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アルベルク

 アインホルンがある港。


 甲板に出た俺は、ルクシオンと話をしていたのだが――。


「おい、アインホルンを二隻も造ったのか?」


『クレアーレの奴が勝手に建造したのです。私の設計したアインホルンを改造し、整備用のパーツを勝手に使うなどと――許せないと思いませんか?』


「まぁ、アンジェはリコルヌの色に嫌がるだろうが、白はリビアに似合うから別に良いか」


『マスター? もう少し厳しい対応を取るべきですよ』


「そうだな。――さて、お前の考えを聞くとするか」


 船内で一晩過ごしている間に、ルクシオンは随分と動き回っていた。


『セルジュが一人で行動を起こしたことになっていますが――イデアルに動かされたと考えています』


「――続けろ」


『当初、セルジュはマスターと仲良くしようと話を持ちかけました。あれ自体、イデアルが誘導したように感じられます』


 軍属。


 新人類との戦争を経験した宇宙船。


 そんなイデアルが、自分よりも大人しいなどと考えられない、というのがルクシオンの考えだった。


「お前の思い込みじゃないんだな?」


『イデアルがセルジュを誘導しています。実際、セルジュに届ける情報を自身で選別していますからね。知らないでしょうが、マスターの情報を売ったのは共和国に逃げ延びた王国貴族の関係者たちです。“淑女の森”――覚えていますか?』


「忘れたくても忘れられない名前だな」


『彼女たちから得た偏った情報を、故意に伝えたと考えられます』


「毛嫌いされるわけだ。まぁ、俺がセルジュなら、同じように信用しないだろうけどな」


『私はイデアルのようなことはしませんよ』


「え、そうなの?」


『――マスターの中で私がどんな評価なのか気になりますね』


 どんなに言い訳をしても、人殺しだからな。


 距離を置きたい気持ちも分かる。


 それが、この世界の価値観と違っていると分かっていても、俺にはどうにも馴染めない。


「あいつらは、これから何をするつもりだ?」


『聖樹に関しての対応はいくつか予想できますが、今後の展開は一つでしょう。聖樹など関係なく、イデアルは新人類殲滅に向けて動きます』


「お前ら極端すぎるよな」


 人工知能はどいつもこいつも極端だ。


『レリアを仲間に引き入れたのは、自身のマスターと交配させるためと考えられます』


 噴き出しそうになった俺に対して、ルクシオンは淡々と告げてくる。


『重要なことです。本来なら、私もマスターの結婚相手にマリエを勧めたかったですからね。彼女にも旧人類の遺伝子が色濃く残っていますから』


「ないわ。妹に手を出すとか、創作の中だけの話だわ」


『現実にも事例がいくつもあります。創作の中だけの話ではありませんよ。そもそも、肉体的には赤の他人なので近親交配にはなりません』


 神話の時代から、兄妹で――というのは実例があるらしい。


 そういえば、俺も聞いたことがあるな。


「そうか。でも俺はないな。マリエを女として見られないし」


 あいつは女じゃない――妹だ。


『残念です。まぁ、つまり、イデアルも同じことを考えていると言いたかったのです』


 旧人類の遺伝子が欲しい。


 そのために転生者を利用すると――あれ?


「おい、あいつはもしかして、俺たちの遺伝子情報を欲しがっていないか?」


『今日は鋭いですね。正解です。可能な限り、転生者を探すために動くと考えられます。そのために都合が良いのは、セルジュがこの世界の王になることですね。それから、マスターに止めを刺さなかったのは、生きたサンプルが必要だからだと思いますよ』


