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Re:ゼロから始める異世界生活  作者: 鼠色猫/長月達平
第一章 『怒涛の一日目』
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第一章19 『精霊術師の戦い』


 氷柱同士の容赦ない交差、それは室内に白い霧を巻き上げ、黒の外套の影を低温の嵐の中に覆い隠す。

 氷柱の射出速度は路地で見た速度をゆうに超え、スバルの常識からすればメジャー級を上回ってゲームでしか見れない球速を叩き出していたように思う。

 先端の鋭いそれは容易く人体を貫き、透明な弾頭を鮮血で赤く染め上げるだろう。

 それが実に二十本だ。命中すればその死は免れまい。なのに、


「やりおったか!?」


「はい、ここでダメなフラグ一丁入りました――!!」


 ここまで沈黙を守っていたくせに、肝心なタイミングで口を挟んだ禿頭。

 それに対するスバルの叫びに呼応するように、


「――備えはしておくものね。重くて嫌いだったけれど、着てきて正解」


 白煙を切り裂くようにして、黒髪を躍らせるエルザが飛び出していた。


 ククリナイフを振りかぶり、身軽にステップを踏むその体に負傷は見えない。羽織っていた黒の外套を脱ぎ棄て、その下の肌にフィットした黒装束だけになっている以外、先ほどまでと違いは見られない。


「まさか、コート自体が重くて、脱ぐことで身軽になる感じの展開!?」


「それも面白いのだけれど、事実はもっと単純なこと。――私の外套は一度だけ、魔を払う術式で編まれていたの。命拾いしてしまったわね」


 スバルの懸念に丁寧に応じて、低い姿勢からエルザが刃を正面へ。

 そこに立つのは大技を放ったばかりの偽サテラだ。

 刃は真っ直ぐに、重みのある先端を少女の胸へと突き込もうとする。思わず声を上げそうになるスバル。それが形になる前に、


「精霊術の使い手を舐めないこと。敵に回すと、恐いんだから」


 多重展開された氷の盾が、エルザの刃を易々と食い止めていた。

 胸の前で手を合わせる偽サテラ。氷の盾は彼女の手によるものだろう。そして、一撃を止められたエルザは即座にバク転で後ろへ回避。

 それを追うように地面に突き立つのは、ややサイズを小さくした氷柱の連撃。

 そちらの追撃は銀髪の真横、指揮者のように腕を振るうパックによるものだ。


「攻撃と防御の役割分担――実質、二対一の状況だ」


「アレが精霊使いの厄介なところじゃ。片方が攻撃して、片方が防御。場合によっちゃ片方が簡単な魔法で時間を稼いで、もう片方が大技をぶっ放す……なんてのもできる。『精霊使いに出会ったら、武器と財布を投げて逃げろ』ってのが戦場のお約束じゃな」


 感嘆するスバルの横で、棍棒を握りしめるロム爺が重々しく呟く。

 その言い分に素直に頷く。なるほど、一対一の状況下であのアドバンテージならば優位性は絶対的なものだ。そうそう崩せるものではない。


「ところで、爺さんはなにをしようとしてんだ?」


「機を見て、エルフの娘に助太刀をな。まだ向こうの方が話がわかりそうじゃ」


「待て待て待て待て待て待て待て! やめとけーって! 絶対、足引っ張るだけだから! 右腕と首を切られてやられんのがオチだ、ジッとしてよう!」


「具体的な負け予想するでないわ! なんでか本当に切られた気がしてくるんじゃ!」


 実際、二度ほど切られたところを見ているので真実味のある発言。

 別次元でバッサリやられたのが伝わるのか、腕と首を押さえるロム爺はわりと本気で嫌がっていた。

 そんなやり取りの最中にも、戦闘は続行している。

 軽口でロム爺をいさめた反面、事実として割り込む隙の見出せない戦闘が。


 ――無数の氷塊が次々と生み出され、室内を縦横無尽に乱舞している。

 大きさは様々で、大きいものは頭ほどもあり、小さいものでも拳大のサイズ。そのいずれもが全力投球と大差ない速度で飛び回るのだから、その危険度は推して知るべしだ。

 が、そんな氷の暴力の中に身を置きながら、魔を払う外套を失ったエルザの身のこなしは尋常の域には存在していなかった。


 身を回し、地を這うように身を伏せ、ときには壁すら足場にして重力を無視した回避行動をとる。それでも避け切れないと判断すれば、しなる刃が氷を砕き、白い結晶を粉砕して霧散させる。物量を圧倒的な技量で補う、すさまじい技術だ。


