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バレンタインの贈り物(100万PV御礼SS)

「クルクス知ってるかしら」

「クルクス知らないわよね」

「いきなりなんですか、姫様がた」

「「今日はおねえさま曰く、バレンタインデーなのよ!」」

「ばれんたいんでえ?」



 今日も相変わらず可愛いうちの姫様がたは、また突拍子もないことを言い始めた。

 俺が言葉の意味が解らずに首を傾げていると、姫様がたは得意げに胸を逸らして俺に説明をしてくれた。



「無知ね、クルクス」

「馬鹿ね、クルクス」

「「仕方がないわ。おしえてあげましょう」」

「異界では好きな相手にまーるくて黒いものをあげる日なの」

「異界では大切な相手につやつやのぴかぴかをあげる日なの」

「へえ。そんな日があるんですか」



 なるほどな、と納得する。

 どうやら、今日も俺から逃亡した姫様がたは、あの聖女の家に行っていたらしい。


 そこで「ばれんたいん」とやらについて何かしらの情報を仕入れてきた姫様がたは、得意げに俺に知識を披露しているわけだ。

 よっぽど俺の知らないことを披露するのが楽しいのだろう、姫様がたのふっくらしたぷにぷにほっぺは薔薇色に染まり、綺麗な碧玉のお目目はきらきらと眩しいくらい。俺の周りをぐるぐるとふたりで回る様子は天使が舞い降りたようだ。



「クルクス視線が気持ち悪い」

「クルクス存在が気持ち悪い」

「え、俺の存在全否定!?」



 俺はまた無意識にうっとりと姫様がたを眺めていたようだ。

 気づけばいつの間にかふたり寄り添って、怯えたような顔で俺から大分距離を取られてしまっていた。

 俺は即座に許しを請い、姫様がたの元へ近寄る。

 俺は護衛騎士だから、姫様がたの元から離れるわけにはいかないのだ。



「「まあいいわ。はい、クルクス」」



 即座に俺を許してくれた心優しいふたご姫は、俺になにやら小さな箱を差し出してきた。

 それは可愛らしく包装された小さな菓子箱。

 ……これを、俺に?

 俺は恐る恐るその菓子箱を受け取った。

 すると、


「「クルクス、ハッピーバレンタインデー!」」



 そう姫様がたは俺に告げ、手をつないでどこかへ走り去ってしまった。

 俺は唖然として姫様がたの後姿を見送り、手の中の箱を見つめる。

 頭では姫様がたを追わねばならないと解ってはいるのだが、手の中の菓子箱が気になって仕方がなく、体が動かない。


 先ほど姫様がたは「ばれんたいん」なる日を「好きな相手」や「大切な相手」に贈り物をする日だと言っていた。

 ……つまり、これは。

 その事実を認識した瞬間、俺の顔に血が駆け上り、カッと熱くなるのを感じた。


 ――姫様がたに撒かれ、それを追い続ける日々。それが俺の日常だった。

 万が一にも危険があってはならないと、常日頃から俺を傍に置くようにと姫様がたを説得しているが、理解して貰えずに逃げられる日々。

 恐らくその原因は俺にある。主である姫様がたの信頼、……いや親愛を得られていない俺の未熟さ故。

 きっと聡明な姫様がたは俺を試しているのだろう。


 だが姫様がたを追い続ける日々は熾烈を極めた。最近では真っ黒だった髪に白いものが混じり始め、同じ護衛騎士のジェイドと比べると10歳は老けて見られる始末。

 きっといつか報われる。いや、果たしてそんな日はくるのか?――その想いと疑問はいつも俺の心の中を占めていた。

 手の中の箱をぎゅっと握り締める。


 けれど。俺は今日、遂に! 俺は姫様がたの親愛を手に入れたのだ――!!!


