マリエのターン
『さぁ? 俺様が知るわけがないだろ。俺はお前たちが使っている屋敷にいた、女と犬の名前を言っただけだからな。変な言いがかりは止めてくれよ』
アロガンツに乗り込んだピエールの台詞に、観客席にいたマリエは俯いていた。
周囲ではグレッグが怒りに顔を赤くしている。
「野郎、ふざけやがって!」
ジルクも目を細めている。
「そこまでしますか」
クリスも怒りで握った拳からギチギチと音が聞こえてきた。
カイルがボソリと「ブラッドさんの名前がない」などと言っていたが、周囲はそれに対して何も言わなかった。
ブラッドはまだ起き上がれない。
部屋に取り残されたのだろう。
ユリウスがリオンを見下ろしていた。
「俺たちで助けられるといいんだが」
そんなユリウスの言葉に、マリエは静かに顔を上げた。
ハイライトを失った瞳が、三日月の形に歪んだ口が……マリエを狂気に染めたように見せていた。
「みんな、助けられたらいいね、なんて思ったら駄目よ。私たちで助けるの。何が何でもカーラとノエルちゃんを助けてこの場に連れてくるの。というか……いつまでウジウジしてんだ、このぼんくら共!」
全員が「ひっ!」と驚き、マリエの言葉に背筋を伸ばして直立不動になる。
「共和国に来たからってヒヨってんじゃねーよ! あんたたちの力の見せ所でしょうが! ここで頑張らないでいつ頑張るのよ! 舐められたままじゃ、格好がつかないのよ!」
マリエに怒鳴られ、この場にいた五人の顔がハッとした。
外交問題やら、色々と考えている間にどうも弱腰になっていたと気付かされた。
ユリウスが頷く。
「マリエの言うとおりだ。何としても探し出すぞ! バルトファルトの邪魔をさせるわけにはいかない」
ジルクも同意する。
「そうですね。バルトファルト伯爵のことです。必ず何か秘策を用意しているはずです」
クリスも眼鏡の位置を正した。
「そうだな。勝負となれば、バルトファルトが負けるわけがない」
グレッグは左手の平に拳を打ち付け、
「何としても、カーラとわんこをこの場に連れてくるぞ」
だが、カイルだけは現実的な問題を口にした。
「でも、どこにいるかも分からないのに」
すると、決闘場からリオンが投げた端末が、マリエの頭に落ちてきた。
「痛っ! 何すんのよ、このくそあに……リオンさん」
糞兄貴と言いそうになったのを我慢したマリエは、端末を拾うと決闘場を見下ろす。
リオンがジェスチャーと口の動きで指示を出していた。
マリエはその動きから、リオンの言いたいことをすぐに察知する。
「探せ、そしてボコボコにしろ……そうね、そうよね!」
マリエはスマホに似た端末を握りしめた。
(ここで活躍すれば、私の失点は全てチャラよ。あのわんこは、兄貴が可愛がっていたから助ければポイントが高いわ。私が生きるためには、ここで活躍するしかない!)
ここで思い出して欲しいのは、マリエはリオンの前世の妹だ。
似たもの兄妹である。
端末を操作するマリエは、次々に送られてくる情報を確認する。
「みんな、すぐに屋敷に戻るわよ」
カイルが驚く。
「え? 探さないんですか?」
マリエは、
「ブラッドの様子を確認するわ。それに、荷物を回収しないとね」
マリエを含めた六人は、決闘場から屋敷へと向かった。
◇
端末を投げた俺は、観客席を去って行くマリエたちを見て頷く。
俺の言いたいことをしっかり理解していた顔をしていた。
追い込んでいて正解だった。
いや、ちょっとからかっていただけだが、あいつがやる気を見せていたから放置していた。
ナルシス先生が俺に確認をしてくる。
「……続けるのかい?」
「当然ですよ。決闘の時間までもう少し余裕がありますし、このまま待ちましょうか」
クレマン先生が呆れていた。
「王国の騎士って好戦的なのね」
誤解だ。
俺は紳士である師匠のような騎士を目指している。
「失礼ですね。俺はこれでも心優しい騎士だというのに」
クレマン先生が否定する。
「心優しい騎士は、聖樹の苗木を利用して決闘なんかしないわよ」
「見解の違いですね。心優しいから、悪を放置しておけないんですよ」
悪と言われてピエールが苛立っていた。
『ぶっ殺してやる。簡単に死ねると思うなよ』
……お前は本当に素晴らしいな。
◇
マリエの屋敷。
玄関には、ボロボロになったブラッドの姿があった。
マリエが駆けつけ抱き起こしてやると、ブラッドが悔しそうにしている。
