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宿に戻り準備を手早く済ませる
シアーシャに声はかけたが生返事が返ってきただけだった
基本的な荷物は冒険業が終わった日に次の仕事の準備を終わらせているため時間はさして掛からない
宿を出ると足早にギルドへ向かう
昼時のためギルド内は冒険者が少なく業者の姿がちらほらいる程度だ
ベイツたちはジグが来たのに気づくと案内役と思しき男を連れて近づいてくる
「おう、早かったな。こいつが案内役のケインだ」
彼らが連れていたのは知っている顔だった
以前ワダツミでやり合った時にジグが武器代わりに振り回した冒険者だった
ケインもその時のことは記憶に新しい
苦い表情を隠そうとしてしかめっ面になってしまっている
「……どうも」
「ああ、頼む」
ジグはその時のことなどまるで気にしていない
それがなおのことケインを微妙な気持ちにさせるが表に出すのもなんだか悔しい
ケインの内心の葛藤を悟ったベイツが笑う
「まだ若いが自分の身くらいは守れる奴だ。……後は頼むぜ?」
「まかせた、ぞ」
念を押すようにする二人に無言で頷いて歩き出す
その後を慌てて追いかけるケイン
二人が転移石板を使って移動したのを見届けるとベイツたちも自分の仕事に向かう
元々昼を済ませたら動くつもりだったので時間はかなりギリギリだ
予め先方に遅くなる旨は伝えてあるがそれでも急ぐに越したことはない
それでも自腹を切ってやる価値はあった
それがクランメンバーというものだ
だからこそ今回の仕事は絶対に後回しにはできない
「うちのガキ共に手を出した報いは必ず受けさせてやる……!」
ベイツが憤怒の表情で復讐を誓う
表情こそ変わらないがグロウも同じだ
二人の男が纏う怒気に周囲の人間が自然と道を空ける
それを尻目にベイツたちはギルドを出た
ケインの先導で森林の奥地へ向かう
以前シアーシャが暴れた場所からは大きくそれているようだ
道中の魔獣はほとんどが倒されていて障害はない
おそらくワダツミの討伐部隊が倒してしまったのだろう
「参加しているのは何人だ?」
「十四人いる。ミリーナさんとセツさんが六人ずつ請け負っていて二部隊での行動って話だ」
「何故分けているんだ?」
「賞金首はつがいだから、もし同時戦闘になった時にスムーズに分散できるようにするためらしい」
ケインに状況や人数などを確認していく
途中ふと気になったことを聞いてみる
「お前は参加しなかったんだな。それにしては内容に詳しいが……」
ジグが何気なく聞いたことにケインが更に渋い顔になる
何か機嫌を損ねるような事を言ってしまったのだろうかと首をかしげるジグ
「参加する予定だったんだが、武器がない。……あんたに壊されたせいで」
「それは、なんというか……済まなかったな」
先日ワダツミでジグが拾い上げた片手剣
最終的には弓での狙撃で破壊されてしまったそれはどうやらケインのものだったようだ
武器が無くては参加できるはずもない
代わりの武器の貸し出しくらいはワダツミもやっているが、賞金首と戦おうというのに手に馴染んでいない得物で挑もうと思えるほどケインは無謀ではない
泣く泣く参加を見送ったが、気になっていたため作戦や場所などを未練たらしく聞き耳立てていた
それが何の因果かジグの役に立つというのだから本当にやるせない
だが彼に当たるのは筋が違う
そのため悶々とした気持ちを抱き続けることになってしまった
その思いを振り払うように話題を変える
「あんたはどう動くんだ?」
「そうだな……基本は傍観。多少の横槍が入る程度なら手を出さないつもりだ」
この手の仕事で不測の事態というのは付き物だ
それが起きるたびに助けられていたのでは一人前の冒険者とは言えないし、本人たちも望まないだろう
