ルクシオンのターン
アインホルンがフェーヴェル家の領地を目指していると、軍艦が集まり呼びかけてくる。
『貴様ら何をしている!』
すると、ルクシオンは、フェーヴェル家の家臣の声で答えた。
酒に酔った声をさせ、正気ではないと相手に思わせる。
『うるせぇなぁ! こっちはフェーヴェル家のピエール様から直々に言われて暴れているんだ。怪我をしたくなかったら道を開けろぉぉぉ!』
アインホルンが砲撃を行うと、軍艦が魔法によるシールドを展開した。
砲弾は関係なく撃ち破るも、ルクシオンは不満そうだった。
『共和国が防衛戦に強いはずですね。聖樹から常に魔力を供給されているのですから、ある意味で当然ですね』
飛行船は魔石を積み込み、それをエネルギーにしている。
そのため、魔石を積み込むスペースやら重量が枷になる。
だが、共和国の飛行船にはそれがない。
出力が他国の飛行船よりも高いのは、聖樹からエネルギーを供給されているので常にフルパワーを出せるためだ。
オマケに、地元にいればその効果は強まる。
『……ですが、私の敵ではありません』
アインホルンが、健在である軍艦に突撃する。
相手の大きさは六百メートル級。
アインホルンの三倍の大きさだった。
だが、アインホルンの特徴的な角がシールドを突き破り敵飛行船を斬り裂いて破壊する。
飛行船がゆっくりと落下していくと、通信を傍受した。
『フェーヴェル家の飛行船だ! 奴ら、酒に酔って暴れ回っている! すぐに増援を寄越してくれ。あの船、尋常じゃないぞ!』
落ちていく軍艦。
乗組員は無事に避難したようだが、軍艦の機関部分がむき出しになっていた。
白く輝く宝玉を発見する。
『おや、あれがマスターの言っていた宝玉ですか。回収しておきましょう』
ロボットたちが宝玉を回収し、アインホルンに積み込む。
その後もルクシオンは、軍を相手にしながらフェーヴェル家の領地を経由して――聖樹の島へと向かうのだった。
◇
決闘場。
倒れたアロガンツのコックピット前に来ると、俺はハッチを開けることにした。
アロガンツ相手に勝ってしまった俺だが、これには当然ながら種も仕掛けも存在する。
そもそも――ルクシオンは俺を裏切っていない。
俺が本当にアロガンツと戦って勝てると思う?
柔よく剛を制す?
達人じゃないから無理だ。
悪いな、俺は凡人なんだ。
そんな俺が勝利を確信した理由は……そもそもルクシオンが裏切っていないことにある。
胸部パーツが開くと、俺はピエールの顔面に――口に拳を叩き込む。
「やぁ、ピエール君。ようやく顔を見せてくれたね。とっても嬉しいよ」
口を押さえたピエールは、涙目になっている。
髪を掴んで引きずり出すと、地面に投げ捨てて俺もアロガンツから降りた。
左手の平に拳をぶつける。
「これから君をボコボコにするわけだけど、簡単に負けを認めてくれるなよ。色々と仕返しをしたいからさ」
ニヤニヤしていると、ピエールが叫んだ。
前歯が折れている。
「てめぇ! この俺様を殴ったな!」
大きく踏み込み拳を顔面に叩き込む。
こいつ弱ぇぇぇ!
すかさず膝を腹に打ち、くの字に折れ曲がったピエールに両手を組んで振り下ろしてやった。
地面に倒れるピエールは、泣いている。
「ま、待って」
「おいおい、いきなり弱気になるなよ。楽しいのはこれからじゃないか」
髪を掴み地面に何度も顔を叩き付ける。
「どうだ。一方的に殴られる気持ちは? 普段あまり味わえないだろうが、これからは沢山味わえるよ。良かったな、ピエール」
ピエールが涙と鼻水でグチャグチャの顔をしていた。
「や、やめてぐださい」
「……嫌だね」
笑みを浮かべ、ピエールを仰向けにして寝かせるとマウントポジションを取った。
そのまま両腕を交互に振り上げて殴り続けた。
ちゃんと加減はするよ。
だって沢山殴りたいから。
「流石は共和国の六大貴族様だ! こんなにボコボコにしても負けを認めないなんて素晴らしいぞ!」
ピエールが何か叫びそうになった。
負けを認めるとか言いたいのだろうが、すかさず口に拳を叩き込んでやる。
「なんてガッツだ! これは俺も頑張らないといけないね!」
本当にこいつは素晴らしい。
叩いていてもまったく罪悪感がない。
むしろ「あれ? 俺って凄く良いことをしているんじゃない?」みたいな、錯覚すら覚えてしまう。
やっているのは極悪非道な行いなのにね!
