ロストアイテム
ふわっとした設定の乙女ゲー世界。
古代文明の遺産であるロストアイテム――というフワフワした設定の物がある。とにかく凄いアイテムをゲーム中に登場させたかったのだろう。
主人公しか使えない古代文明の装備も存在するし、主人公の特別感を引き立たせるためのアイテム。
失われた技術で作られており、生産できないそれらをロストアイテムと呼んでいるのだ。
到着した浮島は、まさにそのロストアイテムが眠る島である。
道など整備されていない森の中を進む俺は、汗を拭い後ろ腰に提げて用意していた剣を抜いて草や枝を切り払って進んでいた。
汗を拭う。
青臭い香りはまだいいが、地面の一部がぬかるんでいて何度も転びそうになった。
「剣鉈の方が良かったな」
ただの剣よりも、こういった場所を進む際に便利な鉈を持ってくれば良かったと後悔した。
周囲に視線を巡らす。
島の中央を目指しているのは間違いないが、ゲームと違って実際に歩くとかなり距離があるのが分かる。現実は森や山の中をサクサク進めない。
整備されていない道を進むのに苦労させられ、あまり進んでいないのに時間はかかっている。
蛇や虫、その他の生き物が生息しており油断も出来ないが、何より危険なのは――。
「またかよ!」
小声で愚痴をこぼしつつ身を潜めた。
地面に這いつくばって近くを通る敵から隠れる。
敵というのはモンスターではない。
丸っこい全身鎧は、両足がなく宙を浮いていた。
長い両手に、頭部のとんがり帽子の形が特徴的である機械。
警備用のロボットは、二メートルくらいの大きさはある。
浮いて移動するため、手入れもされていない森の中で機械たちは問題なく移動していた。
息を殺して動かず、見つからないことを祈った。
機械が通り過ぎていくのを確認した俺は、体を起こして足早にその場を離れる。
既に人が存在しない基地を守るために稼働している機械、というのは妙にさみしい設定だが、見つかれば命がない。
対処できるが、今ここで気づかれるわけにはいかないのだ。
「なんとか基地にたどり着きたい訳だが」
浮島に存在する基地。
それはロストアイテムが眠る基地だ。そのため防衛用の機械たちが守っている。
詳しい設定には興味がない。
ただ、そこに俺が探しているロストアイテムがある。
警戒しながら森の中を進みつつ、そのまま数キロ歩いたところで俺は建物を発見した。
蔦に絡まれ、建物の内部から生えた木に屋根を貫かれた施設。
随分と長い時間、放置されていたのだろう。
妙にゲームで見た時と似ているのが新鮮に感じられた。
「……こいつが存在しているだけで、俺が夢を見ていたわけじゃないと実感できるな」
今まで、もしかしたら俺は転生者だという夢を見たのかも知れない。そう思ったこともあるが、今日の出来事で確信した。
前世とは俺の妄想ではないのか? 実際に何度も疑ったことがある。現実をゲームとして認識している可能性もあった。そう思うと怖い話だ。
自分が前世を持っていると思い込んでいるだけではなかったと安堵しつつ、周囲を警戒しながら建物の中へと入る。
基地内の防衛設備は木の根やら蔦で動かなくなっている物がほとんどだ。
コンクリートの建物。
壁に埋め込まれた電子機器。
どれも俺が知っている世界の物と似ており、こちらにも親近感がわいてくる。
「こういう昔の建物がダンジョンの扱いを受けることもあるんだよな」
浮島の中にはこうした古代の建物が存在しており、冒険者たちはそこから宝を得て財を築くのだ。
貴族たちは新しい島を発見、そしてダンジョンを攻略すると賞賛される。自分たちが偉大な冒険者の末裔だった事を誇りに思っているためだ。
「……遺跡を荒らし回っている気分だな」
貴重なこれらの遺跡から宝を奪い取っていく冒険者たち。
違う見方をすれば破壊者や略奪者にも思えた。
「まぁ、俺も変態婆たちに売られないために同じ事をするし、人のことは言えないが」
そのまま通路を進んでいくと開いているドアを発見した。
