23 フリティラリア公爵の誕生祭 14
「『ユグドラシルの魔法使い』……?」
初めて聞く単語に思わず眉根を寄せると、兄の声が降ってきた。
「まぁ、おとぎ話の世界だな。この世界にはたった一人だけ『魔法使い』がいて、世界の安寧を保つために『世界樹』の守り番をしている……そういう話だったか」
記憶を辿るかのような表情で回答する兄を見て、私は一気に身構える。
この1日、2日の付き合いで分かったけれど、兄の知識は半端じゃない。
そして、記憶力だって抜群だ。
単語を聞いてすぐに『世界樹の魔法使い』の説明がでてくる辺り、兄がそのことについての情報を持ち合わせていることは間違いないだろう。
だというのに、あいまいな情報であるかのような言い回しを使用し、表情だって考え込むようなものを装っている。
これは絶対、何かを企んでいるに違いない。
そう考え、用心のために沈黙を守る私の前で、兄は言葉を続けた。
「ただし、驚くべきことに、そのおとぎ話はこの国の始まりを綴った『開闢記』に記されており、どういうわけか王侯貴族はその伝承を信じている」
「えっ、『開闢記』って……!」
おとぎ話から一転、突然国の、というか世界の成り立ちに関わるような話になってきたため、黙っていようと思っていたことを忘れ、驚いて声を上げる。
まって、『開闢記』って、世界の始まりから終わりまでを記録した書物じゃなかったかしら?
どうしてそんな重要書物に記載されている存在―――しかも、兄の話によると世界で1人の存在である『世界樹の魔法使い』かもしれないと、ラカーシュは私のことを考えたのかしら?
もちろん、違うに決まっていますよ!
そう自信を持って答えようと口を開きかけた私を見て、兄はきらりと目を光らせた。
「ルチアーナ、先ほどお前が使用した風の力だが、あれは魔術ではなかった。魔術は世界に紐づけられている。属性、レベルとナンバリング、魔術名の3つによって。それが完全に一致しない限り、魔術は決して発動しないのだ」
「えっ!?」
驚く私に構うことなく、兄は話を続ける。
「なのに、先ほどのお前のあれは……唱えられたのは属性のみだ。レベルとナンバリングの発声が省略された上に、魔術名に至っては誤っている。お前は適当にそれらしき名称をつぶやいたのだろうが、『風花』は雪魔術だ。水魔術の一派であって、風魔術ですらない」
「ぎゃふん!」
私は正に負け犬の鳴き声を発した。
あああああああ、いや、分かっていました。
私が魔術の使用方法を誤っていることは!
でもね、でもですよ。言い訳ですけど、私は今まで一度も風魔術を使ったことがなかったんです。
だから、1つだって風魔術の魔術名を知らないんですよ。
つまり、あの時は物凄く脳みそをフル回転させて、何とか頭の中に浮かんだ風魔術っぽい単語を適当に詠唱してみただけなんです。
うまく一致すれば発動してくれるかな、みたいな希望とともに。
レベルとナンバリングについても、そうです。
魔術名すら分からないのだから、対応するレベルとナンバリングなんて、もっと分かりません。
だから、適当に組み合わせてみようかとも思ったけれど、いやまて、不一致と省略とどちらがましだろうかと考えて、まだ影響が少なそうな省略を選んだんです。
私自身としては、あの短い時間で風の付く単語を思いついたことと、ちゃんと不一致と省略の可能性を比較してみたこと自体が、称賛に値すると思ったんですけどね。
そう長々と心の中で言い返してみたけれど、いや、これは完全に言い訳だわ、口に出さない方がいいだろうと判断し、心の中に留めておくことにする。
そんな私の長台詞を知らない兄は、沈黙を続ける私を不審に思ったのか、唇の端を歪めた。
「だから、お前が使用したのは魔術ではありえない。では、他の言葉であの超自然的な力を表現しようとしたら、……少なくとも私は、『世界樹の魔法使い』という単語しか知らない」
「あの、その、お兄様……」
いつの間にか、会話の流れが私にとって非常によろしくないものになっていることに気付いた私は、話を打ち切ってもらえないだろうかと、思わず口を挟んだ。
ラカーシュは沈黙したまま会話の成り行きを見守っているし、兄は何かを見極めようとしている。
勝負をしたことはないけれども、駆け引き能力においては、兄とラカーシュの方が私より何倍も上のような気がする。
そして、この会話の結論を出すことは、全く私のためにならないような気がする。
全ての攻略対象者と距離をおきたい私にとっては。
だから、今すぐ会話を終わらせたいと思うのだけれど、私の都合などこれっぽっちも斟酌するつもりのない兄は、にやりと笑いながら指を2本立てた。
「さて、2択だ。一つ。お前は魔術の超天才で、今までとは全く原理原則が異なる独自の魔術を編み出した。二つ。お前は世界でたった一人の『世界樹の魔法使い』だ。……さて、どちらが私の心臓に優しいのか」
どちらも。
どちらも、お兄様の心臓には優しくないと思います。
あるいは、どちらであったとしても、お兄様は超然としていると思います。
迫りくる兄の笑顔に逃げ切れないものを感じ、何と答えたものかとだらだらと汗を流す私に対して、思わぬところから救世主が現れた。
つまり、城の方向から、聞いたこともないような奇声が聞こえてきたのだ。
「ふぎぎぎぎぎぎぎ―――!!」
驚いて振り返ると、涙でぐちゃぐちゃの顔をしたセリアが、泣きながらこちらに走ってくるところだった。
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