守護者
「やだもぉ! 朝からちょっとお高いジャムを選べるとか最高!」
朝からマリエはご機嫌だった。
二枚目のトーストにジャムを塗って喜んでいるマリエを見て、俺は目玉焼きとベーコンが乗ったトーストを食べていた。
休日にマリエの家に来てみれば、朝食が出来たところだったらしい。俺も一緒に食べることになり、久しぶりにトーストを食べているのだが……何だろう。
マリエが作った朝食なのに、酷く懐かしい味がする。
前世のお袋の味に近い。
俺がトーストを食べているのを見て、ユリウスが驚いていた。
「バルトファルトは食べ慣れているな。俺はこの手の食べ物はあまり経験がないから、どう食べたらいいのか最初は分からなかったのに」
だろうね。
そもそも、トーストが出てきたのはアルゼル共和国に来てからだ。
ホルファート王国にはなかった。
グレッグがかぶりついて食べており、
「慣れるとおいしいよな。最初はこぼしたけど」
クリスが注意している。
クリスの方はナイフとフォークで食べていた。
「今もこぼしているぞ、グレッグ」
賑やかな朝食。
ジルクは紅茶を自分で煎れていた。
これ見よがしに、香りを楽しんでいる。
「やはり朝はこれに限りますね」
その香りに俺は首をかしげる。
「それ、何か変な臭いがするぞ」
すると、ジルクがこれ見よがしに溜息を吐いていた。
「分かっていませんね。多少はお茶に心得はあるようですが、その程度では」
イラッとしたが、ここは我慢しておこう。
ブラッドがジャムを手に取って、
「誰が使う?」
カーラが手を小さく挙げて、
「あ、次使います」
賑やかな朝食時に、カイルが俺に飲み物を差し出してくる。
「ジルクさんもお茶狂いなんですよ」
「おい、俺もお茶狂いみたいに言うなよ。俺はお茶を楽しむ紳士だぞ」
一瞬、全員が静かになった。
だが、グレッグが食事を再開したために、何事もなかったかのように次の話題に移る。
「それより、王国からはいつごろ使節団が来るんだ?」
俺はルクシオンを見る。
『夏期休暇に合わせて、第一陣はすぐにでも。第二陣は、その後でしょうか』
もうすぐ夏休みだ。
ほとんど学園に通っていなかった気がするが、これもピエールのせいである。
フェーヴェル家にはもっと文句をネチネチ言えばよかった。……言ったけど。
ユリウスが俯く。
「しかし、今回は困ったな。まさか、聖樹というのがそれほどまでに厄介とは思わなかった。精々、信仰の対象としか考えていなかったからな」
外から来る人間にそこまで教えなかったのだろう。
そういう意味でも、ピエールの奴は軽率だった。
マリエが三枚目のトーストにジャムを塗っている。
「けど、これで平和に過ごせるわね。もう一学期は終わるけど、残りは楽しく過ごせそうね」
使節団には、マリエたちの世話をする使用人たちも同行している。
家事から解放されるマリエは幸せそうだ。
すると、屋敷の外にある鐘が鳴った。
◇
応接間。
俺はルクシオンと――更にマリエとで、客人の相手をしている。
客人はまさかのレリアだった。
ヒソヒソとマリエと話をする。
「何で主人公がここにいるんだよ?」
「知らないわよ。兄貴が呼んだんじゃないの? あ! カーラが前に人が訪ねてきたとか言っていた気がするわ」
忙しくて気にかけていられなかったらしいが、やはりマリエのせいだったか。
「……後で覚えていろよ」
「待ってよ! お兄ちゃん、私は無実よ!」
二人で話をしていると、レリアがルクシオンに視線を向けた。
そして――。