ただ、通路奥にふよふよと揺れるように浮かんでいる機械――警備用のロボットがこちらに向かってくる。
性能的にはどれも壊れており、動いていることが奇跡に近い。ボロボロになりながらも基地を守ってきた姿が涙を誘う。
ライフルを構えた。
「悪いな」
今まで施設を守ってきた機械に謝罪をした俺は、引き金を引く。
弾丸はロボットに命中し、雷撃を放出。
一瞬光が発生して弾けると、ロボットは地面に落ちた。チカチカ光っていた目のようなライトが消える。
ライフルを構えたまま待機するが、他の敵が来ることはなかった。基地の機能がまともに動いていれば、そもそも俺は侵入できない。
「効いてる、効いてる。……えっと、確かこっちか」
特別に雷撃という効果を持つ魔法の弾丸だ。こういったところに妙に魔法的な何かが存在しているのがこの世界である。
先に進むと、開いているドアは木の根や蔦に絡まれ半開きの状態だった。
部屋に入るとそこにはボロボロになった白骨死体が転がっていた。
汚れた布もそこにある。
かつては衣服だった布を触る前に、手を合わせて拝んでおく。
そしてポケットらしき物から一枚のカードを取り出した。
これで施設内のいくつかの部屋には入れる。
カードキーにもなっている身分証は、ボロボロになっているが名前の一部は読み取れた。
「ローマ字だよな? なんか不思議な感じだ」
異世界でローマ字を見ることになるとは思いもしなかった。
カードキーを自分のポケットに入れて移動を再開する。
ゲームでは課金したアイテムなどを手に入れるため、何度も立ち寄った場所だ。クリアしても、次の攻略対象とのエンディングを見るために、何度も回収するために来ることになった。
だが、十年も前の記憶は不確かなところも多い。この浮島への座標を覚えていただけでも十分に凄いと思ったが、もし間違えていたらと思うと怖くなる。
たった一人で空に出る不安と恐怖は……二度と味わいたくなかった。
カードキーで開きそうな部屋を探し、機器にかざしてドアを開けるとそこは休憩室らしき場所だった。
錆びてボロボロの自動販売機。
一つは倒れ、中身の商品が外に出ていた。
手で拾うと崩れ去って砂のようになってしまう。
ソファーの上には二つの白骨があった。
「……ゲームだと気にもならなかったけど、ここでいったい何が起きたんだ?」
二つの内、一つは先に進むために必要な鍵を持っていた。
手を合わせた後に回収して先に進むのだが、通路を守るように塞ぐ防衛用のロボットがまだ動いていた。
「そういえばこういう奴もいたな」
ライフルを構え引き金を引くも、命中したのは確認したが敵もタフである。両手にあるガトリングを構えるが、動いたのは片方だけ。
その片方だけでも十分に脅威だったが、壊れているのか狙いも定まっていない。
「危なっ!」
通路に隠れるように身を潜め、そしてボルトアクションで次の弾を装填すると隠れながらライフルで攻撃を行う。
相手が壊れているのか、まともに移動できずに狙いも定まっていないのが助かった。
弾を撃つ度に思うのは――。
「くそっ! 思ったより当たらない」
消費されていく弾丸を頭の中で計算していくと、とんでもない金額になっていく。
何発も相手にたたき込み、ようやく動かなくなるのを確認した時には二十発近くも使ってしまっていた。
ゲームでは十発くらいで終わったはずなのに。
その後も見張りやら防衛用のロボットの相手をしながら進む。
気が付けば、持ち込んだ弾丸も残りわずかになっていた。
暗い通路を進み、そうしてようやく目的の場所に到着した。
鍵を使用するとドアが開く。
地下へと続く階段。
暗く何も見えないので、荷物からランタンを取り出して明かりを付けた。
「電気もあるなら懐中電灯くらい欲しいよな」
ブツブツと文句を言いながら階段を降りていく。
時折、人骨が転がっているのが恐怖を誘った。
この場所で何があったのか知らないが、出来れば荷物を回収して戻りたい。
「それにしても……見事に記憶通りだな」