「ごめん、マリエ。カーラとノエルがさらわれた。奴ら、急に乗り込んできて」
破壊された玄関のドアは、銃を使った痕跡があった。
ブラッドも抵抗しただろうが、病み上がりで満足に動けないのか袋叩きにされていた。
「大丈夫よ。後は私たちが何とかするから」
ブラッドが安心したのか気を失うと、マリエは他の男連中に部屋に運ばせた。
カイルが荒らされた屋敷を見て溜息を吐く。
「誰が掃除をすると思っているんですかね? 早くカーラさんを助けて、掃除の段取りをしないと」
口は悪いが、カーラを心配している気持ちが伝わってくる。
マリエは黙っていた。
そして――。
「あ、あの~……お届け物です」
申し訳なさそうに外から声をかけてくるのは、大きな木箱を運んできた男性たちだった。
マリエ宛の届け物を運んできたらしい。
マリエが受け取りにサインをする。
運んできた男性たちが去って行くと、マリエは木箱の蓋を開けた。
そこに入っていたのはマシンガンだった。
カイルが弾丸を手に取る。
「これ、普通の弾丸じゃありませんよ」
対人用のゴム弾だった。
ただし、当たれば普通に痛い。
マリエは、短機関銃――昔の映画でギャングが持っていそうな、ドラム式マガジンが似合う銃を持った。
「これ……いいわね。カイル、すぐにみんなに支度をするように言いなさい」
幼い少女がマシンガンを持っている姿は、どこか現実感がない。
だが、マリエの構えは様になっている。
ポケットに入れた情報端末が震えたので、取り出すとマリエは映像を見た。
それは、ギャングのような集団に捕らわれているカーラの姿だ。
ノエルを抱きしめている。
マリエが額に青筋を浮かべた。
「このド畜生共が……女とわんこを狙ったことを後悔させてやるわ。そして、私が生きるためにお前らには消えて貰う」
暗い笑みを浮かべているマリエを見て、カイルが呟く。
「今日のご主人様怖い」
◇
廃倉庫。
ピエールと後ろ暗い取引をしている組織の男たちが、カーラを囲んでニヤニヤしていた。
スーツを着た男たちもいるが、ほとんどはチンピラみたいな格好をしていた。
手にはこれ見よがしに拳銃やらナイフを持っている。
震えるカーラは、ノエルを抱きしめていた。
ノエルがカーラの顔を舌でチロチロと舐めていた。
ノエルの方がカーラを心配しているような仕草だ。
カーラはガチガチと歯を打ち鳴らし、怖がっていた。
お腹が大きく出た男が、帽子を脱ぐとカーラを見る。
「お嬢ちゃん、留学生だって? アルゼルが怖い国だって分かったら、二度と六大貴族に手を出すんじゃないぜ」
笑っている男たち。
カーラは強がる。
「あ、あんたたち、こんなことをしてただで済むと思っているの? この犬は、バルトファルト伯爵の――」
お腹の出た男がボスである。
そのボスが鼻で笑っていた。
「お前たちの国では偉いかも知れないが、ここは世界の中心アルゼルだ。ど田舎のお貴族様に弱腰になると思って貰ったら困るね。少し痛い目を見れば、嫌でも理解できるだろうけどな」
カーラに手が伸びる。
すると、廃倉庫のドアが吹き飛んだ。
室内の埃が舞い上がり、入り口から入った光でキラキラと輝いている。
入ってきた人影に、男たちが銃を向けて発砲する。
室内に響く何十という発砲音。
しかし、それらは光の障壁により全て跳ね返されていた。
「な、何だ?」
驚いているボスの前に、一人の華奢な女子が歩みでた。
カーラが泣き出す。
「マリエ様!」
マリエが肩に担いだ短機関銃を構えると、
「カーラを返せぇぇぇ!」
引き金を引いて男たちに発砲する。
対人用のゴム弾が男たちに命中し、そしてマリエの後ろから男たちが飛び込んできた。
グレッグとクリスだ。
「女子に手を出すとは汚い野郎だな!」
「手荒になるのは覚悟しろ!」
棒と木刀で次々に男たちを打ち倒していく二人。
ボスが懐から拳銃を取り出すと、カーラに向けた。
「う、動く――あっ!」
そんなボスの腕を撃ち抜いたのは、拳銃を構えたジルクだった。
「女性に拳銃を向けるなど許せませんね」
カーラは思った。
(みんな……普段からは想像できないくらい格好いい)
生活能力がとても低いユリウスたちだが、こういう場面では非常に頼りになる存在だった。そもそも、お金持ちで貴族のお坊ちゃんたちだ。
生活能力が低いのはある意味で仕方がない。