 感動で胸が震える。

 姫様がたから貰った菓子箱を軽く振ってみると、中からカサカサという音が聞こえた。

 やはり中には菓子が入っているのだろうか。


 箱の蓋を開けてみると、なにやら茶色い物体がキャンディのように包装紙に包まれて入っていた。

 飴玉ほどの大きさのそれは、確かに黒く、まんまるだ。

 だがつやつやでぴかぴかには見えないのは何故だろうか。

 少し疑問に思いつつも包み紙を開けてみる。

 包み紙の中で、ほろりとくずれそうになっているそれが「ばれんたいん」にあげるものなのだろうか。


 ――正直、泥団子にしか見えないが。


 まあ、異界には知らない食べ物が沢山ある。

 これもそのひとつなのだろう。

 全部で6粒もある。俺は大事に大事に食べようと心に誓って、この後姫様がたに会った時に直ぐに感想を言えるよう、一粒だけ手に取り、ぽん、と口の中に放り込んだ。


 ――じゃりっ


 噛み締めた瞬間の酷い舌触り。ざりざり、べとっとした何かが口の中いっぱいに広がる。

 そして鼻を抜ける豊かな土の匂い。ジルベルタ王国を支える、大地の味がする……て、おおおい!?

 口の中に一本指を差し込んで、何なのか確認する。

 指にまとわりついたのは、紛れもなく――泥だった。



 ……クスクス……クスクス……



 微かに姫様がたの笑い声が聞こえる。

 どこからかこちらを見ておられるのだろう。

 俺は一瞬口の中の異物をどうしようか迷う。

 酷い味だ。体が異物を吐き出せと、しきりに喉の奥から拒否反応を示している。


 ――しかしッ!これは姫様がたからの贈り物……!

 ――吐き出すなんて……できないッッッ!


 俺はそう決意すると、躊躇わずにその泥を飲み込んだ。


 ……ごくん。

「「きゃああああああ!!」」


 俺が泥団子を飲み込んだ瞬間、どこからか様子を見ていた姫様がたが悲鳴をあげ、真っ青な顔で駆け寄ってきた。



「「クルクスのばかああああ!!」」

「侍女がいってたわ!泥は食べ物じゃありませんって!」

「侍女がいってたわ!泥を食べるとお腹を壊しちゃうからって!」



 まさか飲み込むとは思わなかった、と姫様がたは大慌てだ。



「お、お医者さんにいきましょう!」

「死なないで、クルクス!」



 姫様がたは今にも泣きそうな顔をしている。

 小さな手で俺の事を掴んで必死に揺さぶり、俺の顔を心配そうに見上げてくる。

 今までに無い反応に、思わず嬉しくて俺は笑ってしまった。



「クルクス、口の中が黒くて怖いわ!」

「クルクス、やっぱり死んじゃうの!?」

「「クルクス、悪戯してごめんなさい!」」

「ほんとうは泥団子をあげるつもりじゃなかったの!」

「ほんとうはお菓子をあげるつもりだったの!」



 姫様がたの手には、全く同じ包装の菓子箱が握られていた。



「だから、お願い!」

「クルクス死なないで!」



 とうとう姫様がたの大きな瞳からぽろりぽろりと涙が溢れはじめた。


 ――ああ、泣かせてしまった。


 なのに無性に嬉しい。

 姫様がたには、俺が解毒魔法が使えることはしばらく内緒にしておこう。

 それくらいの仕返しは許されるかな、と心の中でこっそり思った。


 ――あ、でもお腹痛い。めっちゃ痛い。え? もう痛くなってきた!? 嘘、早くね!? 早すぎない!?

 ――魔法……まほ……いた、いたたたたたた!



「誰かああああ!」

「お医者さまを!」

「「クルクスが死ぬううううう!!」」



終わり。

*この物語はフィクションです。一国の姫君が泥遊びをする筈がありません。泥団子は食べてはいけません。クルクスをあんまり虐めてはいけません。

100万PV御礼として、以前に活動報告に載せていたものです。

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