俺が購入した課金アイテムが眠る場所――記憶をたどり進んだ先に待っていたのは、木の根や蔦が絡まる大きな部屋だった。
飛行船用のドックを俺は歩く。
両手に持ったライフルを握りしめ、周囲を見ながら歩いた。飛行船を収納するらしい場所には、開いているスペースもあれば壊れた飛行船に蔦が絡まっている場所もある。
「どれだけ放置されていたのか気になるけども――こいつだな」
そうして広いドックの奥に到着した。
並んでいる飛行船の中、原形をとどめているのは一隻だけだ。
緑に包まれてはいるが灰色の装甲の一部が見えていた。
この飛行船を見つけられたのは幸運だ。
「本当にあったのか」
ゆっくりとタラップを上る。
入り口は蔦が絡みついて開きそうにないので、持ってきた剣で蔦を切っていく。そして、カードキーで入り口を開けると船内――いや、艦内は綺麗だった。
分類上は飛行戦艦となる飛行船。いや、宇宙船の艦内はとても未来的な内装をしている。出てくるゲームが……世界観が違うように思えた。
大きさは目算で七百メートルと馬鹿でかい。
ただし、島や大陸が浮く世界だ。
中には小さな浮島を飛行船に改造した物も有り、千メートルを優に超える飛行船も数多く存在している。
この規模の大きさは、確かに巨大だが珍しいとは言えない。
形は飛行船と言うよりも宇宙戦艦という感じだ。甲板やらそういった物がない。
全体的に四角く細長い船体の後部やら後部両脇にエンジン部分が付いていて、大きな羽のようなプレートが斜めに取り付けられている。
形は後部が多少ごちゃごちゃしているが、前方部分はシンプルだ。
この世界、飛行船の形は様々だ。
船型もあれば、ラグビーボールのような形の飛行船も普通にある。正直、形にこだわりがないようにも思える。
艦内を進むと自動で照明が起動するのでランタンをしまった。
ここまで来れば難関もあと一つを残すだけ。
飛行船の中央を目指し移動をする。
足音が通路に響く中、俺は中央にたどり着く。
ライフルの状態を確認し、弾倉に弾丸が入っているのを確認。
呼吸を整える。
「……行くか」
気を引き締め、ドアを開けて中に入ると、中央と呼ばれる部屋には床から上半身をはやしたようなロボットがいた。
ライフルを構える。
『……侵入者を確認。排除……排除……』
ゆっくりと起動する大きなロボットは、大きさで言えば六メートルくらいだろう。大きな両手を広げ俺を捕らえようとしてくるので、ライフルを向けて引き金を引く。
すぐに次の弾丸を装填すると、相手は俺の攻撃など効いていないかのように手を伸ばしてきた。
「カードキーを見せたら引いてくれないかな」
俺の呟きにロボットは答える。
『貴方が持っているカードキーは別人の物です。身体的特徴が違いすぎます。加えて、持ち主の生存は絶望的状況だと判断します。よって、貴方は侵入者と判断しました』
「生真面目に答えてくれてありがとう!」
会話が出来るとは思っていなかった。意外だったが今は気にしている暇がない。
次を撃つと命中するも、雷撃が発生したくらいで敵の動きは止まらない。
ベルトに取り付けていた筒状の物を取り出し、安全ピンを引き抜いて投げつけると敵は片手でソレを払いのける。
しかし、払いのける衝撃で爆発。
弾丸よりもより強い雷撃を発生させ、敵ロボットの関節から煙が上がった。
「よっしゃっ!」
命中したことに喜んでいると、敵ロボットは頭部部分のバイザーを光らせる。
『未知の攻撃を確認。攻撃方法を“魔法”と断定。これより魔法障壁を発動します』
ボディーが光に包まれる。
次々に弾丸を撃ち込むも、魔法による雷撃の攻撃は全て弾かれていた。
「卑怯だろうが!」
俺の叫び声に、敵ロボットは返答する。
『ありがとうございます』
お礼を言われて驚くも、弾倉を交換して再びライフルを構えた。
「壊れているのか? お礼なんか口にしやがって」
攻撃手段などライフルくらいしか残っていないので、次々に弾丸を撃ち込んでいく。敵ロボットの動きは少し鈍っているように見えた。
