白羽の矢が立った理由と絶品牛乳
天女ヶ池にダンジョンが出来て、その最初の調査と配信作業を俺たちが?
あまりの話に、つい心の中で明石さんの言葉をそのままリピートしてしまった。
そのダンジョンの心当たりがあり過ぎるのだが。
「あの、明石さん。なんで私たちなんですか? 普通、最初の調査というのはベテランの探索者がするものですよね? 富士山のダンジョンだってパパたちランカーの仕事でしたし」
とミルクが手を上げて質問をする。
そうだ、確かにおかしい。
「今回誕生するダンジョンは危険な黒のダンジョンではなく、ダンポンが管理する通常のダンジョンの延長上にあります。安全をアピールするために、比較的若い二十歳未満の探索者で地元の土地勘がある4人くらいのメンバーを、そしてEPO法人に所属するパーティメンバーを最初の調査メンバーにするのはどうかとダンポンから打診があったそうです。政府は急ぎ、その条件に遭うEPO法人の探索者パーティをピックアップしたところ」
「私たちに白羽の矢が立ったというわけですか。そういえば、なんで明石さんがいるんですか? 妃さんもご一緒ですか?」
そして、ミルクはいまさらながら質問をする。
そういえば、二人は初対面だったな。
「申し遅れました。私は明石君代の妹の明石翔上と申します。天下無双で事務をさせていただいております」
「えっ!?」
「ミルク。驚くのはわかるが、その話はまた今度な。ちょっとトイレ――」
俺はそう言って、席を立つと、急いでPDの中に。
そして――
「くぉらっ! ダンポンっ! てめぇ、なにしてくれとんじゃ!」
「わ、わ、わ、どうしたのですか、泰良! 普段と違うのです! 僕がポ〇モン緑に飽きてポ〇モン銀に手を出したことを怒っているのですかっ!? 泰良はル〇アよりホ〇オウ派だったのですかっ!?」
なんのことを言ってるんだ、なんのことを。
「日下遊園地跡にできるダンジョンの調査、俺たちに行かせるようにしただろ!」
「えっへん! 泰良へのお礼なのです。泰良がダンジョンに潜れればそれでいいって言ったので、優先的に潜れるようにしたのですよ! しかも、泰良と僕の繋がりがバレないようにそれらしい理由を考えて、政府が選んだパーティの中から僕が選んで、政府の人にはこのパーティの人に迷惑が掛からないようにって念を押したのです」
「余計なことを…‥」
俺を名指しではなかったのはありがたい。
迷惑が掛からないようにっていうのは、学校が公欠扱いになったことだろうか。
でも、その配慮のお陰でこっちは大騒ぎだぞ。
「危なくないんだよな」
「テストプレイなので15階層まで潜れるようにしているのですが、泰良たちなら大丈夫なのですよ」
「その根拠を知りたいんだが――」
「泰良だからなのです!」
「じゃあ、なんで配信なんだ?」
「配信? なんのことなのです?」
動画配信はダンポンの要望ではなく、政府の要望なのか。
まぁ、ダンポンに悪気がないことはわかった。
「当分、おやつは持ってこないからな」
「えぇぇえっ!?」
だからって許すとは言ってない。
PDから出て、部屋に戻る。
「悪い。ところで、ダンジョン配信ってなんのことだ? それもダンポンの希望なのか?」
「こっちは政府からね。どうせ若いメンバーに行かせるのなら、宣伝もかねて世界に配信しようっていう魂胆らしいわ。黒のダンジョンの事件でダンジョンが危険なものだって認識が少しずつ広がっているようで、それを払拭しようっていうのが政府の狙いみたい」
「私たち、素顔が出るんですか?」
アヤメが困ったように言った。
「素顔を出されるのが嫌な人、手を上げて?」
姫の問いに俺、ミルク、アヤメの三人が手を上げる。
俺の場合、たった数ヶ月でレベル30になったこととか質問されたら面倒だからな。
「まぁ、そう言うと思ったわ。安心して、政府はずっと極秘裏にある開発をしていたの。それを今回使わせてもらうことになったわ」
政府が極秘裏に開発?
まさか、俺の変身ヒーローの仮面みたいな認識阻害ができる魔道具だろうか?