「戦い慣れしてるなぁ、女の子なのに」


 その神業、と表現するしかないセンスに、攻撃するパックすら感嘆する。

 その呟きに、戦いの渦中にありながらもエルザは唇をほころばせた。


「あら。女の子扱いされるなんてずいぶんと久しぶりなのだけれど」


「ボクから見れば大抵の相手は赤ん坊みたいなものだからね。それにしても、不憫なくらい強いもんだね、君は」


「精霊に褒められるなんて、恐れ多いことだわ」


 賛辞を素直に喜びつつ、うなる刃が取り巻く氷塊を打ち払う。

 発射された氷の数はすでに百に近いはずだが、最初の包囲網を除いてはエルザの身に直接届いたものはひとつとしてない。

 物量によって攻勢はパックが押しているが、決定打に欠けるのは事実だった。


「このままだとMP切れして負けるんじゃねぇか?」


 攻守が入れ替わる展開を思い描き、スバルは長期戦になる不利を訴える。

 しかし、そんな不安に首を横に振るのはロム爺だ。


「えむぴーとやらがなにかはわからんが、精霊使いの戦いでマナが切れる心配はいらん」


「マナが切れる心配がないっつーのは……」


「魔法使いと違って、精霊使いが使うのは己の中でなく、外にあるマナじゃからな。世界が枯渇しない限り、精霊使いに弾切れは存在せん」


「ガソリン無制限でエンジン吹かし放題か。なんたるチート」


 スバルの答えは一切理解できなかったようで、ロム爺は首をひねる。

 その角度のまま老体は「ただ」と前置きして、


「精霊がいつまで顕現できるか、はまた話が別じゃ。精霊抜きじゃと、一気に形勢が傾くかもしれんぞ」


「うげ、そういやそうだ。……そろそろ五時とか回るか!?」


 最初の世界でパックが眠ったのは、日没から少し立った頃だったはずだ。

 夕刻の戦闘開始からそれほど時間は経過していないが、これだけ魔法戦をやらかせば溜め込んでいたマナとやらも盛大に使っているのではあるまいか。

 そんなスバルの不安は、


「あ、マズイ。ちょっと眠くなってきた。むしろ、今ちょっと寝ながら戦ってた」


「ちょっとパック! しっかりやってよっ」


「……はっ! 寝てない! 寝てないよ! ボク、全然寝てないよ!」


「なんかすげぇ小声で不安になるやり取りしてねぇ!?」


 的中してしまったらしい。

 パックがだいぶうつらうつらとしてきたのか、小猫を肩に乗せる少女の表情からも焦りの色がうかがえる。


「楽しく、なってきたのに。心ここに非ずなんて、つれないわ」


「もてるオスの辛いところだね。女の子の方が寝かせてくれないんだから。でもほら、夜更かしするとお肌に悪いからさ」


 軽く膝をたわめて、エルザが跳躍の構えを取る。

 それに先んじて、彼女の視線の先でパックが器用にウィンクして言った。


「そろそろ幕引きといこうか。同じ演目も、見飽きたでしょ?」


「――足が」


 踏み出そうとした瞬間、エルザがその場につんのめるようにして手を着いた。

 彼女の信じられないミスにスバルが驚く眼前、その足下に転倒の答えがある。


 エルザの足下、その右足が凍結した床に縫い付けられているのだ。

 砕かれた氷塊がわずかに降り積もり、彼女の足を絡め取る楔の役割を果たしている。


「無目的にばらまいてたわけじゃ、にゃいんだよ?」


「……してやられたってことかしら?」


「年季の違いだと思って、素直に賞賛してくれていいとも。オヤスミ」


 胸を張り、少女の肩の上でパックの小さな体が小刻みに揺れる。

 まるで必殺技でも放つかのようなポージング、両手が前に突き出され、そこからこれまでで最大級の魔力が集中――照射されるのがスバルにも見えた。


 魔法力はもはや氷の形をまとわず、ただ純粋な破壊のエネルギーとして発射された。


 青白い光が射線上の全てを凍てつかせ、盗品蔵を一挙に白く染め上げる。