『戦いで卑怯とは褒め言葉である。そう学習していますが、違うのですか?』
「違うわ! そもそも、なんで未知の攻撃に対抗手段を用意していやがる!」
魔法障壁なんて聞いていない。こんなのインチキだ。
ゲームにも登場しなかった。
『それは難しい質問です。これまでのデータから敵の攻撃に対して対抗策を用意しましたが、魔法という物を理解したとは言えません。そのため、未知と分類しています』
「お前、頭が良いのか悪いのか分からないぞ」
『こうして人類と会話をするのも久しぶりです。興奮しているのかも知れません』
機械が何を言っているのかと思ったが、このチート級飛行船はロストアイテム。古代の技術の塊だ。
人工知能があってもおかしくはないが、ボスと会話するとは思わなかった。
腰に下げているもう一つの筒を手に取る。
『魔法攻撃を可能とする手榴弾ですか? 今の私に効果は――』
「馬鹿が!」
投げつけると俺は距離を取った。
相手は防ごうとしない。
しかし、筒が敵ロボットに当たると爆発を起こした。
部屋の中に黒い煙が発生し、すぐに視界が悪くなる。
「ただの爆弾だよ。あんまり使いたくなかったけどな。船内を壊すのも気が引けたからな」
後で俺も使う飛行船だ。
出来れば壊したくなかった。
ライフルを降ろす。
流石にこれで倒れただろうと思っていると、黒い煙の中から勢いよく手が伸びて俺は捕まるのだった。
衝撃でライフルを手放し、剣を引き抜くとロボットの指にたたきつける。しかし、剣の方が欠けていくだけで、たいした効果もなかった。
強く握られ、とても苦しい。
「は、離せ――」
『ただの手榴弾ですか。確かに驚きました。貴方たちはこうした兵器を毛嫌いしていましたので、この戦いは意外です』
敵ロボットは一部の装甲を失い、中身をさらしている。
俺を掴んだ手を顔に近づけた。
『昔とは随分戦い方が異なっていますね。弾丸に魔法的な要素を組み込むとは思いもしませんでした』
バイザーの奥にあるカメラのレンズが、俺の顔を見て拡大やら縮小を繰り返しているのかしきりに動いていた。
逃げる事も出来ず、そして徐々に力が強くなってくる。
俺がもがいていると質問を投げかけてくる。
『質問。現在は新暦何年でしょうか?』
「っ! 新暦? そんなの知るかよ! ホルファートの王国歴なら……ぎゃぁぁぁ!!」
敵ロボットの手から電流が流れ、俺は痛みと体の痙攣に悶えた。
無我夢中で逃げようとするが、ソレは無理だ。
『その答えで分かりました。我々は敗北したのですね』
電流が収まり、俺がぐったりしているとロボットは動かなくなった。口がガクガクして閉じられず、涎が出ているので手で拭った。
「は、敗北? お前ら、いったい何と戦っていたんだよ」
チート級の戦艦が負けるような相手がいたのだろうか?
『……新人類。言ってしまえば人類同士の戦争です。旧文明は圧倒的な新人類を前に滅ぼされたことになりますね』
新人類?
ゲーム的な設定だろうか? 乙女ゲームにそんな設定まで盛り込んだの? ちょっと困るんですけど。もっと簡単に倒れて欲しかった。
まぁ、そんな事は俺には関係ない。どうにかしてこの場から逃げ出さなくてはいけないのだ。
『そして貴方は新人類の子孫。私にとっては敵になります』
急に電子音のような声が低く聞こえた。俺を敵と認定して排除しようとしている声。
「ま、待て! アガァッ!」
ギチギチと締め上げてくる大きな手により、体から聞こえてはいけない音が聞こえてきた。
『敵は排除……排除……』
もはや会話が出来るような状態ではない。
ロボットの方もダメージが大きいのか、俺を一気に握り潰せないようだ。だが、かえって苦痛が長引く結果になった。
運が良いのか悪いのか分からない。
「て、てめぇ……今更昔の戦争を」
『我々の使命は終わっていません。新人類の排除は最優先命令です。この基地で待機を命じられていましたが、こうなれば一隻でも飛び出して新人類を殲滅――』