「生きたサンプル?」


『人体実験用のサンプルです。最悪、なくてもいいのですが、貴重な転生者ですからね。クローンでは駄目だと思いますし、生きた状態で確保したかったのでは?』


 ――最悪だな。


 それよりも、共和国に二人――現状、王国にも俺とマリエの二人だけ。


 イデアルがたった四人で満足するとは思えなかった。



 リオンの部屋。


 目を覚ましたアンジェは、リオンのベッドに自分が寝ていることに気が付いた。


「リオン!」


 慌てて周囲を確認すると、リオンの姿はなかった。


 ただ、近くにリビアがいる。


 椅子に座って神妙な顔をしていた。


「リビア、リオンの身に何かあったのか?」


 リビアはアンジェの声にハッとして、少し間が空いてから首を横に振った。


「いえ、今は甲板に出ています」


「そうか。なら、大丈夫だな。よかった。本当によかった」


 だが、リビアの表情は優れない。


「どうかしたのか? まさか、後遺症があるのか!?」


 リビアが首を横に振ると、アンジェは安心した。


 ただ――。


「アンジェ、リオンさんとマリエさんには、何か関係があるんでしょうか? 兄妹という話があるとか?」


 アンジェが首をかしげる。


「何を言っている? そんなことは“あり得ない”」


「でも、もしかしたら生き別れた兄妹とか」


 リビアが何を言いたいのか分からなかった。


 アンジェはそれだけはないと断言できる。


「ない。一年の一学期にラーファン子爵家は徹底的に調べ上げた。当時はユリウス殿下の愛人になるかもしれない女だと思っていたからな。公爵家でも徹底的に調べた」


 それは王宮も同じだ。


 結果、血縁関係に関しては驚くほど何も出てこなかった。


 実家の素行不良の方が問題だったくらいで、マリエ自身には何もなかったのだ。


 精々、治療魔法が使えるだけの子爵家の娘でしかなかった。


 リオンと何か接点があるなどという報告はない。


「でも、バルトファルト家に事情があるとか」


「それもない。私の実家が調べたからな。公爵家の娘が嫁ぐのだから、色々と調べるに決まっている。リオンとマリエの間には何もない」


「――でも」


「どうした? 今日はおかしいぞ。疲れているなら休め」


 リビアが俯いた顔を上げた。


「この部屋にマリエさんが来たんです。その時、リオンさんのことを“兄貴”って呼んだんですよ」


 アンジェはその言葉に困惑するのだった。


「――え?」


 ここで互いに親しいとか、実は付き合っているとかなら対応も出来る。


 怒るし、何をするか自分でも分からない。


 だが、流石に兄貴は想定外だった。


「あ、兄貴?」


「はい。確かに呼んでいました。恋人という雰囲気でもなくて――本当の兄妹のようだったんです。言葉に出来ませんけど、兄妹なんだろうなって寝ぼけながら思いました。でも、そんなことはあり得ないし」