「戦況が傾いて敗色濃厚になったら撤退の援護をする。または重傷者が出ればその救助。このくらいだな」
ケインもその判断基準に不満はない
ただ自分が本当に案内だけして何もしないというのも居心地が悪いので何かやることがないか聞く
「俺はどうする?」
「重傷者の補助を頼む。場合によっては背負って運んでやってくれ」
もし重傷者が出るほどやられていたのなら他の面子も自分のことで手一杯だろう
経験を積ませるといっても死んでは何にもならないためこの辺りが落としどころだろうか
「分かった。あんたの指示に従う」
ケインは感情の割り切りはともかく優先すべきことを理解できる男のようだ
わだかまりや思うところがあっても自分のなすべきことを弁えている彼にジグは好感を持った
実力があっても信用ができない者というのは実は結構いる
腕がいいだけに調子に乗って物事の優先度や潮時を見誤る者などはまさにそれだ
ケインは実力こそまだ未熟だが信用できる男だとジグは判断した
「ああ、任せたぞ」
「……お、おう」
思いのほか機嫌よく頼まれたので多少困惑しながらケインが頷く
そうこうしているうちに追いついてきたようだ
討伐隊は道中の魔獣を処理しながら進んでいるため歩みが遅くなる
その後を追うだけのこちらが早く着くのは当然であった
近づくにつれて何かが暴れるような音と幾人かの声が聞こえてくる
「っ!、始まっているな」
すでに戦闘が開始されているようだ
ケインが興奮気味にその戦闘を観察している
木陰に身を隠しながらジグはミリーナたちが交戦している魔獣を見た
「……ほう、あれが」
名前からしてカブトムシやクワガタの様な見た目を想像していたが実際は違った
狂爪蟲と同じ直立歩行タイプの魔獣だ
強靭な脚に支えられた蒼い光沢を放つ甲冑の様な胴体
前腕とは別に人間でいう脇腹のあたりから一対の腕が生えている
頭部には見事な頭角が二本
所々に古傷と思われる跡が走り凄味を一層増していた
「なるほどな。この辺りの魔獣とは格が違う」
賞金を懸けられるにふさわしい風格を漂わせた魔獣だった
全方位から与えられる攻撃をものともせずに反撃する蒼双兜
振るわれる爪や角は必殺の威力を持っているが速度は大したことが無いようだ
ミリーナたちや他の冒険者たちも危なげなく躱している
「ミリーナ、仕掛ける!」
打撃、斬撃が有効ではないと判断したセツが相方に声を掛けると術を唱える
その間にミリーナが蒼双兜の攻撃を引き付ける
「せいや!」
身体強化を引き上げて斬りかかると効果が薄いと分かりつつも激しい連撃を叩きこんだ
鋭い剣戟が耳障りな音と共に蒼い破片を宙に舞わせる
僅かだが甲殻に傷をつけたミリーナを脅威とみなした蒼双兜が彼女に狙いを移す
鉤爪が振るわれ頭角が突き出されるのを躱し、捌く
(硬いし力は凄いけど、遅い!これなら……)
蒼双兜の攻撃を余裕をもって凌ぐミリーナ
やがて詠唱が終わったセツが合図を出す
巻き込まれないように大きく回避したミリーナ
それを確認してセツと他の術師が魔術を放った
冷気を纏った氷弾が複数撃ちだされ蒼双兜の足に直撃する
たちまち氷が足を覆うように凍り付かせ地面へ縫い留めた
下半身を固定された蒼双兜がバランスを崩して前腕を地に着ける
「ミリーナ!」
セツの声に突き動かされるようにミリーナが駆けた
「はぁぁぁぁ!」
裂帛の気合と共に振るわれた長剣が凍り付いた足を狙う
身体強化をスイングの一瞬だけ急激に引き上げた一撃は氷ごと蒼双兜の片足を打ち砕いた
完全にバランスを崩した蒼双兜が地に倒れ伏す
「……凄い!」
一連の戦闘を食い入るように見ていたケインが手に汗を握る
賞金を懸けられるほどの魔獣相手に一歩も引かない戦いぶりに尊敬の念を抱くほどだ
(特にミリーナさんとセツさんのコンビは群を抜いているな!)