しかし、暴力を振るっているのに、気分まで晴れるなんて最高の屑野郎だな。
これが実はいい奴とか、何か理由があるとか、そんな背景が一切ないただの純粋な屑野郎である。
人が苦しんでいるのを見て楽しみ、人を騙して笑い、そして悪事に手を染める。
虫唾が走るほどの屑にも使い道があると分かった。
ボコボコにしてもまったく良心が痛まない!
「やめで。もうゆでゅじで」
「え? 何だって?」
聞こえないふりをして殴り続けた。
ピエールの顔面が酷いことになっているが、魔法という便利なものがある世界だ。きっと治療もすぐに出来るはずだ。
だが、流石に殴っていると疲れてきた。
俺は立ち上がる。
ピエールが腫れ上がった顔で俺を睨み付けてきた。
「許さない。お前だけは絶対に……」
そんなことを言ってくるので、俺は笑顔で――。
「そっか。じゃあ、死ね」
――顔面に蹴りを入れてやった。
転がるピエールは、まさかまだ続くと思っていなかったのか顔を押さえて涙目になっている。
「お、終わった。もう終わりだ!」
「何を言っているのかな? 審判は終わりを告げていないよ。まだ続くに決まっているだろ、ゴミ野郎」
今度はピエールを蹴って遊ぶことにした。
だが、恐ろしくつまらない遊びだな。
「お前、こんなことをして毎日楽しんでいるの? 気持ちが一ミリも理解できないや。でも、お前が死ぬまで続けてやるよ。弱い者いじめが大好きなんだろ? 良かったな、今まで一方的に殴るだけだったから、殴られる側に回れて幸せだろ」
腹を蹴るとピエールがもがいていた。
右手の甲が光り始めると、俺は笑みを浮かべる。
「あれ? 使っちゃうの? 聖樹の力を使ったら――お前、どうなるか分かっているの?」
俺が出した条件は、聖樹の力を決闘中に使わない、だ。
それを破った場合のデメリットを思い出したのか、ピエールが泣きそうな顔になっていた。
「そうだよな! 嫌だよな。だからお前は――ずっと俺に殴られろ」
ゲラゲラ笑ってもう一回蹴ってやるが……どうしよう。
本当につまらないぞ。
怖がらせるために笑ってはいるが、もう飽きてきた。
流石に痛々しすぎて、俺の良心も少しだけ痛む。
こんなことが平気で出来るピエールは、やっぱり屑だな。
◇
決闘場を見下ろすユリウスは一言。
「……酷いな」
ジルクも同意する。
「えぇ、凄く酷いですね。ですが、どうやら周りはそうは思っていないようですよ」
ユリウスが周囲を見れば、逃げ惑っていた生徒たちがピエールを見ていた。
「いい気味よ」
「聖樹の力がない貴族なんて、ただの人よね」
「それ以下じゃない。鎧を使って生身の人間に負けるとか、普通あり得ないわ」
ピエールがいかに生徒たちに嫌われていたかが分かる。
それだけのことをしてきたのだろうが、ユリウスは微妙な気分だった。
「バルトファルト、お前はこれで満足なのか?」
ユリウスからすれば、もっとスマートに勝負がついたのではないかと思えた。
リオンならもっと簡単に勝利できたはずだ、と。
違う方向を見れば、審判にピエールの取り巻きたちが詰め寄っていた。
「ピエールさんが死ぬだろうが!」
「さっさと止めろよ!」
そんな彼らに審判が言う。
「止めれば、ピエール君の負けになる。それでいいね?」
流石に審判も止めに入りたいが、決闘なので勝手に止めるわけにもいかない。
ピエールが負けを認めれば止めに入れるが、それをリオンがさせなかった。
さっさと口を潰して喋れないようにして、いたぶっている。
それを聞いて、取り巻きたちも困っていた。
勝手に負けを認めれば、あとでピエールに何をされるか分からないからだ。
そこに、
「この決闘、私の判断でリオン・フォウ・バルトファルトを勝者とする」
審判に発言した金髪碧眼の美男子。
その人物の登場に、ナルシスが驚く。
「ドルイユ家の当主? どうしてここにいる?」
審判がすぐに決闘の勝者を告げる。
「勝者、リオン・フォウ・バルトファルト! 両者、すぐに離れなさい!」
周囲からは不満の声が聞こえてきていた。
「もっとやらせればよかったんだ」
「でも見ろよ、ピエールの奴の顔? 笑えるよな」
「このまま学園に来なくなればいいのに」
周囲の生徒たちの話を聞いて、ユリウスは目を閉じてしまう。
(自業自得ではある。だが、こんなことをして何になる。バルトファルト、これがお前のやりたかったことなのか?)
