【SIDE】ウィステリア公爵家ダリル 3
双子にも色々と種類があるようだけれど。
僕とルイスのように同じ姿をしていて、同じ性別の場合は、元々1つだったものが2つに分かれた場合が多いという。
……だからなのだろうか。
僕が双子だと分かったあの日から、僕はルイスが愛しくて、愛しくてたまらなかった。
ルイスと一緒にいたくて、出来ることならば彼と同じものに、……1つのものに戻りたくて堪らない気持ちになるのだ。
けれど、僕のその気持ちは母親の気分を害したようだった。
「ダリル、あなたが小さい頃からずっと、お母様は1人であなたの面倒を見てきたのよ。あなたはお母様がいなければ何もできないの。だから、あなたにはお母様さえいればいいでしょう?」
初めのうちはルイスに会いたくて、必死に母の言葉を否定していたけれど、そのことは逆に、ルイスを傷付ける結果を呼び起こしていたようだった。
僕が「お母様は大好きだけれど、ルイスにも会いたい」と言うと、お母様は悲しそうに微笑むだけで怒ることはなかった。
だから、僕は感情のままにルイスに会いたいと強請っていたけれど、母はその分、陰でルイスに当たっていたことを、後になってジョシュア兄上から知らされたのだ。
―――ジョシュア兄上は、とても優しい人だ。
いつだってルイスの面倒を見てくれるし、リリウム魔術学園に通っている今も、通常ならば寮暮らしをしなければいけないのに、特別な許可を取って王都の邸宅から学園に通っている―――ルイスを1人にしないために。
先日、母に定期的に話す機会が欲しいと訴えた際だって、ルイスだけではなく兄上自身が母との会話を希望している形を取ったのは、母から拒絶される者がルイス一人にならないようにとの兄上の心遣いだ。
ジョシュア兄上は本当に優しい。
けれど、そんな風にルイスに優しくするのがジョシュア兄上であるということが、僕は凄く妬ましかった。
僕が―――誰よりも、ルイスに優しくしたいというのに。
ジョシュア兄上に助言されてからの僕は、母の前ではただただ母が大好きな振りを演じた。
そして、母が忙しい時間を見つけ出しては―――僕が6歳になり、家庭教師が付くようになってからは、母は公爵夫人として茶会だとか演奏会だとかに出席し始めたため、色々と外出が多かったのだ―――僕は母に内緒でルイスを訪ねるようになった。
初めのうちは、僕を見るだけでびくりと体を強張らせていたルイスだったけれど、段々と僕に打ち解けてきて、色々な表情を見せるようになった。
そして、どんどんと色々なことを話してくれるようになった。
だから、僕も色々なことをルイスに話した。
いつの間にか、一緒にいる時間はもちろん、離れている時間ですら、この話をルイスにしようだとか、このお菓子をルイスに持って行こうだとか、僕はルイスのことばかりを考えるようになった。
ルイスが笑うと、僕はとても嬉しくなる。
反対に、ルイスがしょんぼりとしていると、とても悲しくなる。
ああ、双子だから気持ちがつながっているのだなと、僕は思った。
だから、僕とルイスの喜びと悲しみは同じものなのだと。
けれど、相変わらず母は、ルイスのことを好ましく思っていないようだった。
僕と同じものであるルイスなのだから、母も好きになってくれればいいのに。
そう考えながら、ルイスと楽しい時間を過ごす日々を重ね………
―――そして、僕は病におかされる。
「たったの6歳なのに! この子の未来はこれからなのに」
そう言いながら、母は泣きじゃくっていた。
そんな母を見ながら、貴族は感情を露にしないものなのに、と冷静に思う。
貴族の筆頭たる公爵夫人ならなおのこと、家族の病気ごときで感情を露にしないものなのに、母は誰が見ても分かるほど泣き崩れていた。
……ああ、母は本当に僕のことを好いてくれているのだな。
そう感じ、嬉しくなった僕は、穏やかな気持ちで天に昇れると思った。