そんな事になれば俺の家族までこいつに消されてしまう。
俺がこいつを復活させたような物ではないか。
あのゾラは消えても良いが、両親やら次兄――弟が消えるのは嫌だと思った。
右手に持っていた剣の柄にあるピンを噛んで引き抜き、ロボットに刃を向けた。
そして――。
「くたばれ……ポンコツ」
仕掛けを使用すると、刃が飛んでロボットのバイザーに突き刺さりそのまま紫電を発生させる。内部に電気を流したのか、ダメージは大きそうだった。
ロボットの頭部が小さな爆発で吹き飛ぶと、バイザー部分が割れて破片が飛んできた。
手が緩んで解放された俺は地面に落ちる。床に落ちた痛みやら、解放されて呼吸しやすくなるやら、もう何が何だか分からない。
咳き込み、そして這いつくばるように移動をしてライフルを回収する。
動きの鈍いロボット。
ライフルを持ってよじ登り、その頭部の割れたバイザー部分に銃口を差し込む。
「お前らには同情してやらないこともない。けど、俺には俺の都合があるんだよ。黙って従って貰うぞ」
引き金を引く。そして、また弾丸を装填して引き金を引く。
何度も繰り返し、弾倉が空になるとロボットは動かなくなった。
バチバチと各部から放電が発生し、いかにもまずい状況を表している。装甲の隙間から煙も噴いていた。
しかし、電子音が聞こえてくる。
『……私を使おうとしていますね? それは無理です』
ロボットは動かないので、部屋の中にあるコントロールパネルを起動した。ゲームではこうするとマスター登録が可能になったのを思い出す。
「五月蠅い。課金アイテムの回収に来ただけだ。黙って従え」
俺が購入した課金アイテムかどうかは分からない。だが、手に入れなければ未来がない。
『新人類に奪われるくらいなら自爆を選択します』
「どうせ自爆するなら俺の物になれ。爆発されても迷惑だ」
操作を行うと、画面の文字は日本語だった。
「ご都合主義で大いに結構。この方が操作はしやすいな」
操作を行い、そして飛行船の所有者――マスター登録を行う画面に来ると、コントロールパネルの一部が開く。
そこには手を乗せる位置を表示したガイドラインが光っていた。
『……読めるのですか? 貴方たちは日本語を使用しなかったはずです』
よく耳を澄ませてみれば、音声は部屋のどこかから聞こえてきておりロボットが喋っていたわけではないらしい。
興味を持った相手に、俺はコントロールパネルに手を乗せながら冗談交じりに言うのだ。
「俺の魂は生粋の日本人だぞ。毎朝のご飯と味噌汁がジャスティスだ。まぁ、こっちで食べたことはないけどな」
『魂? 輪廻転生の概念でしょうか?』
日本語で受け答えをすると、ロボットは黙ってしまった。どうやら自爆は思いとどまってくれたらしい。
手のひらから遺伝子情報を確認したのか、マスター登録が終わると俺の全身を赤い光が包み込む。
スキャンしているらしい。
終了すると質問を再開してきた。
『遺伝子情報に確かに日本人の形跡を確認しました。ですが、貴方は新人類です。同時に旧人類の遺伝子も引き継いでいます。不思議です。あり得ません』
「そうなのか? でも、これでこの船は俺の物だろ?」
『はい。今日からこの飛行戦艦は貴方の所有物です。名前を付けますか?』
少し考える。
ゲームでは名前を付けることは出来なかった。
「良い名前が思いつかないな。デフォルトだったら【ルクシオン】だったんだけど」
『ルクシオン……記録しました』
「自爆はしないんだな。助かったよ」
随分とボロボロになった俺は、全てが終わるとその場に座り込む。煙の発生と、警報が鳴り響いている中でライフルを手に取る。
木製の部分が割れている。
これでは修理しないと使えない。
『魂は日本人という事は戦時中の記憶があるのですか?』
「ないね。そもそも平和な時代のサラリーマンだ。戦争なんて経験してない。……そう思うと、前世は凄く幸せだったな」
煙が落ち着いて警報も鳴り止む。
ダラダラと話をする俺は、誰かに話を聞いて欲しかったのか、人工知能? に対して転生した経緯を話した。
