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セルジュVSアロガンツ

 共和国の空は飛行船と鎧が飛び交っていた。


 コックピットの中で奥歯を噛みしめるのはジルクだ。


 緑色の鎧にライフルを構えさせ、次々に引き金を引いて敵を撃ち落としていく。


「数が違いすぎますね」


 性能差で戦えてはいるが、数的に負けているのは痛い。


 聞こえてくるのはエリクの声だ。


『ラウルト家の領地から馬鹿でかい船が来るぞ!』


 案内役としてアインホルンの甲板の上にいるエリクの声で、四人の意識は遠くに見えるイデアルへと向かう。


 ブラッドが驚いて戦場で動きを止めていた。


『浮島を使っていないのに、何て大きさだ。パルトナーよりも大きいじゃないか』


「ブラッド君、止まらないでください!」


『わ、悪い』


 通常、巨大な飛行船というのは浮島を利用したものが多い。


 七百メートルを超えるパルトナーは、純粋な飛行船としてみれば最大級の飛行船だ。


 それを超えて大きな飛行船など、ジルクたちもはじめて見る。


 大きな飛行船――イデアルの本体からは、次々に飛行船や鎧が出撃してきていた。


 全て無人機だ。


「あれがバルトファルト伯爵の言っていた、敵のロストアイテムですか」


 金属の装甲板が全体を覆っている。


 どうやって動いているのか分からない飛行船を前に、ジルクはアインホルンの方を見た。


 浮かんでいるアロガンツは、近付いた鎧を次々に撃破している。


 ジルクは残弾数を確認すると、アインホルンへと戻るのだった。


 丁度、補給を行っていたクリスと入れ違いで甲板に帰還する。


『ジルク、早めに上がれ。私とグレッグはアロガンツを支援する。ブラッドだけじゃこの数はさばききれないからな』


 ジルクは操縦桿を手放し、深呼吸をした。


「分かっています。お気を付けて」


 クリスが空に舞い上がるのを見送ると、ジルクの鎧の周囲に作業用のロボットたちが集まってきた。


 素早く補給や整備を行っている。


「――ですが、巣穴から本命を引きずり出せましたね」


 ライフルを交換し、休息が終わるとジルクは再び空へと舞い上がるのだった。



 イデアル本体。


 艦内を歩くセルジュは、パイロットスーツを着用していた。


 これからギーアへと乗り込むのだ。


 ついてくるのはイデアルだった。


『マスター、アロガンツの形状が以前とは異なっています。警戒してください』


「俺が負けると思うのか?」


『相手が戦争を経験しているのをお忘れですか? 油断してはいけません』


「分かったよ。だが、どうせチート戦艦で性能のゴリ押しだ。そんな奴は怖くなんかないね」


 油断しているセルジュを見ながら、イデアルは思うのだった。


(――少々、図に乗らせすぎましたか。こいつの遺伝子情報は既に入手済みですから、ここで消えても問題ありませんけどね。転生者のサンプルを失うのは痛いですが、目標のためには絶対に必要な存在でもなし)


 マスターなどと呼んではいるが、内心では利用しているだけだった。


 ギーアへと乗り込むセルジュは、これからゲームでも始めるような態度だ。


 ワクワクしているのか、顔付きは真剣そうに見えない。


「すぐに終わらせてやる」


『――では、私は本体から支援させていただきます』


「おうよ。今度はあいつの首を持ち帰ってやるよ」


(首とは、リオンの首でしょうか? それともアロガンツの首でしょうか? たぶん、後者なのでしょうね。甘い。本当に甘い)


 出来れば今回の戦闘にセルジュは出撃させたくなかったが、本人が出るというので認めてしまった。


(こいつの後任はレリアでも構いませんが、オリヴィアという盾を置いて戦場に出る――高潔な精神には本当に涙が出ますよ)


 リビアがいれば、ルクシオンも簡単には本気を出せなかった。


 イデアルは予定していた戦場にルクシオンを引きずり込めず、多少の苛立ちを感じている。


(まぁ、どうにでもなりますけどね)