僕の主治医は、体中の臓器が壊死していく病に罹っているのだと、僕に告げていた。
それから、「治療方法はありません」とも。
その言葉を聞いた瞬間、母は医師を館から叩き出した。
続けて、執事に指示を出し、王都中から名高い医師を次々と招聘したけれど、全ての医師の見立ては同じだった。
その日から、母はべったりと僕に張り付くようになり、1人きりで昼も夜も僕の面倒を見始めた。
「お母様が絶対に助けてあげますからね!」との言葉をうわ言のように繰り返し、僕を見る目つきは日ごとに血走っていった。
母のことが気にはなったものの、その頃の僕はひどく弱っており、1日の全てをベッドの中で過ごしていたため、母の状態に気を配ることができなかった。
一月前に倒れた日から、僕の体調は急激に悪化していた。
発汗するし、発熱するし、身体のそこかしこが痛む。
最近は、ベッドから起き上がるだけでも息切れをするほどだ。
だから、母がどんなに手を尽くしてくれたとしても、僕の命がもう長くはないことは、自分が1番良く分かっていた。
だから、最期ならばと、ぽつりと母に向かって望みを口にしてしまった。
「ルイスに会いたいな」
僕の片割れ。あるいは同じもの。
そんなルイスに最期の別れをしたい、ただそれだけの気持ちから発した言葉だったのだけれど、僕の言葉を聞いた母は、希望を見つけたかのように、きらきらとした瞳で天を仰いだ。
「ああ! そうだったわ! ダリルにはスペアがいたじゃあないの!! どうして、今まで気付かなかったのかしら?」
その口調に、そして母の表情に、常軌を逸したものを感じた僕は、怯えた様に母に問いかけた。
「お母様? どうかしたの?」
母は満面の笑みで僕を見下ろすと、強い力で両手を握りしめてきた。
「大丈夫よダリル、お母様があなたを助けてあげる。ふふふふふ、そうよ、お母様はすごいのよ。だからこそ、あなたに何かあった時のためにと、あなたを双子で産んだのだわ」
「……お母様?」
「あなたのために、特別で素晴らしい魔術師を呼んであげるわ。ええ、そう、転移の魔術に長けた者を呼びましょう。そしてね、あなたとルイスの体の中身を入れ替えるのよ。血管も内臓も何もかもを。そうしたら、あなたはすぐに元気になるわ」
……母が口にしているのは、狂っているとしか思えない技術だった。
そもそもが実行可能かどうかも分からない発案だけれど、それをやるとルイスは確実に死亡するように思われる。
そして、いくら邪険にしているとはいえ、ルイスも母の息子であることに変わりはないのだ。
腹を痛めて生んだ、実の息子の命を使うような方法を自ら発案するものだろうか?
僕はきっと、母の言葉の意味を取り違えているに違いない。
そう考えながらも、母の狂気に満ちた表情が、僕の勘違いなどではなく、母はルイスを犠牲にしようとしているのだという恐れを抱かせる。
そのため、恐る恐る母に問いかけた。
「……でも、そうしたら、ルイスが代わりに死んでしまうよ?」
すると、母は笑顔で僕の恐怖を肯定してきた。
「それがスペアの役割だわ。何のためにあなたたちが双子で生まれてきたと思っているの? 双子でもなければ、身体の中身を入れ替えることなんて、とても出来やしないわ。適合できなくて、血を吐いて死んでしまうもの。ああ、よかったわね、ダリル。あなたが双子であった意味は、ここにあったのよ」
……母は、何を言っているのだろう?
穏やかな笑顔のまま、狂ったような言葉を吐いている。
僕を誰よりも慈しんでくれる母が、笑顔のまま、もう1人の僕を殺す言葉を吐いている。
これは、本当に僕の母だろうか?
母はこんな人だっただろうか?
混乱したままに、僕は今までにない強い口調で母に反抗した。
「そんなことはないよ! そこには意味なんてない!」
けれど、母は愚図る子どもをあやすかのように僕の頭を数回撫でると、控えていた侍女にルイスを呼ぶように言い付けた。