あそこに自分が混ざれなかったのが残念でならない
興奮するケインとは対照的にジグは静かにそれを見ている
「どうかしたのか?」
その様子を怪訝に思ったケインが聞くとジグは少し考えるようにした
「……思ったよりも弱いと感じてな。少し拍子抜けだ」
「そりゃ、あんたからすればそうかもしれないがな……」
呆れたように言うケインにジグがかぶりを振る
「いや、そうではなくてな。……例えばケイン。お前ならあの魔獣と戦闘になったらどうなる?」
いきなりな質問に面食らうが、ふざけた様子のないジグを見て真面目に考える
あの魔獣と正面から相対したときをイメージし、自分と相手の戦力差を鑑みて答えた
「……勝てるわけがない。俺の攻撃じゃまともにダメージが通らないよ」
「では、逃げることもできずに殺されるか?」
極端な物言いだがその言葉の意味を悟ったケインが不審そうな顔になった
「……いや、逃げるだけなら簡単だと思う。いくら力が強くてもあれなら俺でも避けられる」
「だろうな」
ジグはそう言って倒れたままもがく蒼双兜を見た
(防御と力だけで鈍重なタイプ……には見えなかったんだがな)
あの程度なら賞金首にするほどの危険性とは思えない
しかしそこでとあることを思い出す
「つがいという話だったが、もう一匹はどこだ?」
「そういえば……」
「でたぞ!もう一匹だ!!」
身動きが満足に取れない蒼双兜を確実に仕留めようとしていた時、周囲を警戒していた一人が声を上げた
すぐに全員がその場を離れ距離を取る
先ほどの個体よりも一回り小さい蒼双兜が現れた
全体的に丸みを帯びたフォルムをしており、最も特徴的なのは頭角がない
その代わり口元に太く短い牙のような角が生えている
おそらく雌と思われる個体だ
雌は興奮した様子で足踏みをした後、勢いをつけて突進する
その速度は中々に速い
「足のない方は放っておいて構いません、こちらに集中攻撃!」
即座に指示を出したセツに従いワダツミの冒険者が動く
雄の方は脚を砕かれもう片脚は凍り付いているので無視しても問題ない
それでも万が一を考え徐々に距離を取りながら雌と戦う
体格から見ても雄と比べて雌の方が戦闘能力が低いのは明白だ
雄を問題なく下した面子ならば負ける道理もない
そのはずなのだが
「……こいつ、強い!」
ミリーナが雌を引きつけながらその攻撃を躱す
しかしそこには先ほどまでの余裕などなく必死だ
力や硬さこそ先ほどの雄より大分低いが速度と、何より技量が違った
四本の腕が別々に襲い掛かる
ただ滅茶苦茶に振り回しているのではなく、その動きには多少だが知性の様なものを感じる
「先ほどと同じ手順で攻めます。合図は任せます!」
ミリーナだけでは押し切られると判断したセツが援護に入る
二人がかりの攻撃に雌の猛攻が抑え込まれる
鉤爪を掻い潜って反撃で入ったサーベルと長剣が甲殻を大きく削り取った
しかしそれに怯んだ様子も見せず雌は攻め続けた
「なるほど、二匹込みでの賞金首という訳か。しかし……」
「あれじゃあ雌の方がよっぽど強いじゃないか」
ケインの言うとおりだ
身体能力で劣っている点を鑑みても雌の方が雄よりずっと強敵だ
魔獣同士ならば正面からのぶつかり合いなので細かい技などは関係ない、というのは理解できるのだが
(それにしても違和感がある)
ジグはその感覚を拭いきれなかった
あの雄を見た時は本当に強敵だと思ったし、ジグの勘もそう告げていた
しかし実際に戦ってみればあの有様
魔獣がどうかは知らないが昆虫で雌の方が強いのはよくある話ではある
しかしそれは体格が大きいなどの理由があってこそだ
「不自然に弱い理由……寿命か、病か」
弱々しくもがく雄を見ながらそのあたりだろうと考える
強者の末路は案外こんなものだとよく知っているジグは動くことすらやめて丸くなった蒼双兜を見ていた