使われる側ではなく、人を使う側として教育を受けてきたのだから。
近付いてくるマリエにカーラが走り寄る。
涙を流して酷い顔になっていた。
「マ゛リエ゛ざまぁ」
「カーラ、よく頑張ったわね。ノエルも無事みたいね」
笑顔になるマリエだが、ボスが自分の右手を左手で押さえながらマリエに怒鳴る。
「ガキが! こんなことをしてお前も、お前らの国もただで済むと――いぎゃぁぁぁ!」
マリエは問答無用で短機関銃を構え、そして引き金を引いてボスを攻撃し続ける。
マガジンが空になると、
「ご主人様、交換します」
カイルに短機関銃を渡して、そして拳銃を手に取った。
安全装置を解除し、弾丸を装填させるためにスライドさせる。
「ありがとう、カイル。ユリウスとジルクはすぐにカーラを決闘場に連れていってあげて。それで大丈夫のはずよ」
ユリウスが困っていた。
「いや、俺も残った方がいいのでは?」
マリエは痛みに涙を流しているボスを踏みつけ、拳銃の引き金を引きつつ答えた。
「早くする!」
「わ、分かった!」
ジルクと二人で、カーラを外へと連れ出していく。
外にはエアバイクがあり、三人で乗り込むと、
「二人とも、しっかり捕まっていてください」
ジルクがエアバイクを浮かせて空を飛ぶと、マリエは笑みを浮かべた。
◇
マリエは踏みつけたボスを見下ろす。
「さて、どうしようかしらね」
ボスは涙を流していた。
「た、頼む。許してくれ。俺たちはピエールの野郎に命令されて――いぎゃっ!」
そんなことを言うボスの顔にマリエは拳銃の引き金を引いた。
弾倉が空になるまで撃ち続け、そしてボスがピクピクと痙攣すると髪を掴み持ち上げる。
「痛そうね。治してあげる」
聖女を騙ったマリエだが、その治療魔法は本物だった。
ボスの怪我が治っていく。
許して貰えたと思ったボスが、媚びるような顔をする。
「へへ、ありがとうよ、お嬢ちゃ――うっ!」
その口にマリエは拳銃の銃口を差し込んだ。
「お礼なんかいらないわ。ブラッドを袋叩きにしてくれたのだから、倍の仕返しをしないとね」
グレッグが不安そうな顔をしていた。
「マリエ、もうそのくらいでいいんじゃないか? 泣いているぞ」
マリエはグレッグに振り返ると、
「甘えたことを言ってんじゃないわよ! こっちはカーラをさらわれて、ブラッドに怪我を負わされたのよ。あんたら、舐め腐ったアルゼルのチンピラにここまでされて、悔しいとは思わないの?」
カイルが黙ってマリエに換えのマガジンを差し出すと、マリエはすぐに交換する。
ボスが震えていた。
「わ、悪かった。反省するから」
だが、マリエは止まらない。
「クリス、持って来てくれたのよね?」
クリスが取り出したのはナイフだった。
「持って来たが、これでいいのか? 安物のナイフで、しかも刃の部分がボロボロだぞ。切れ味の悪い刃物は怪我をしやすいんだが」
心配するクリスに、マリエは微笑むのだった。
「これでいいのよ。だって、これで耳とか鼻をね。凄く痛いんだって。共和国の図書館にある本に書いてあったわ」
偶然手に取った書物に書かれていた。
専門的な本ではなく、偶然にも拷問に関する記述があったのだ。
ボスが震える。
「頼む! 許してくれ。何でも話すから!」
だが、マリエは鼻歌交じりにナイフを見ていた。
「切れ味が悪そうね」
随分と楽しそうにしていた。
ボスが泣き叫ぶ。
「何でも言う! あのピエールの弱みも知っている。だから、とにかく話を聞いてくれ!」
マリエは泣き叫ぶボスの顔に拳銃を向けて引き金を引いた。
廃倉庫にボスの絶叫が響き、それを見ていたボスの部下たちが震えている。
「カイル、変な動きをした奴がいたら撃ちなさい。容赦しないのよ。大怪我をしても私が治すから安心して壊してね」
カイルが背筋を伸ばした。
「は、はい!」
ボスが泣き叫ぶ。
「頼む! 何でも喋るから!」
マリエはボスの顔を踏みつけた。
「勝手に喋れば? 私が興味を持ったら止めてあげる。精々、私が興味を示す話題を話し続けるのね」
マリエが笑うと、ボスが代わりに泣いた。
ただ、内心でマリエは思っていた。
(本に拷問のことが書いてあったけどこれでいいのかな? 耳とか鼻とか、別にいらないしやりたくないな……カーラもノエルも助けたし、兄貴が興味を示す話題でも話してくれると助かるんだけど)
そんなマリエの内心を知らないボスたちは、廃倉庫で地獄を見るのだった。