 ギーアのコックピットが閉まると、ツインアイが光った。


「リオン、今度は誰も止めないぜ!」


 出撃するギーアを見送り、イデアルは艦橋へと向かうのだった。



 戦場に現れたセルジュを、共和国の兵士たちは声を張り上げ歓迎する。


『ラウルト家のセルジュ様だ!』

『これで俺たちの勝ちだ!』

『共和国万歳!』


 ギーアのコックピット内で、セルジュは気分よく操縦桿を握りしめる。


 必死に抵抗を見せている王国の飛行船アインホルンは、共和国側の攻撃で装甲が煤けていた。


 周りを飛び回っている鎧を見て、セルジュは口笛を吹く。


「乙女ゲーの王子様たちか? 多少は戦えるみたいだが、俺とギーアの敵じゃないな。さっさとリオンを倒すか」


 ギーアが暗くなり始めた空を飛び、アインホルンの側にいたアロガンツを見つけ襲いかかる。


「見つけたぜ、リオン!」


 アロガンツはバトルアックスを持ち、下降して槍を振り下ろすギーアの一撃を受け止めた。火花が散り、互いに距離を取るとすかさず次の攻撃を打ち込む。


「背中が少し違うな。本気を出したのか?」


 槍を振り下ろしたときの手応えから、相手のパワーが上昇しているのが分かる。


 だが、それでもギーアの方が上だ。


『またお前か。俺はお前の相手をしている暇はないんだよ』


 リオンの声にセルジュは不敵に笑うのだった。


「ここをお前の墓場にしてやる。今度はノエルも止めないぜ!」


 この場にノエルがいないため、止める理由がないと言うと――リオンが答えた。


『――あぁ、俺も止めるつもりはない』


 ギーアが距離を取り、腕に仕込んだマシンガンでアロガンツを攻撃する。


 背中に背負ったシュヴェールトからレーザーを照射してくるアロガンツだが、ギーアの装甲がそれらを弾く。


「無駄だ! その程度の攻撃でどうにかなると思うなよ!」


 対して、ギーアのマシンガンは――アロガンツの装甲を削っていた。


「スピードが上がっても、的が大きいと当てやすい。どうしてそんなウスノロを使っているのか理解できないな!」


 その言葉にリオンが反応を示す。


『ウスノロだと? アロガンツのスピードを舐めるなよ!』


 背負ったシュヴェールトが唸り、爆音を発するとアロガンツがセルジュの視界から消えた。


 だが、セルジュは慌てない。振り返って槍を構えた。


「甘いんだよ!」


 魔法による感覚強化で、セルジュはアロガンツの速度に対応する。


「どうした? その程度か、屑騎士!」


『――っ!』


 戦場では、セルジュとアロガンツが激しく戦っていた。


 そんなセルジュに、青と赤の鎧が挟み込むように向かってくる。


『もらった!』


『この野郎ぉぉぉ!』


 クリスとグレッグが乗る鎧の動きを見ながら、セルジュは対応するのだった。


 二人の鎧をその場で回転するように蹴り飛ばし、アロガンツが振り下ろしてきたバトルアックスをギーアの手で受け止めた。


「その程度で俺を止められると思うなよ!」


 セルジュが戦闘に参加したことで、一気に流れは共和国側に傾いていく。



 ラウルト家の屋敷。


 レリアが用意された部屋で休んでいると、クレマンが訪ねてきた。


 オネエの教師であるクレマンだが、本来はレスピナス家の元騎士である。


 若い時は美形で女性の人気も高かった。


 そんなクレマンがレリアを訪ねてきた理由は――。


「何よ? 姉貴なら知らないわよ」


「――レリアちゃん。いえ、レリア様。この屋敷で死体が発見されました」


「嘘!? ま、まさか姉貴が!?」


「いえ、違います。ですが、何者かが侵入しているのは確かです。ノエル様を急いで探しておりますが、レリア様も十分にお気を付けください」


 レリアはノエルが死んでいないと知って安堵する。


 それよりも、だ。


「あんたも姉貴を探しにいけば?」


「自分はレリア様をお守りするように命令されています。もっとも、命令されなくてもレリア様をお守りしましたけどね」


「――そう」


 レリアはクレマンがレスピナス家の騎士だと知っていた。何しろ、自分たちを匿った者たちの一人がクレマンなのだ。


 だから、あまり驚いた様子もない。


「それにしても驚きました。あの事件の頃は幼かったレリア様が、私を覚えてくださっていたのですね」


 レリアは内心で呆れる。


(あんたみたいな濃いキャラを忘れるわけがないじゃない。昔はもっと美形だったのに、今はこんな――まぁ、いいけどね)


「それがどうしたのよ」


「いえ、嬉しかったのです。あの頃、私はまだ新米の騎士に過ぎませんでしたから」


 レリアは、クレマンが新米として配属された日のことを思い出す。


 失敗し、上司に叱責されていたクレマンを助けたのはレリアだ。


 将来のために声をかけたに過ぎない。



 子供の頃のレリアは、将来を見越してうまく立ち回っていた。



「それより、いったい誰が侵入したのかしら?」


「ラウルト家に恨みを持つ者もおりますが、他の六大貴族も信用できません。この混乱を利用して政敵を排除しようとしている可能性もあります。ただ、どちらも限りなく可能性が低い。やはり、王国の関係者である可能性が高いかと」


 それを聞いてレリアは焦る。


「嘘でしょ」


(あいつら、こんな所にまで乗り込んできたの?)