「それ……課金アイテムですよね」
俺たちは顔を見合わせ、そしてレリアの顔を見た。
「どうして知っている?」
嫌な予感がした。
ルクシオンを見て、課金アイテムだと理解したということは――。
レリアが自己紹介をしてきた。
「私も貴方たちと同じ転生者よ」
普段なら誤魔化していたところだが、こいつは俺たちが主人公だと思っていた女子である。
マリエが驚いていた。
「う、嘘よ! あんたが主人公だと思っていたのに! え? もしかして主人公に転生しちゃった系? 羨ましいな、この野郎!」
レリアの目つきが悪くなっていた。
エミールとラヴラヴしていた時とは大違いだ。
「それは私の姉貴よ! 私は双子の妹よ!」
俺は静かにマリエを睨む。
マリエがサッと視線をそらした。
仕方がないのでレリアと話をした。
「……こちらで調べたが、主人公らしいのはあんた一人だったぞ。それに双子ってどういうことだ?」
「そのままの意味よ。私は姉貴の――双子の妹として転生したの。本来、主人公の双子の妹なんて存在しないわ。そして、私は主人公じゃない。――主人公は姉貴よ」
俺は一度深呼吸をしてから、
「マリエェェェ!」
「ご、ごめんなさぁいぃぃぃ!!」
マリエが謝罪してくるが、一つ気になることがあった。
「おい、ちょっと待て。なら、あんたの姉貴は――主人公はどこにいる? もう一学期が終わるのに、戻ってきていないとかどういう……ま、まさか、入学していないのか?」
双子の妹と名乗る転生者がここにいるのだ。
もしかしたら、本物の主人公は既に学園にいないとか? それは困るぞ!
「……姉貴はうまくやっているわよ。私がどれだけ苦労してフォローしたと思っているの? それをぶち壊すような真似をして! あんたたち、どうしてくれるのよ!」
マリエが鼻で笑う。
「何よ。問題がないなら別にいいじゃない」
レリアが激怒している。
ソファーから立ち上がり、手を振り回して俺たちに文句を言うのだ。
「大ありよ! 聖樹の苗木を早く回収しすぎたわ。あれ、姉貴が回収しないとすぐに枯れるのよ! アレがキーアイテムだって、そこのあざといのは知っているでしょう!」
「あざといですって! ふざけんじゃないわよ。あんたこそ、毎日見せつけてくれていたじゃない! あんたの方こそ男受けを狙ってあざといのよ!」
喧嘩をする二人を見ながら、俺は持っていたケースをテーブルの上に置く。
そこに聖樹の苗木が青々としており、枯れてなどいなかった。
取っ組み合いの喧嘩をしていたマリエとレリアが、苗木を見て驚く。
「あるじゃん!」
「な、なんで? だって、姉貴が巫女に選ばれたから、苗木は枯れなかったのよ」
その辺りの事情はマリエのノートに書かれてはいなかった。
マリエの記憶も当てにならない。
ルクシオンが説明する。
『苗木が枯れるのは、聖樹が存在しているためです。この大陸に聖樹は一本しか存在できません。そのため、苗木は誕生しても次々に枯れてしまうのです。ただ、聖樹の干渉を和らげることで生存は可能ですよ』
特殊なケースに守られている間は、聖樹の苗木も枯れないというわけだ。
「何だよ。心配して損したな」
俺がそう言うと、マリエがレリアに髪を乱しながらあっかんべーとしていた。
「こっちはこっちで苦労しているのよ。あんたが安牌君に手を出しているから勘違いしただけよ」
レリアが少し安堵した顔をして、そのままソファーに座る。
「よかった。苗木が枯れていたら詰んでいたわ」
俺はマリエに確認を取る。
「そうなのか?」
