第一話 王太子妃はやる気がない
お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。
カサンドラは完全にやる気を無くしていた。
年に一度か二度は、やる気がでない病を発症するカサンドラなのだが、今回は思いの他重篤なようにも感じられる。
息子のフロリアンを産んで半年が経過し、ようやっと首もすわって立て抱っこも出来るようになったというのに、何もかもがやる気が出ない。育児に対してやる気が出ないというよりも王太子妃業に対してやる気がどうにも出ないのだ。
「どうしたんだ?随分とやる気が出ないみたいだが?」
今日のアルノルトが用意した夕食は、一口大に切った鶏のもも肉を小麦粉に塗して揚げたものに、茄子とトマトを炒めたものと混ぜ合わせて、醤油と酢で味付けをしたさっぱりとした肉料理になる。
アルノルトが使用した酢はレモン酢で、輪切りにしたレモン三個分を1Lの酢と砂糖150gで漬け込んだものだ。疲労回復、免疫力向上、美肌にダイエット効果があるとして、アルノルトが妻のために手作りしたものだ。
「最近、急に暑くなって来たから、夏バテでもしたんじゃないか?」
酢は消化吸収を促進すると共に、疲労回復効果もあるとされている。最近、やる気がなくて沈鬱な表情を浮かべるカサンドラのために、アルノルトはパイナップルやアプリコットをテーブルの上に用意している。
「何というか・・何て言えばいいのでしょうね・・」
カサンドラは心配そうに自分を見つめる夫を見上げて、少し困ったような笑みを浮かべた。
「とにかくやる気が出ないのです」
「燃え尽き症候群的なものか?」
「そうなのかも・・しれませんわね」
次の王位はアルノルトが継承する形となるのだろうが、そのことには賛同していたとしても、アルノルトの伴侶となるカサンドラに対して不服に思う貴族や貴婦人がやたらと多いような状態だったのだ。
なにしろカサンドラは自分の書類仕事を減らしたいという願望から、王都を管轄とする省庁を勝手に作り上げたのだ。そこにはクラルヴァイン王国に移住する外国人の問題を解決する部署も入れることとして、細々とした仕事はそこで行なった上で、最後の報告や承認は自分のところに来るようにとカサンドラは差配した。
最初は外国人問題だけ取り扱っていたのだが、そのうち王都に関わる政務のほとんどカサンドラ直轄の省庁で行うこととなったのだ。賄賂を貰って私腹を肥やしていた王宮の官僚たちの反感を買わないわけがなかったのだ。
貴婦人たちの反乱のような騒動が仕組まれることになったものの、カサンドラは腹心の側近、コンスタンツェとカロリーネを使って至極あっさりと解決に導いた。悪い奴は処刑処分となり、悪徳官僚ももれなくクビとなったので、クラルヴァインの中枢は非常に風通しが良くなったと言えるだろう。
一通り国内の悪い奴を排除することに成功したことから、気が抜けてしまったのかもしれない。これが世にいう燃え尽き症候群という奴なのかもしれないけれど・・
「暑い日が続いておりますし、ようやっとカロリーネ様とドラホスラフ様の結婚の日取りも決まったようですし・・私、ちょっと避暑がてらカロリーネ様のところに行って来ようかと思うのですけど・・」
「カロリーネ嬢のところというと・・モラヴィア侯国に行くのか?」
「ええ、フロリアンも連れて行こうかと思うの。駄目かしら?」
広大な森林地帯を国土に持つモラヴィア侯国はクラルヴァイン王国の北に接する隣国だ。カロリーナが誘拐されるような形でモラヴィアへ旅立って三ヶ月ほどが経過しているのだが、ようやっと、結婚式を挙げる日取りのようなものが届けられてはいるのだが・・
「北か・・」
即座に駄目だと言い出さない夫の姿を見つめたカサンドラは、ピンときた。おそらくアルノルトには北に向かわなければならない用があるのだ。
「何だったら家族旅行と洒落込みませんか?フロリアンも首がすわってきましたし、お父様との旅行を楽しみにしていると思いますのよ?」
「フロリアンが楽しみにしているのか・・」
生後半年となるフロリアン王子では、旅行が楽しみとなるわけがないのだが『家族旅行』と『お父様との旅行を楽しみ』というワードがアルノルトの胸に突き刺さることとなったのだ。
最近のカサンドラはとにかくやる気がなかったのだ。
「何とかしてくださいませ」
「アルノルト様、なんとか出来ないのですか?」
と、アルノルトは周りからプレッシャーをかけられてもいたのだが、カサンドラにやる気になってもらうには、気分転換が必要となるのかもしれない。
「確かに、気分転換に旅行というのは良いのかもしれないな」
元々、結婚をするまでの間は、あっちの国、こっちの国と移動をし続けているようなところがあったのだ。幼い時から遥か東に位置する鳳陽国にまで出かけて行っていたカサンドラとしては、今の状況に閉塞感のようなものを感じていたのかもしれない。
「私も北には用があったのだ」
「では、モラヴィア侯国までカロリーネ様の様子を見に行きましょうよ」
「避暑とするには、侯国は涼しくて良いかもしれないな」
こうして家族旅行は決定し、その手配を任されることになったアルノルトの側近となるクラウスは、
「はあ?モラヴィアまで避暑旅行?家族旅行をしたい?何を寝ぼけたことを言っているのですか?」
と、眼鏡をずり落としながら呆れた声を上げることになったのだ。
「今のこの時に、クラルヴァイン王国の王太子夫妻がモラヴィア侯国を訪れるなんて、正気の沙汰とは思えないですよ」
「だから、王太子夫妻として訪れるわけではなく」
「まさかのお忍び訪問ですか?」
ずり落ちた眼鏡を指先で押し上げたクラウスは、クルクルと頭の中を回転させていくことになったのだ。
「カサンドラ様はとにかくやる気がありませんものね?」
「そうだな、やる気がない状態なのは間違いないと言えるだろう」
「気分転換の家族旅行ということですよね?」
「そうだ、気分転換でモラヴィアへ行く」
「はーっ・・」
大きなため息を吐き出しながらクラウスは俯くと、気を取り直すように顔を上げて、
「分かりました!全ての手配はこのクラウスにお任せください!」
と、胸を張って言い出したのだった。
6/10(月)カドコミ様よりコミカライズ『悪役令嬢はやる気がない』が発売されます!!書き下ろし小説(鳳陽編)も入っておりますので、ご興味ある方はお手に取って頂けたら幸いです!!よろしくお願いします!!
続編『悪役令嬢は王太子妃になってもやる気がない』を読んでいただきありがとうございます!モラヴィア侯国編がスタートとなりますので、最後までお付き合い頂ければ嬉しいです!
モチベーションの維持にも繋がります。
もし宜しければ
☆☆☆☆☆ いいね 感想 ブックマーク登録
よろしくお願いします!