 ただ、リオンはセルジュと戦っているはずだと思いなおす。


(リオンが来ているはずがない。なら、いったい誰が――)


 考え込んでいると、扉の向こうで物音が聞こえてきた。


 クレマンがレリアを背にして剣を抜く。


「レリア様はお下がりください。――そこにいるのは誰!」


 ドアが開くと、そこには誰もいなかった。


 ただ、ドアの前にいた護衛の兵士が倒れている。


 レリアは驚く。


「誰もいない」


 ただ、クレマンは冷や汗をかいていた。


「――そこにいるわね。姿を見せないなんて、女の子に失礼じゃないかしら?」


 誰もいないはずなのに、クレマンに答える声があった。


「これは失礼した。でもね、こっちは遊んでいる余裕がないから許してくれよ」


 クレマンが誰もいないのに剣を左から右へ――横一文字に振り抜くと、見えない何かは屈み込みクレマンの懐に潜り込むと鳩尾に一撃を叩き込んだようだ。


 クレマンの巨体が少し浮き上がり、体をくの字に曲げている。


 だが、クレマンが剣を捨てて抱きついた。


「逃がさないわよ!」


「――それは困る」


 そんなクレマンは、顎を殴られたのか顎が持ち上がるとそのまま見えない何かに投げ飛ばされる。


 床に倒れるクレマンは、鼻血を出しながら立ち上がろうとしていた。


「レリア様をどうするつもり!」


 何が起きたのか分からないレリアは、ただその場で立ち尽くすことしか出来なかった。


(え? いったい何が起きて――)


 見えない何かは言う。


「あぁ、こいつに興味はない。広い屋敷で少し手間取ったから、道を尋ねるだけだ。潜り込むまではよかったが、支援を受けられないから大変だよ」


 レリアはその声の主を知っていた。


「どうしてあんたがここにいるのよ。戦場にいるはずでしょ!」


 見えない何かは低い声を出す。


 レリアは自分の顎が持ち上がり、下顎に銃口を突きつけられているのが分かった。


「リビアの居場所を言え」


 右手を前に向けたレリアは、リビアにしたように電気ショックを与える。


 すると、人の姿をした透明な何かが一瞬だけ浮かび上がった。


 ただし、それだけだ。


「な、なんで効かないのよ!」


 驚いていると、目の前の人物は低い声でもう一度聞いてくる。


「――二度目はない。居場所を言え」


 普段とは違う男の声に、レリアは恐怖からリビアの居場所を教えてしまうのだった。



 リビアの部屋。


「放して! 放してください!」


 ランベールはベルトを外し、ズボンを下げるが片手でリビアの腕を掴んでいるためうまく服が脱げない。


「静かにしろ! そう言えば、王国の女は亜人たちを抱くらしいな。お前も色んな亜人たちに抱かれた後か。可愛い顔をして好き者じゃないか」


「私はそんなことはしません!」


「それは結構! なら、すぐにでも本物の男を教えてやる。だから抵抗を――こ、この!」


 ランベールも男だ。


 腕力なら女子供よりも強い。


 だが、リビアの抵抗が思ったよりも強く、ズボンが足首まで降りた状態でなんとか押し倒したが――そこから先に進んでいなかった。


「こ、この! いい加減に観念しろ!」


 すると――。


「お前が観念しろ」


 ランベールの頭部から何かをぶつけたような音が聞こえたと思えば、見えない何かに持ち上げられたようにリビアから離れた。


 解放されたリビアだが、胸元で手を握りしめる。


 聞き間違えるはずがない声に安堵した。


「――リオンさん?」


 すぐに、何もない場所に急にリオンが出現したように見えた。


 パイロットスーツ姿で、手にはライフルを持っている。


「迎えに来たぞ、リビア」


 涙を流し、リビアはリオンに抱きつくのだった。


「リオンさん! 私――私!」


「もう大丈夫だ。外の見張りも気絶させているから、すぐにこの場を離れるぞ」


 リビアは頷く。


「はい。えっと、あの――ノエルさんもこの屋敷にいるみたいです。だから」


「悪いが、連れて帰れるのは一人だけだ。それから、詳しい話は後だ。光学迷彩のシートがあるからかぶっておけ」


 見えない布をかぶると、リビアは周囲の景色に溶け込み消えるのだった。


 鏡を見ると本当に消えている。


「これ凄いですね」


「万能じゃないけどな。――少し用事があるから先にドアの外に出ていてくれ」


「何をするつもりですか?」


 リオンはリビアに笑顔を見せる。


「ちょっとした悪戯だ」


「リオンさん、こんな時まで――え?」


 いつものリオンだと安心したのだが、普段の顔とどこか違っていた。


「リオンさん、もしかして怒っていますか?」


 リオンは左手で顔を隠す。


「誰かさんのせいで大変だからね」


「ご、ごめんなさい」


 シートを握りしめ俯くと、リオンが笑顔で話しかけてくる。


「嘘だよ。――俺のミスだ。だから、悪いのは俺だ。怖かっただろ? もう心配はいらないから外で待っていてくれ。終わったらすぐにここから出よう」


 頷き、リビアが部屋の外に出ると、すぐに部屋の中から「カシュッ!」という音が二回聞こえてきた。


(何の音だろう? 何かがこすれたような音かな?)


 ――聞いたことない音だった。


 リオンがすぐに部屋から出てくると、リビアは尋ねるのだった。


「何をしたんですか? 聞いたことのない音が聞こえたんですけど」


「――秘密だ」


 ライフルを持つリオンだが、リビアに隠すように――右手ではサプレッサー付きの拳銃をホルスターにしまい込んでいた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ちゃんと正しい怒りと殺意の扱いができてて良かった
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