 エネルギーは直線上、エルザを通過して盗品蔵の入口にぶち当たり、立てつけの悪い扉を弾き飛ばして、凍結の余波を外にまで及ぼす規格外ぶりだ。


 極光の通り過ぎたあとには氷結だけが残り、盗品も家財もカウンターも、みんなまとめて根こそぎ凍土の中へと放り込まれている。

 もちろん、直撃を受ければ人間すらも氷像となるのは免れない。


 ただし――、


「嘘、だろ……」


「嘘じゃないわよ。ああ、素敵。死んじゃうかと思ったわ」


 直撃を受けていれば、の話だ。


「……女の子なんだから、そういうのはボク、感心しないなぁ」


 奥の手をかわされた形になったパックだが、その言葉には言葉面以上の怒りなどは含まれていない。純粋に、行為自体に不満を抱いている口調だ。


 ――血が滴り、凍結した床の上をほのかに湯気が立つのがスバルにも見えた。


 血の発生源はエルザの右足だ。氷結魔法の射線上からわずかに離れ、素足で立つ彼女の右足からはおびただしい出血が見られる。

 それは当然だろう。なにせ、彼女の右足の底は、ばっさり削がれているのだから。


「早まって切り落とすところだったのだけれど、危ういところだったわ」


「それだけでも相当、痛いだろうに」


「ええ、そうね。痛いわ。素敵。生きてるって感じがするもの。それに……」


 気遣わしげなパックの言葉に恍惚の眼差しで頷き、エルザはその出血する足を持ち上げると、躊躇なくすぐ傍らの氷塊に足裏を押し付ける。

 大気がひび割れるような音が鳴り、「うううぅん」と艶めかしい声をエルザが奏で、直後に振るわれるククリナイフが氷塊の表面を撫で切る。


 それだけで、足裏に氷塊の一部を張りつけた乱暴な止血は完了だ。


「ちょっと動きづらいけど、十分よ」


 硬質な足音を響かせて、氷の靴を履いたエルザがいっそう愉しげに笑う。

 自傷すらいとわない戦闘中毒ぶりにもはやスバルは言葉も出ないが、さらに深刻なのは彼女と相対している偽サテラたちの方だった。


「パック、いける?」


「ごめん、スゴイ眠い。ちょっと舐めてかかってた。マナ切れで消えちゃう」


 少女の呟きに答えるパック、その声から初めて余裕が消えていた。

 銀髪の横、肩の上の小猫――その姿が淡くぼんやりと輝き、今にも消えそうなほど儚げにうつろっている。時間切れ、ということだ。


「あとはこっちでどうにかするから、今は休んで。ありがとね」


「君になにかあれば、ボクは盟約に従う。――いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ」


 慈しむ偽サテラの声に押されるように、パックの体がふいに霧状と化して消える。

 その離脱を悔やんだのは室内の全員がそうだったが、中でも一際そのことに肩を落としたのは、


「――ああ、いなくなってしまうの。それはひどく、残念なことだわ」


 まさしく、命の取り合いを演じていたエルザだったろう。

 ククリナイフを構え直し、エルザは高い靴音を鳴らして偽サテラへ向かう。

 向かい合う偽サテラの周囲、それに呼応するように氷柱が次々と生み出されるが、手数はパックが放ったものに比べればだいぶ減っている。

 機動力が削られたエルザが相手だとしても、勝算は五分五分へ引き戻されただろう。


「そろそろ、ただ見てるだけってわけにはいかんな」


 状況を不利と見たのか、棍棒を握りしめ、重い腰を上げたのはロム爺だ。

 彼は無言のスバルの視線を受けると肩をすくめて、


「加勢なしの勝算はもうわからん。なら黙って見とるのも機を逃すだけじゃ。……わかっとるじゃろ、フェルト」


「わかってるっつーの。逃げるにせよ、そろそろ動かねーといけねーってな」


 最初のエルザの恫喝からここまで、一言も口を利いていなかったフェルト。

 彼女は戦闘準備を整えたらしきロム爺の隣に並ぶと、ふとスバルの方を見た。


「さっきはなんだ……ちょっと、救われた」