乙女ゲーの世界である事も、だ。
「驚いたか?」
『貴方の妄想には感心しました。ですが、ただの妄想で日本語を話すことは出来ないでしょう。私の感想は一言……興味深い、です』
「こっちだって驚いているんだよ。それに、お前がこの場にあるのが一応の証拠でもあると俺は思うけどね。お前を探し出した事もこの世界がゲームっていう証拠じゃないか?」
『妄言にしか聞こえません。そもそも、ゲームと認識しているだけではないのですか?』
「そういう細かい事はいいんだよ。俺は面倒なのは嫌いなの。どうせ考えても答えなんか出ないなら時間の無駄だろうが」
ぐだぐだと話を続けていると、咳き込んでしまう。
口元を押さえると手袋に血がにじんでいた。
「……どこか怪我をしたのか? まずいな。戻らないと行けないのに」
体がゆっくり倒れていくと声が聞こえてくる。
『リオン・フォウ・バルトファルト――マスターの生命危機を確認。医務室への移動を――』
◇
リオンが旅立ってから三ヶ月の時が過ぎていた。
バルトファルト男爵家にはゾラがやって来て、ネチネチと嫌みを口にしている。
バルカスの仕事部屋に入り、朝からリュースまでも自分の前に座らせ責めていた。
「私がせっかく用意した縁談を台無しにして、本当に馬鹿な子供よね。一人で飛び出してかってに死んでしまうなんて」
バルカスが悔しいのか手を握りしめていた。
リュースも自分の息子が死んだかも知れないと言われ、気分は暗く沈んでいるのが分かる。だから、ゾラは責め立てるのを止めない。
「こうなったら次の子供を渡して貰うわ。まぁ、あの年齢でも家事くらい出来るでしょう」
バルカスが待ったをかける。
「あの子はまだ十歳にもなっていないんだ。それに、リオンだって戻ってくるかも知れない」
ゾラは鼻で笑う。
「本気で言っているのかしら? この辺鄙な島を出て三ヶ月よ、三ヶ月。流石に生きている方がおかしいわ。あぁ、そうね。もしかしたら自分だけ逃げ出したのかも知れないわね。まったく、これだから田舎貴族の子供は困るのよ。騎士道を知らないのかしら」
ホルファートの騎士道は、自分の主人に忠誠を捧げる物だ。
騎士なら国王陛下に。
陪臣騎士なら領主やら上司に忠誠を誓い、清く正しく生きるのが素晴らしいという教えである。
日々鍛錬と質素倹約な生活が美徳とされていた。
忠義のために命を賭ける騎士こそ誉れ。
国のために戦うことこそ誉れ……まさに理想の騎士。
簡単に言えば統治者にとって便利な部下の見本が騎士道である。
近年では女性を守る騎士や、女性のために命を賭けるのも騎士の仕事とされていた。
リュースが泣きそうな顔になっているのを見て、バルカスが側に行くと肩に手を置いた。二人の方が夫婦に見える。
それがゾラには腹立たしかった。
(何よ。私はこんな田舎領主と結婚してあげたのに! 目の前で仲の良さを見せつけるなんて本当に許せないわ)
リュースも腹立たしかった。
だから、そんなリュースの息子や娘は、王都で相手もいない女性や男に売りつけてやろうと思いつく。
すると、部屋に慌ただしい声が聞こえてきた。
まだ幼いコリンがドアを力一杯に開ける。
「コリン、お前は部屋にいなさい。ノックもしないで――」
バルカスが注意をすると、コリンはアワアワと口をパクパクさせて窓の外を指さしていた。
全員が窓の外を見ると、太陽が遮られたのか影が出来る。
バルカスが気になって窓を開けて外を見ると――。
「なんだ、あの船は?」
屋敷の上空には大きな飛行船が停まっていた。
ゾラは身を縮める。
「な、何よ? どこの船!?」
空賊か、それとも他領や他国の飛行船が攻め込んできたのかと慌て出す。しかし、それにしては様子がおかしかった。
大きな飛行船から、小さな飛行船――二十メートル前後の飛行船が下りてくる。
そこにはリオンの姿があった。
飛行船は金銀財宝を山のように載せており、その量は遠目に見ても多い。
屋敷の庭に降り立ったリオンは、両手を振っていた。