あれが実用化されたら、確かに凄い。
だが、同時に悪用される恐怖もある。
なにしろ、どんな凶悪犯罪の現場を目撃されても正体がバレないんだから。
「なんなんですか、その開発していたものって」
「ダンジョン探索者の映像をアバターに即時変換するアプリよ!」
……あ、なんか安心した。と同時に、日本らしいなーとも思った。
なんでそんなのを政府が極秘に開発してるんだよ。
もっと公に開発しろよ。
さらにボイスチェンジャーも入るから俺たちだってバレることはない。
もう、それってVチューバーだろ。
「ただ、今回の場所はちょっとだけ縁起が悪いのよね。政府は日下遊園地跡だって言っていたけど――」
「日下遊園地の跡地といったら、太宰治の『パンドラの匣』の舞台よね? 地元の話だって聞いて、昔読んだなぁ」
知ってるのか。
俺は全然知らなかった。
「でも、縁起が悪いって言うほどの場所ですか?」
「そっちよりも問題は孔舎衛坂よ。日下遊園地があった時代の最寄り駅ね」
「そんな駅があったのか?」
「泰良は地元なのに知らないの? 日本書紀にも出てくる有名な土地よ。『孔舎衛坂に徼て、与に会ひ戦ふ』ってね」
全然知らない。姫はよくそんなことを知っているな。京大生って言ってたが裏口入学ではないようだ。
それで、誰と誰が戦ったんだ? なんで縁起が悪いんだ?
「孔舎衛坂は泰良が持っている布都御魂の持ち主、神武天皇が兄の五瀬命と戦って負けてしまった場所なのよ」
ダンポンの言ってた悲しい歴史って、まさか結核療養所の話じゃなくて、その話!?
嫌だぞ、そんな負けフラグ。
次に、ダンジョンに潜る四人分のアバターを明石さんがパソコンで見せてくれた。
性別や年齢、髪型や髪の色などはそのままに、アニメキャラ風になっている感じだな。
AIによる自動生成らしいが、こんな風に作れるのか。
「泰良、本物よりカッコいいんじゃない?」
「そんなことありません。本物の壱野さんもカッコいいです!」
ミルクが茶化してきて、アヤメがフォローしてくれる。
俺から見ても画面のキャラは少し美化されているな。
ミルクやアヤメ、姫もかなりカワイイキャラになっているが、彼女たちは全員元がかわいいので全然違和感がない。
「ねぇ、明石。もっと私のアバター大きくできないの?」
「申し訳ありません、姫お嬢様。Vチューバーのアバターと違って、身長を含む体形に大きな変化をつけることはできません。戦闘の記録をつける一面もありますので」
「そう……でも、もう三センチくらいどうにかならない?」
姫がなんとか自分の身長を伸ばそうと明石さんに交渉する。
三センチ増やしたところで、姫の背の低さは変わりはしないのに。
と話し合いが終わったところで、
「皆さん。ミルクティー持ってきましたよ。ミルクちゃんから貰ったクッキーと一緒に召し上がれ」
母さんが紅茶の入ったポットと牛乳の入った瓶を持ってくる。
「ありがとうございます」
みんなでミルクティーを一口。
ってあれ?
安物の紅茶のはずなのにめっちゃうまい。
「これ、とってもおいしい」
「はい、甘味がいいですね」
「こんなおいしいミルクティー、うちのホテルでも出ないわね」
姫までも絶賛する。
うちの紅茶はティーパックだぞ?
いいのか、押野リゾートの評価が下がるぞ?
「紅茶よりもミルクの方に秘密がありそうです」
明石さんが紅茶をじっと見て言う。
「あら、わかっちゃった? 出来立ての牛乳を使ってるの。これがとってもおいしいの」
「出来立て? 搾りたてってことですか?」
「ううん、できたて。泰良から貰った牛乳が出る魔法の水筒。最近使ってみたんだけど、この牛乳がものすごく美味しいのよ」
四人がこっちを見た。
あぁ、そういえば母さんにそんなプレゼントをした覚えがある。
詳細鑑定にも絶品牛乳が出るって書いてあったな。
うん、たしかにこれは絶品だ。