 アンジェもリビアも、首をかしげるのだった。


「血縁関係はないはずだ。そもそも、バルトファルト家とラーファン子爵家は接点すらないぞ。――なかったはずだ」


 アンジェも自分の答えに疑問が生まれてくる。


 関係はないはずなのに――マリエはリオンを「兄貴」と呼んだのだから。


「マリエはどこだ? 直接話を聞く」


「えっと、屋敷に荷物を取りに向かいました」


「なら、戻ったときにでも聞くとしようか。リオンにも聞いておきたいが、今は休ませてやりたい」


 あれだけ手ひどく負けたのだ。


 きっと落ち込んでいると思う二人だった。



「腹減ったな。何か食い物をくれ」


『マスターは元気ですね。強敵が現れたのに緊張しないのですか?』


「生きていればお腹が空くんだよ」


 甲板の上でルクシオンと話をしていた俺は、お腹が空いていた。


『ノエルが連れ去られたのにのんきですね。イデアルにとって、ノエルはレリアから信用を得るための道具です。重要度は低いのですが?』


「共和国にしてみれば苗木の巫女様だ。手荒なことはされないだろうさ」


 ノエルが無事なら問題ない。


 何かしたら俺も――。


 考え込んでいると、下が騒がしくなってくる。


 見下ろすと、共和国の兵士たちがアインホルンを臨検すると騒いでいた。


 以前俺たちを臨検した隊長殿が、包帯を巻いた状態で乗り込んできている。


「あの隊長殿も元気だな」


『随分と嬉しそうですね。マスターが敗北したと聞いて、仕返しのつもりで来たのでしょうか?』


 対応するために下へ降りることになった。


 出入り口付近では、メイド長がその隊長殿と言い合っている。


「許可もなく急に来て横暴ではありませんか!」


「臨検だと言っている。そもそも、ここはアルゼル共和国だ。王国の弱者は相応の態度でいるべきではないのかね? それとも、我々に敗北したのを理解していないのかな?」


「――騙し討ちのような真似をしておいて」


 共和国の末端は、今日も元気だった。


 俺が姿を見せると、隊長殿が笑みを浮かべている。


「待っていましたよ、伯爵。さぁ、さっさとこの飛行船を臨検させてもらいましょうか。徹底的に調べ上げて――」


 よからぬことを考えていた隊長殿の後ろには、帽子をかぶった男性が立っていた。


 長身で鍛えられた体をしており、隊長殿とは正反対のナイスミドルだ。


「退いてもらおうか」


 そのナイスミドルが帽子を取りながら言うと、隊長殿は振り返りながら――。


「いったい誰だ! わしに指図を――す、するのはえっと、あの、その――」


 急に声が小さくなり、震えはじめる隊長殿にナイスミドルが言う。


「手を出すな。私はそう命令を出しているはずなのだがね?」


 六大貴族の代表アルベルクが、数人の部下を連れて俺の所にやって来た。


 隊長殿は泡を吹いてその場に座り込んでしまったのを、部下たちが引きずっていく。


 アルベルクさんが俺を見つけると、


「失礼した。息子の件も含めて謝罪をしたい。少し話せないだろうか?」


「俺の飛行船に乗り込んでくるなんて、あんた良い度胸をしているね」


 流石はラスボスと言ったところか?


 俺は応接間に案内する。



 アインホルンの応接間は、ピエールたちに汚されていたが今は元通りだった。


 ロボットたちがしっかり片付けてくれたよ。


 そんな応接間で、二作目のラスボスと向き合っているのだが――。


「本当に謝罪がしたいだけ?」


 ――耳を疑った。


「そうだ。息子の件は本当に申し訳ないと思っている」


「ついでにさっきの件も謝罪して欲しいね。部下の責任は上司が取るべきだ。責任者なのだから当然だよね?」


「痛いところを突く。その件も謝罪しよう――この度は大変失礼をした。申し訳ない」


 口だけなら何とでも言える。


 だが、どうして俺に会いに来たのかが分からない。


 こいつの目的は何だ?


「議長代理である前に、私も一人の親だ。息子のことには責任を感じるさ」


「正式に謝罪は出来ないのに?」


 極秘に会いに来た理由――エリクの親と同じだ。


 メンツがあって、共和国として正式に謝罪が出来ない。


「――外国人の君から見れば、到底理解できないのだろうね」


「国際問題を軽視しているとしか思えませんね」


 一瞬、ピエールをボコボコにしてやったことを思い出したが、あの件は先に手を出したのがピエールだから問題ない。


 ――たぶん。


「共和国とはそういう国だ。ホルファート王国にも悪いとは思っているよ」


 正式な謝罪はしない。しないが、親として謝りに来たそうだ。


「ノエルと苗木を返して欲しいですね」


「――それは出来ない。既に彼女がレスピナス家の生き残りであると知られてしまった。私を含め、六大貴族はどんな手を使ってでも彼女を守るだろう」


「苗木の巫女だから?」


「そうだ。君が守護者に選ばれたのも知っている。出来れば、君とは友好的な関係を築きたかったよ。もっと早くに君という人間を知っておくべきだった」


 外道と思われている俺を利用する目的だろうか?


 こいつもイデアルに何か吹き込まれたか?


「これでも善良な小物でしてね。ご期待には添えられませんよ」


「それでは、善良な小物に敗北した我が国は何と呼ばれるのだろうね?」


 しばらく黙っていると、アルベルクさんが立ち上がるのだった。


「フェーヴェル家が君たちを捕らえようとしている。その動きに同調する家もある。悪いが、逃げるなら早い方がいい」


「俺たちを逃がすのか?」


「私個人は王国と事を構えるつもりはない。戦争をしたいと言うのなら迎え撃つだけだ」


 個人的な意見、ね。


 ラスボスが穏健派を気取っているのだろうか?


「なら聞かせてくださいよ。貴方個人の考えを知りたい。これからの共和国をどうしたいのか――是非とも聞いておきたい」


 アルベルクさんは俺に背を向けたまま口を開いた。


 だが、俺の問いには答えてくれない。


「――私は君が羨ましいよ。いや、君がいる王国が、かな」



 アルベルクが港から領地へと戻る途中。


 リオンと話をしたときのことを思い出していた。


 飛行船の休憩所には、アルベルクと部下が数人いるだけだ。


 部下がアルベルクに疑問を投げかけている。


「アルベルク様、何も謝罪など不要でしたのに」


 ――アルベルクは頭が痛くなる。


(大問題になっているのを分かっているのか? いや、分かっていないのだろうな)


 聖樹があるために共和国は常に強気でいられた。


 そのため、一度敗北を経験したのは良い薬だと思っていた。


 思っていたのだが――。


 セルジュが共和国の自尊心を取り戻してしまった。


 そのため、熱に浮かれているような雰囲気が共和国内の貴族にはある。


 やはり自分たちに敵はいないのだと、不安を打ち消すように強気になっていた。


 ただ、そのプライドを取り戻した方法も大変お粗末としか言えない。


(セルジュよ、私を失望させないでくれ)