◇
勝利者の宣言がなされ、俺が予定通り勝利した。
「……もっと早くに止めろよ。もう、何かこっちが弱い者いじめをしている気分じゃないか。ここまで弱いとか想定外だ。俺の良心も少し痛むぞ」
ボロボロになったピエールが、泣きながら俺を見上げていた。
駆け寄ってくる医者や看護婦が、ピエールの治療に取りかかると人数も多いためかすぐにピエールの顔が治っていく。
喋れるようにはなったが、歯はほとんどが失われていた。
「殺してやる。お前だけはどんな手を使っても殺してやる」
何というガッツだ。でも意味がない。
「お前は本当に素晴らしい人材だ。ここまでやらかして、逆恨みまでするなんて最高だよ。これで俺も心置きなく動けるというものさ」
ピエールが俺を凄い顔で睨み付けてくる。
そして、随分と豪華な衣装に身を包んだ美男子がやって来た。
金髪の王子様を絵に描いたような存在だ。
「失礼する。バルトファルト伯爵だね?」
俺が頷くと、相手が名を名乗った。
「私はフェルナン・トアラ・ドルイユだ。ドルイユ家の当主……六大貴族の代表者の一人をやっている」
「これは大物が出てきましたね。それで? 何か用事ですか?」
フェルナンさんがピエールを見た。
ピエールは青い顔をして顔を背けている。
流石に、格上の存在に喧嘩は売らないらしい。
その小物っぷりが最高だな。
「彼の件は私からは正式に謝罪は出来る立場にないが、共和国の者として謝罪したい。その上で、聖樹の苗木について話がしたい」
ピエールが悔しそうにしており、右手の甲が光っていた。
フェルナンさんも右手の甲が光る。
「ピエール! これ以上の狼藉は見過ごせない。ドルイユ家と事を構えるつもりか?」
だが、ピエールは止まらなかった。
「ふざけるな! 俺様が負けたのは聖樹の力を封じられていたからだ。そうでなければ負けなかった!」
俺はニヤニヤしながらピエールを見ていた。
治療され、立ち上がれるようになったら強気になりやがった。
「聖樹の力があれば負けない、か。ふ~ん、凄いね」
「調子に乗りやがって。お前なんかすぐにでも俺様が!」
「ピエール!」
聖樹の力で何かしようとするピエールを、フェルナンさんが止めようとしていた。
混乱するこの場所に、駆けつけたのはフェルナンさんの部下だった。
「フェルナン様! た、大変です! フェーヴェル家の飛行船が、破壊活動を行いながら聖樹神殿を目指しています! 軍では止められず、このままでは聖樹へと攻撃を行うかも知れません!」
その言葉に、フェルナンさんがピエールを睨む。
「どういうつもりだ?」
ピエールも焦っていた。
流石に想定していなかったのだろう。
「し、知らない。俺様は知らない!」
だが、フェルナンさんの部下が言う。
「……飛行船の名前はアインホルン。フェーヴェル家が所有している飛行船です。ピエール殿、貴方が管理していた飛行船だ」
ピエールが青ざめている。
「う、嘘だ!」
「本当です。既に軍には無視できない被害が出ています」
フェルナンさんも、この場にいる全員が信じられないという顔をしていた。
「アインホルンだと? だが、アレは王国で製造された飛行船だ。まさか、改修したのか?」
フェルナンさんの言葉に、ピエールは首を横に振っていた。
「し、してない! 改修なんかしていない! 俺様は知らないぞ。なんで王国の飛行船が、軍に被害を出せるんだ。そんなのあり得ない!」
あり得ない。
確かに彼らにとってはあり得ないだろう。
魔法を利用して発展してきた世界では、その魔法をより扱える方が勝者になれる。
聖樹は言わば、それが人間にとって都合良く制御できる橋渡しをしているような植物だ。
本当に都合のいい植物だ。
ただ、ルクシオンが敵意を抱かないので、新人類が作ったという事はないと思うが……それは重要じゃない。
今は、彼らにとって不敗神話が砂上の楼閣にすぎないと理解して貰えればそれでいい。
ついでに、もう一つ確認したいこともある。
「さて、そろそろ約束を守って貰いましょうか」
……まだ終わらないよ、ピエール君。