「最終的なラスボスって聖樹そのものだからね。守護者も巫女もいない聖樹って暴走しやすいらしいの。それで、苗木に選ばれた主人公が最終的に勝利して、苗木を倒れた聖樹の代わりに植えてハッピーエンドよ」
レリアが補足してくる。
「姉貴にはゲームと同じように巫女の適性があるわ。私にはなかったし、巫女は間違いなく姉貴だから、主人公は姉貴ね」
マリエが髪を手で整えていた。どうやら、レリアと話している内に、段々とゲームの記憶が蘇ってきたようだ。
……もっと早くに思い出してくれればよかったのに。
「後は、苗木の巫女が選んだ男子が守護者になって、一緒にラスボスと戦う感じだったかな?」
レリアが怒った顔で訂正してくる。
「違うわよ。守護者も苗木が選ぶの。巫女と相性が良さそうな男子を選ぶから、巫女が選ぶように見えているだけ。あんた、ちゃんとゲームをクリアしたの?」
「大きなお世話よ! 全クリはしていないし、それに何年前の話だと思っている? あんた、十年前とか鮮明に思い出せるの? 文句ばっかり言わないでよね」
確かに思い出せないことも多いだろう。特にマリエは、ホルファート王国に転生しているので、アルゼル共和国に関しては興味も薄かったかも知れない。
だが、ここで一つ気になったことがある。
「そうなると、逆ハーレムエンドはないのか?」
レリアが鼻で笑っていた。
「あるけど微妙よ。結局、エリクが守護者に選ばれて、他は巫女の下扱いだし。それより、逆ハーレムとか信じられない」
その言葉が、マリエの心に突き刺さったらしい。
「……逆ハーレムは女の子の夢だから」
おい、こっちを見て言ってみろ。女の子の夢で苦労した俺に、もう一度言ってみろよ!
さて、マリエの方は置いておくとして、レリアの方が知識はあるのは確からしい。安堵している様子から、俺は今後に大きな問題があるとは思わなかった。
「なら、問題ないな。それで、その主人公である姉貴さんは今どこに――」
苗木のケースを手に取ると、俺の右手の甲が光っていた。
「――あれぇぇぇ!?」
ケースに触れた右腕の甲が光り、何やら紋章が浮かび上がっている。
ルクシオンがのんきに、
『おや、この紋章はピエールの物とはまた違いますね』
マリエが口をあんぐりと開け、そしてレリアが両手を頭に持っていく。
「それ守護者の紋章じゃないのぉぉぉ!」
「嘘っ!」
驚いて右手の甲を見ると、何やら植物らしいデザインというかとにかく紋章が浮かんでいた。
マリエが俺から視線をそらした。
「わ、私じゃない。兄貴のせいだから」
そんなことを言い出した。
「てめぇ、一人だけ関係ないふりしてんじゃねーよ! どうするんだよ! これ、主人公の恋人のものだろ? 何で俺につくんだよ! ルクシオン取ってくれ!」
ルクシオンが俺の右手の甲を見る。
『……安心してください。命に別状はありませんよ』
「そういう問題じゃないんだよ!」
三人でぎゃー、ぎゃー、と騒いでいると、ルクシオンが俺たちに説明を始めた。
『そもそも皆さん勘違いをしておられますよ』
俺たち三人が静かになり、ルクシオンを見る。
『聖樹の苗木も、聖樹も守護者を欲しています。聖樹は単独でも存在できますが、苗木の方は守って貰わなければ生きられません』
レリアもそれは分かっていると言いたいらしい。
「だ、だから、守護者は姉貴の恋人候補たちの中から選ばれるのよ。みんなそれぞれに特徴もあるけど、権力もそれなりにあるから。守護者に相応しい候補でもあるわけだし」
え? 苗木ってそこまで見ているの?