「――あ?」


「ちょっとだけだけどな。っつか、ガキとか言うんじゃねーよ。アタシはこれでも十五だ。兄ちゃんとほとんど変わんねーだろ」


「……俺は今年で十八だ。車に乗れれば結婚もできる」


「見えねー! 顔がガキすぎ。もうちょっと人生刻んどけよ、面に」


 ひきこもりな上に、これまで人生で大した起伏もなく生きて参りました。

 だからといって、今の状況は起伏の富みっぷりが半端なさすぎる気もするが。


 覚悟を決めた二人が戦局を見守るのを、スバルはただ見ているしかない。

 おそらく、この場でもっとも戦闘力がないのが自分なのだ。欠けているのが戦闘力だけならまだしも、


「足が震えて動きゃしねぇ。……覚悟も足りてねぇときたもんだ」


 参加資格以前の問題で、スバルはこの戦闘には関わり合いになれない。

 ロム爺は腕力で、フェルトは脚力で、そして偽サテラはその魔法力で戦いに臨むことができる。だが、エルザの異常性はそれら全てを凌駕して余りあるものだ。

 現に――、


「押され始めたの」


 ロム爺の端的な感想が全てだ。

 氷の弾幕が途切れることなく撃ち続けられているが、それら全てがエルザの剣舞の前に打ち砕かれて届かない。

 踊るように飛びかかるエルザの斬撃は、攻撃を中断しての氷の盾が防ぎ、続く連撃は足下を凍らせる滑走によって紙一重の神回避。

 距離が離れれば再び弾幕によって攻防が入れ換わるが、そんな手が何度も通じるような相手ではあり得ない。


 次にあの牙が彼女に迫れば、スバルは再び見たくない光景を目にするだろう。


「行くぞ――ッ!」


 スバルと同じ想像をしたのだろう、雄叫びを上げてロム爺が戦線に参加する。

 振り上げた棍棒が豪風をまとって振り抜かれ、屈んで避けるエルザの後ろ髪をわずかに巻き添えにして戦端が広がる。


「あら、ダンスに横入りなんて無粋じゃないのかしら」


「そんなに踊りたければ最高のダンスを躍らせてやるわ! そら、きりきり舞え!」


 棘付きの棍棒を突き出し、線から点への攻撃範囲の変更。

 奇をてらったとっさの攻撃はエルザの喉元を目指して進み、その結果にロム爺の喉が凍る。


「なん、じゃそらぁぁ!!」


「あなたが力持ちだから、こんなこともできたのよ」


 突き出された棍棒の先端、そこに軽くつま先を乗せたエルザの姿がある。

 微妙な力関係に神がかり的なバランス感覚があって、初めて成立する軽業だ。その絶妙な均衡が崩れるより前に、エルザの刃が真横に振られる。

 位置はロム爺のこめかみの高さ、直撃はそのまま頭部が吹っ飛ぶ勢い。


「させっかーっ!」


 カインッ、と横一文字の斬撃を叩いたのは投擲された小型のナイフだ。

 真下からの衝撃に刃の動きはわずかに乱れ、刀身の腹が高速のまま巨体の頭部を打つ。鋼が骨を打撃する鈍い音が響き、ロム爺の体は弾かれるように横倒しになった。


「悪い子」


「――ぁぅ」


 身軽に着地して、視線だけで振り返るエルザがフェルトを見た。

 ロム爺を致命の刃から救ったのは、フェルトが持っていた小型のナイフだ。本来は腕を狙ったのだろうが、とっさのことで狙いが甘かったらしい。

 むしろ、今回の場合はそれがかろうじてロム爺の命を救ったともいえるが。


「覚悟も戦う力もない。ならばせめて部屋の隅で、小さくなっているべきだったのに」


 踏み込みの音は高く、エルザの黒影は一瞬で滑るようにフェルトの眼前へ。

 ロム爺は頭部を打たれて気絶し、偽サテラは距離を取っていたのが裏目に出て間合いが遠い。そしてフェルトは蛇に睨まれた蛙状態で動けず、


「はいだらぁぁぁぁぁぁーーっ!!」


 とっさにその小柄な体を抱きかかえて飛べたのは、すぐ傍らで縮こまっていたビビりがひとりだけだった。


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