 アルベルクは今後を思うと頭が更に痛くなるのだった。



 アルベルクさんがアインホルンから去ると、俺はアンジェと今後について話をしていた。


「リオン、このまま動かないつもりか? 共和国の連中は、確実に私たちを捕らえるために動くぞ。そのセルジュとかいうロストアイテムの鎧持ちが出てくるだろう」


「――そうだね」


「アロガンツも修理中なのだろう? 悪いが、力尽くでもお前を連れ帰る。国には――いや、私にはお前が必要だ」


 俯いているアンジェに、なんと言えば良いのか分からなかった。


 ――いつもこうだ。


 どうしても迷ってしまう。


 ルクシオンを得たというのに、俺は悩んでばかりだ。


 セルジュが羨ましい。


 このまま共和国は見捨ててもいい。


 セルジュがいれば、聖樹の暴走には対応できるだろう。


 だが、問題は――イデアルだ。


 あいつは危険すぎる。


「問題はセルジュだ。あいつが共和国だけを支配して満足するかな?」


 イデアルの名前を出さず、セルジュの名前を出したのは――その方がアンジェに理解して貰えると思ったからだ。


 ルクシオンたちのことを話しても時間がかかるし、信じて貰えるか分からない。


 アンジェは顎に手を当てる。


「私はその男を知らないから何も言えない。ルクシオンと同じロストアイテムを持っているからな。私では判断できない。出来ないが――」


「出来ないが?」


「その男個人は、絵本の英雄に憧れる子供だな」


「男なら英雄に憧れると思うけど?」


「そういう意味ではない。地に足がついていないとでも言うべきだな。リオンをただ外道と罵ったのも問題だ」


 俺は自分を外道だと思っているけどね。


 ――いっぱい殺したからね。


「俺は外道だよ」


「お前は優しすぎるな。リビアも同じだ。優しさは美徳だが、人の上に立つ者が外道になれないのでは話にならない」


 これも価値観の違いなのだろう。


 前世――日本育ちの俺とアンジェの価値観は違う。


 戦争は駄目。人殺しは駄目。


 そうやって教えられ、実際に駄目だと思う俺からすれば、この世界の価値観は受け入れられない部分も多い。


 戦争など小競り合いも含めれば頻繁(ひんぱん)に起きている。


 戦争に駆り出されれば、嫌でも殺し合いだ。


 日本もそういう時代があったとは知っているが、本当に理解したのはこちらで戦争に参加したときだった。


 愚者は経験しないと理解しない、だったか?


 どれほど前世の自分が幸せだったのか、俺は転生してから気付いたよ。


「出来れば外道になりたくなかったよ。俺は地獄に落ちたくなかった」


「私もついていくから安心しろ。話を戻すが、リオンを外道と罵るだけの男に、国を治める器量があるとは思えない」


 あれ? これってもしかして凄く褒められているのか?


 どんな反応をすれば良いのか分からない。


「え、褒められているの?」


「あ、阿呆! 正論を言っているだけだ。だ、だが、お前にはセルジュにはない器量がある。負けたことなど気にするな」


 ――俺が負けたと知れば、王国はどう思うかな?


 ローランドの野郎は笑って喜ぶだろうな。


 俺はそれが悔しい。


『――マスターに器量、ですか』


「うわっ! お、お前、もう少し気を利かせろよ。急に出てくるなよ!」


 アンジェも驚いていた。顔が真っ赤だ。


「お、驚かすな!」


 ルクシオンが現れ、俺たちの会話に急に割り込んできた。


『失礼しました。それよりも伝言ですよ。クレアーレから、急いでマリエの屋敷に来て欲しい、と』


 俺は目を細める。


「共和国の連中、もう動いたのか? ルクシオン、すぐに助けに――」


『――いや、そういう緊急性のある話ではないのですけどね』


 どうにも歯切れが悪いルクシオンだった。


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― 新着の感想 ―
これ最終的にセルジュの処遇どうなるんだろ?イデアルに誘導されてたとしても生半可な罰だと納得できん
[一言] OH…もしかしてリビア乗り込んだのか?
[良い点] リオンが現代人としてまともな感性を持ってて、それでもなお人を殺してしまったことをずっと引きずってるのすごく良い。世界と自分の感性が違うことを自覚しつつもしっかりと悩めるのも共感できるから話…
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