手に持ったケースの中を見て、俺は苗木がそんなところまで認識しているのかと驚く。
『それは、ゲームでは、の話ですよね? 現時点で聖樹の苗木を保護し、守っているのは誰ですか?』
……あ、俺だ。
レリアとマリエの視線が俺に突き刺さる。
「やっぱり、あんたのせいじゃない!」
「兄貴の馬鹿ぁぁぁ!」
俺は文句を言ってくる二人に言い返してやった。
「俺のせい!? これって俺が悪いの!? 違うよね? だって俺は、ピエールが絡んでくるから仕方なく――」
ルクシオンが冷静に言うのだ。
『六大貴族相手を退けたマスターですよ。苗木は守護者に相応しいと判断したのではないでしょうか? この苗木は見る目がありますね。私が仕えているマスターを選ぶとは流石ですよ』
レリアが叫ぶ。
「何してくれてんのよぉぉぉ!」
……どうしよう。俺のせいで何か厄介なことになってきた。
◇
港。
一隻の飛行船から男女の二人組が降りてくる。
赤毛にツンツンしたミディアムの髪が特徴的だった。
黄色い瞳は美しい。
そんな男子は、不機嫌そうにしている。
「……宝玉の入った果実は俺たちを選ばなかった。これはどちらかの愛が足りなかったせいじゃないか?」
しかし、黄色い瞳は淀み始める。
後ろを歩いていた女子が肩をふるわせた。
男子の名前は【エリク・レタ・バリエル】。
背が高く美形の青年は、立っているだけでも絵になる。着ている衣装も彼のためにあつらえられた物だ。
対して、後ろを歩く女子は制服姿だった。
彼女こそ、レリアの姉であり――物語の、二作目の主人公だった。
金髪にピンク色の毛が混じっている。毛先に行くほど色合いはピンクで、少し乱れているがふんわりとしたツインテールだ。
毛先の部分が肩まで届いている。
黄色の瞳に、気の強そうなつり目。
一見すると気の強そうな女子だが、今は気分が沈んでいるのか俯いていた。元来あった気の強さやら、明るさは見られない。
「エリク……さん、えっと、宝玉の話は根拠がありません。だから――」
愛し合う二人に聖樹の果実は熟して落ち、二人の愛の証に宝玉をプレゼントするという言い伝えがある。
だが、それは言い伝えに過ぎなかった。
エリクが振り返り、女子の顎を掴む。
笑顔を女子に向けていた。
「だから? もしかしてお前、自分は悪くないとか思っていない? 一学期を潰して、聖樹に張り付いていたんだぞ。ピエールの馬鹿が起こした騒ぎにも巻き込まれた。そのせいで、学園に戻るように言われた」
エリクに女子が謝罪をする。
「ご、ごめんなさい。でも――」
エリクは女子を突き飛ばす。
そして、エリクは女子を蹴りはじめるのだった。
「口答えをするな! 俺はお前のためにやったんだ! それなのにお前は!」
女子が痛がっていると、エリクはハッとして女子に駆け寄る。
「す、すまない、やり過ぎた」
女子が俯いていた。
「すまない。本当にすまない。つい、お前のことを思うと感情的になってしまうんだ。俺の気持ちを分かってくれるよな?」
女子は小さく頷いた。
(これでいいんだ。レリアちゃんも言っていたし、多少は我慢した方がうまくいくし、それにレリアちゃんのためにもなるし)
エリクが女子を立たせる。
だが、エリクが握っていたのは鎖だ。
その鎖は、女子がつけている首輪に繋がっていた。
「さぁ、行こうか。今回は駄目だったが、俺たちには次がある。冬休みには必ず二人で宝玉を手にして、俺の両親に結婚を認めて貰おう」
小さく返事をする女子は、そのまま港で注目を集めながら歩くのだった。
(……あたしさえ我慢すればうまくいくんだ。私さえ……それに、エリクも優しいところがあるし)
そんな様子を盗み見ているドローンが上空に浮かんでいた。
◇
マリエの屋敷。
レリアに聞いたら、もうすぐ戻ってくるはずだと言っていたのでドローンを飛ばして様子を見ることに。
だが、想像以上の映像に俺たちは言葉も出なかった。
ルクシオンが淡々と報告してくる。
『独占欲の強い男性なのでしょうか? レリア、マリエの両名が言っていたように、エリクは少し病んでいるところがある男子――ヤンデレ、でしたね。少しというところがポイントでしょうか?』
さすがに姉がこんなことになっているとは思わなかったのか、レリアも声が出なかったようだ。
そんな中、マリエだけが――。
「か――」
「か?」
「確保ぉぉぉ!!」
レリアの姉貴さんの確保を俺たちに提案してきた。