「親父! 約束通りに戻ってきたぜ。見てくれ、この財宝を!」
見れば金銀の延べ棒の他には金貨やら装飾品に宝石が山のように積み込まれている。どれだけの価値があるのか計算できないが、本物ならとんでもない金額になるのは間違いなかった。
リュースが泣き崩れる。
「あの馬鹿息子。連絡もよこさないで急に戻ってきて」
嬉しいのか泣きながら笑っている。
バルカスは慌てて部屋の外に飛び出し、リオンのところへと向かった。
ゾラは窓からリオンが持ってきた財宝を見る。
すると、リオンが勝ち誇った笑みを浮かべていた。ゾラに向かって口パクで「俺の勝ちだ」と言っている。
窓枠を握る手の力が強くなる。
「あ、あの糞ガキ……」
バルカスはリオンのところに向かうと、そのまま抱きしめ泣いていた。馬鹿野郎と言いながら、よく戻ったと泣いて喜んでいる。
ゾラは忌々しくなり、そのまま部屋を出て行く。
(まぁ、いいわ。あれだけの財宝が私の物になると思えば悪くない。精々、今度も私のために働いて貰うわ。お前の稼ぎは全て私が貰う。最後に笑うのは私よ)
ゾラは廊下に出ると、待っていたエルフの奴隷を引き連れ外へと向かうのだった。
◇
苦々しい顔をしたゾラを前に、俺は笑みを浮かべていた。
持ってきた財宝もそうだが、飛行船が俺の物だと分かるとすぐに渡せと言ってきたこの阿呆を前に正論を吐くと押し黙ったのだ。
「あんたと親父の契約は俺には関係ない。俺は十五歳で成人しているし、冒険者登録も済ませた。分かるよな? 俺が見つけた宝は俺の財産であって親父の物じゃない」
親父が何か言いたそうにしていたが、お袋が止めに入っていた。
ゾラはそれでも言い返してくる。
「親の金で得た宝でしょう! それを自分の物だと誇示するとは何事ですか!」
俺は余裕たっぷりに言い返す。
冒険者として手に入れた財産は守られる。
この国は冒険者が建国した国だから、だ。
「両親に罵られるならまだしも、お前に言われたくないね。あぁ、これは持って行って良いぞ」
金の延べ棒が入った革製の旅行鞄を渡し、俺はニヤニヤする。
俺の後ろには大量の財宝があるのに、ゾラに渡すのは本当に数少ない一部だけ。本来なら手に入った財宝だけでも凄い金額なのに、まったく喜べない状況だろう。
ゾラは諦めない。
「お、お前がどうせバルトファルト家に財産を入れるなら、それは私が好きにしても良いことになる。さっさと渡しなさい!」
俺は肩をすくめてやった。
そして、前々からルクシオンと相談していた内容を口にする。
「それは俺が実家に財産を入れれば、の話だよな? 俺は考えたんだ。いっそ俺が財産を管理して、領地の整備をしよう、って。親父に許可を貰えば可能だし、何の問題もない。それとも、港の一部を持って帰るか?」
ゾラは分が悪いと悟ったのか引き下がった。
愛人のエルフを連れて屋敷に戻っていく。
俺はその背中を見てゲラゲラ笑うのだった。
親父が俺の背中を叩いてくる。
「馬鹿。煽りすぎだ。相手を怒らせてどうする」
「俺を変態婆に売りつけようとした女だぞ。これくらい許される。それはそうと、どうよこの財宝の山は」
飛行船に積み込んだ財宝を見て、両親は確かに驚いていた。
「いや、素直に凄い。だが、これはギルドに報告したのか?」
俺は頷いた。
冒険者ギルドは正式には国の組織で、ギルドと言いながら協会ではない。
昔からギルドと呼ぶのが決まりらしい。こういうふわっとした設定が困るのだ。
「もちろん。おかげで一部は国に奪われたけどね」
用意した財宝の二割から三割を国は持って行った。
ただ、残った財宝は純粋に俺の物である。
「壊したボートも買い直すよ。いっそ飛行船をプレゼントしようかな」
気前の良い俺を前に、お袋が少し呆れていた。
「あんた、将来のために残しておくとか考えないの? これだけあれば独立だって出来るでしょうに」
言われた俺は、二人に向かって姿勢を正した。
「そのことで話があるんだけど」
俺は両親に今後のことを話すのだった。