、今まで書物と言えば聖書、書物といえば歴史学、書物と言えば貴族名鑑だったというのに、書物の中に娯楽を取り入れる先駆者となったのは、間違いなくカサンドラということになるだろう。
カサンドラは多くの『鳳陽小説』の翻訳を行ったのだが、鳳陽の恋愛小説は大概が女性の下剋上物語となる。ヒーローには高位身分の婚約者が必ずと言って良いほどいるのだが、ヒーローと明るく朗らかでおつむが軽いヒロインとが恋に落ち、悪役の婚約者(悪役令嬢とも呼ぶ)は当て馬として活躍することになる。
鳳陽ではクラルヴァインと同じように学園、学舎が存在するため、学業に勤しむ生徒たちの恋愛模様も描かれる。そうして、学舎に途中から編入して来ることになるヒロインは、大概が、皇子とか宰相の息子からサポートを受け、そこから恋に発展することになる。
鳳陽小説マニアのハイデマリーは、編入時にアルノルト王子にサポートされることになった為、自分こそがヒロインであると思い込んだし、山ほどの鳳陽小説を翻訳してきた悪役令嬢カサンドラは、ハイデマリーこそがヒロインであると思い込んだ。
二人とも、物語のようなことが現実に起こるわけもないということを理解出来ていなかった為、学生時代、色々とゴタゴタすることになったのは間違いない。(ここの辺りをお忘れの方は、掲載されている『悪役令嬢はやる気がない』を読んでいただけると嬉しいです)
「カサンドラ様!」
お仕着せ姿のカサンドラの前まで移動したカロリーネは怯えるように言い出した。
「何故!お仕着せなんか着ているんですか!しかもそのお仕着せ!うちの侯爵家が侍女に着せているお仕着せじゃないですか!」
色々とツッコミたいところはあったけれど、まずは第一に疑問として口から出たのはカサンドラのその格好だった。どう考えても、どう考えても、おかしい。
「しかも!その背中におんぶしているのはなんなんですか!まさか!まさか!まさか!」
お仕着せ姿のカサンドラは確かに何かをおんぶしていた。
クラルヴァイン王国には『おんぶ』するという文化がないのだが、鳳陽国には存在する。首が座った赤子などを背中に背負って、紐で結びつけるようにして固定するのだ。
「フロリアン様をおんぶ!おんぶしていますよね!」
「あら、カロリーネ、貴女も異国の文化や習慣に対して差別的発言をする人だったの〜?ちょっと予想外というか、心外というか〜」
「わ・・私は女性がおんぶする姿を『猿の親子』などと言い出すつもりはございませんわ!」
クラルヴァイン王国では『おんぶ』するという文化がない、貴族だけでなく平民だって『おんぶ』なんかしない。だからこそ鳳陽街などで『おんぶ』している親子を見ると、
「猿みたい〜!」と言って、馬鹿にする風潮にあるのだ。
「カロリーネ『おんぶ』ってとっても良いことだと思いますのよ。肌と肌が触れ合う温もりが与える安心感たるや、情操教育にもとっても良いものだと思いますの。フロリアンだって四六時中、母と一緒に居られるのですからね?おとなしいものですよ!」
「いや、そうじゃなくって!おんぶを否定しているわけじゃなくてですね!」
カロリーネはハワハワと何度か口を動かすと、
「なんで王子様を連れてモラヴィア侯国に居るんですか!王太子妃と王子が!なんで私のために用意された客間に居るんですか!」
ようやっと核心を突いた質問を吐き出すことが出来たのだ。
「おかしいですよ!滞在するにしても、なんで王宮じゃないんですか!ここは侯王のお姉様であるカテリーナ・バーロヴァ女伯爵様の家ですよ!」
「それは、異国に移動したカロリーネをお世話するには顔馴染みが居た方が心安らかになれると思って!」
「いやいやいやいや!心安らかになんてなれません!妃殿下の身の安全を考えたら今にも卒倒しそうです!」
頭を抱えたカロリーネは、閃きを感じて前を見る。
侯爵家のお仕着せを着たカサンドラと、乳母も含めた五人の侍女たち。この侍女たちを侯爵家では見たことはなかったが、王宮の中では見たことがある。
護衛も可能な侍女も含まれているし、そのうちの一人は女性騎士としてカサンドラに仕えていた者だ。
「わかった・・カサンドラ様ったら・・またやる気がなくなったのですね?」
「え?」
「人に仕えられるのに飽きたから、仕える側にまわってみたい。息苦しい王宮から逃げ出して、地位も名誉も捨てた状態で、侍女として、何も考えずに働いてみたい」
「えええ?」
「王家の一員となったカサンドラ様が頭脳勝負だということは知っていますけれど、その頭脳を使うのに飽きたとか、面倒臭いとか、ちょっと責務から離れたいとか言って、とにかくやる気がないだけですよね?まさか、そんなやる気がないという理由でこんなところまで、遠路はるばる逃げて来たんじゃ・・」
子供をおんぶしたカサンドラは、あざとさをアピールするように小首を傾げて、うるうるした瞳でカロリーネを見つめながら、
「カロリーネ、そんなことを言っていると、ドラホスラフ様に嫌われちゃいますわよ!」
と、乙女ぶった声で言い出した。それは今のカロリーネに対して、言ってはならない言葉だった。
6/10(月)カドコミ様よりコミカライズ『悪役令嬢はやる気がない』が発売されます!!書き下ろし小説(鳳陽編)も入っておりますので、ご興味ある方はお手に取って頂けたら幸いです!!鳳陽ってどんな国?なんてことが分かる作品となっております!よろしくお願いします!!
宣伝の意味も含めて『モラヴィア侯国編」の連載を開始いております!最後までお付き合い頂ければ嬉しいです!
モチベーションの維持にも繋がります。
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