新ダンジョンの候補地決定
東大阪市の東部、生駒山の裾野に石切神社という関西では腫れ物の神様として有名な神社が存在する。
またその神社の参道には数多くの手相占いの店があり、占いの道とも呼ばれている。
その参道を上がり、石切駅からさらに北に進むと、天女ヶ池という池がある。
「そこにあったのが日下遊園地だ」
と父さんがグーグルマップのストリートビューを使って説明してくれた。
と言っても、そこにあるのはただの池であって、遊園地の名残は一切ない。
「それって本当の話? そんな遊園地、聞いたことないんだけど。大阪の廃園した遊園地一覧にも載ってなかったし」
「本当だ。開業は大正時代の歴史ある遊園地だからな。しかも、当時にしてはかなり凄い遊園地だったらしいぞ? 観覧車に乗馬クラブと料亭、旅館、ミニ動物園といろいろあったらしい。ただ、あやめ池遊園地や生駒山上遊園地が出来てからは経営難になって昭和の初めに撤退したらしいが」
と父さんがスマホで日下遊園地の写真を見せてくれた。
実在したのは確かなようだ。
廃園した遊園地、そして生駒山の近くという二つの条件は満たしている。
問題は悲しい歴史だ。
「閉園後はここに結核患者の療養施設ができたらしくてな。健康道場って名前らしい」
「凄く矛盾している名前な気がする」
「健康になるための道場だからな。療養施設というよりも、部活の合宿場みたいな雰囲気の施設だったらしいぞ。とはいえ、結核は当時はそう簡単に治る病気じゃないから大変だったみたいだが」
そして、父さんは友だちから借りてきたというパンドラの匣というDVDを俺に渡した。
その健康道場が舞台の太宰治原作の小説を映画にしたもののようだ。
父さんには申し訳ないが、DVDは見ないでネットであらすじだけ読ませてもらった。
この物語は健康道場に通う青年の成長を描く物語で、思っていたような悲惨な話ではないらしいが、人の死を一つのテーマにもしているらしい。
ダンポンにその場所のことを説明すると、その場所に連れて行ってほしいとのこと。
もちろん、ポチやシロのように散歩して連れていくのではなく、その場所にPDを作れということらしい。
仕方ないので自転車でそこに行く。
坂道がきつく、前までは電動アシスト自転車がないと登れないと思っていたが、レベルが上がってステータスが大幅に増えたことで、自転車を漕ぐ脚にも力が入る。
そして、目的の場所に到着。
遊園地の面影は一切ないが、ちょっとした広場のような場所に、建物の土台らしきものがあった。
たぶん、ここに何か建物があったのだろう。
誰もいなかったのでそこにPDを設置して中に入る。
「どうだ?」
「いいのです! ここはいいダンジョンになるのですよ! さっそく仲間に伝えて政府に交渉してみるのです」
「勝手に創るわけじゃないんだな?」
「もちろんなのです。現地住民の意向を無視したらいけないのです。過去にいろいろと失敗してるのですよ」
ダンポンが遠い目をして言う。
過去っていうのは、この世界ではなくたぶん別の世界での出来事だろう。
ダンポンとダンプルの戦いは別の世界でも行われているらしいから。
でも、政府と直接交渉か。
いろいろと問題もあるだろうし、今日の明日にダンジョンができるなんてことはないだろう。
「泰良にはお礼をしないといけないですね」
「いいよ、俺はダンジョンに潜れればいいんだから。ダンジョンの管理頑張ってくれ」
「頑張るのです!」
ここにダンジョンができれば、放課後ミルクとアヤメと集まってダンジョン探索できるだろう。
だが、その時のダンポンの「頑張る」という発言について、俺はもっと聞くべきだった。
翌朝、明石さんから電話が来た。
電話番号を聞いていたが、こうして電話が掛かって来るのは初めてだ。
緊急の案件だった。
学校があるんだと伝えたのだが、休んで来るように言われた。
公欠扱いになるらしい。
理由は電話では伝えられないとのこと。
嫌な気がする。
生駒山上遊園地の黒のダンジョンで何かがあったのかもしれない。
だが、妙だ。
富士山から日本を救った謎の探索者が俺であることは、姫とアヤメ以外誰も知らないはずだ。あ、あの時ヘリを操縦していた人も俺のことに気付いているかもしれない。どんな人か知らないけど。
だったら、なんで高校を公欠扱いできるんだ?
気になる。
梅田のオフィスに行けばいいのかと聞いたら、俺の家に全員集合するらしい。
全員というのは、オフィス天下無双の全員だ。
生駒山上遊園地に行ったのは俺と姫だけだった。
アヤメとミルクまで学校を休んで呼び出されているのは何故だ?
そして、何故俺の家に集合するんだ?
生駒山上遊園地絡みなら、生駒駅あたりに集合でもいいと思うのだが。
とりあえず、公欠ということは政府からの依頼でいいのだろう。
母さんにかいつまんで説明。
「EPO法人って大変なのね。会社の人は全員珈琲でいいかしら?」
「会社の人っていっても、四人中三人はこの前白浜にいた仲間だから。知ってるだろ?」
「ならミルクティーにしましょう。ちょっと買い物してくるわね」
どういう論理かはわからないが、母さんは若い子にはミルクティーらしい。
スーパーに買い物にいった。
入れ替わるようにミルクがやってきて、さらに遅れてアヤメもやってきた。
「壱野さんの家って大きいですね。もしかしてお金持ちなんですか?」
「古いだけだよ。元々爺ちゃんの家だったし」
まぁ、庭があるのはありがたい。
PDを設置できるから。
母さんが戻ってきた。
「あら、もう来ていたのね。いらっしゃい、ミルクちゃんに、たしかアヤメちゃんだったわね。泰良がいつもお世話になっています」
「お邪魔しています。これ、クッキーです。よかったら召し上がってください」
「わ、私もおかきを持ってきました」
「あらあら、わざわざありがとう。待ってて、いまからミルクティーを入れるから」
と言って母さんはミルクティーの準備をすると――家の外に車が停まる音が。
呼び鈴が鳴ったので外に出ると、姫が怖い顔でこちらを見ていた。
「俺、何か悪いことしたか?」
「わからないわ。ただ、政府から仕事の依頼が来たの。私たち天下無双の四人に名指しでね」
「それって生駒山上遊園地の――」
と思ったが、姫が首を横に振る。
違うのか?
「あまり聞かれたくない話なの。中に案内してくれるかしら?」
「あ……あぁ。狭い家だが、どうぞ」
姫たちを案内する。
我が家のリビングに母さん以外の女性が四人。
こんなことがあるとは思わなかった。
「それで、姫。何があったんだ?」
「私からご説明します」
明石さんがそう言って書類を見た。
「本日午前七時〇〇分。政府から緊急の依頼のメールが届きました。私たち天下無双に対して命令にも等しい協力要請です」
「内容は?」
「間もなく、ここからほど近い天女ヶ池という場所にダンジョンが誕生します。その最初の調査と配信作業です」