5.久しぶりの社交
予約設定の日時を間違えていましたので、本日二話更新
一話目
久しぶりの社交は気合が入る。まあ、一番気合が入っているのはわたしじゃなくて侍女の方々だけど。
本日は晴天なり、という事で青いドレスに白いショールを羽織る。
ドレスのスカート部分は煌びやかな生地で、右片だけがドレープ状になり綺麗なひだが歩くたびにゆらりと揺れた。そして縫い付けられている白いレースがまるで雲のようだ。
本日のエスコート相手は当然旦那様。
旦那様は紺色のフロックコートに同色のネクタイ、シルバーのネクタイリングがきらりと輝いていた。
うん、いつも思うけど何着ても似合いすぎる位似合ってる。
そして――。
「お茶会は久しぶりです! ロザリモンド様のドレス、素敵ですね。緑のドレス良く似合っています」
と女装姿のミシェル。
「ええ、皇都でのお茶会はわたくしも久しぶりです。ミシェルさんもよくお似合いですわ。若いからか、明るいクリーム色が映えますわね。言われなければ男性だなんて誰にも分かりませんもの」
感心して返すのはロザリモンド嬢。
二人はそれぞれにドレス姿を褒め合っている。普通ならば微笑ましいで済むような話が、一人男だと知っているとなんだかなぁと思ってしまう。
というか、ミシェルなんで女装姿なんだろう?
本当にどこを目指しているのか気になる。女装すると美人だから騙される男は多い。
「……なんだか急に厄介事が舞い込みそうな気がするのはなぜでしょう?」
「口にするとそれが現実になるぞ」
もう遅いですよ、旦那様。
「そういえば、ミシェルって実家とは今どうなっているんでしたっけ?」
「侯爵の前で自分は男だと見せつけて、家と絶縁したとは聞いたな。しかし、侯爵夫人とは手紙のやり取りはあるらしい」
「そうなんですね」
「侯爵夫人には感謝しているようだし、血縁上は祖母だからな。彼女にとっても、一番初めの孫だし、生まれも生まれだから気にかけてはいるようだ」
実はミシェルの血の繋がった父親と言うのはアンドレット侯爵家の嫡男の方だ。
しかし母親との関係も複雑で、色々とあって女と偽って現侯爵夫妻に引き取られた経緯がある。ミシェルが男であると知っていたのは、現侯爵夫人である血縁上の祖母君だけ。彼女に育てられて、女としても男としてもどちらの教育も施されたんだとか。
つまり、ミシェルにとってみたら頭の上がらない人物らしい。
現侯爵や一応遺伝子上の父親である兄上どのとは没交渉でも、侯爵夫人とはそれなりに繋がっていると聞いてミシェルらしいとも思う。
なんだかんだで、義理堅いのだ。教育を授けてくれて、男として生きる術を与えてくれた侯爵夫人の事は気にかけている。
「参加するかどうかは分からないが、今日も招待されてはいると思う」
それなりの規模らしいですからね。
しかも主催者の方は侯爵夫人と同年代との事だ。
「もし参加していたとして、ミシェル今日は女装してますけど……」
「……変人だという事はきっと分かっているだろう」
その間がなんとも言えませんね、旦那様。女装趣味の孫って彼女的にはどうなんだろう? だって、男なのに女として生きることを強要? されていたのを知っている訳で。傷口に塩塗り込むようなものじゃない?
普段のミシェルならやりかねないけど、さすがに侯爵夫人に対してそんな事をするわけないので、単純に自分が好きだから女装してる。そして似合ってるからこそ何も言えない。人の趣味に口を出すほど野暮でもないし。
「とりあえず行くぞ」
旦那様の声でようやくミシェルとロザリモンド嬢は褒め合うのをやめる。
良くそれだけ誉め言葉が出てくるなと感心した。
お茶会の会場はそれは素晴らしい庭園だった。自慢したくもなるよねって思う。
自由な社交場って感じで各々が知り合いと固まって近況状況なんかを話している。お茶会の雰囲気は悪くない。
なんとなくこの主催者の人柄を思わせる。挨拶したときの印象は、優しそうなお方だなと感じた。
夫婦そろっての出迎えだったけど、旦那様は言葉通りこの家の主である伯爵閣下に話があったようで二人そろって邸宅内に入って行く。
一緒に来ても夫婦別行動は良くあることなので、特別気にもせず旦那様と別れてわたしはミシェル経由で親しくなった令嬢方の下へ向かった。
「お久しぶりですね、リーシャ様」
「本当に。しばらく領地に行っていらしたとか? 公爵領はこの皇都から近いのでうらやましいです」
「お茶会に招待しようと思っていたのに、何かあったんですか?」
上からリース嬢、マチルダ嬢、アマンダ嬢の三人娘。
そこにわたしの他にミシェルとロザリモンド嬢が合流する。三人娘はロザリモンド嬢とは初対面のため、ミシェルが率先して紹介していた。
はじめはお互い探り合っていたものの、どこか変わった仲間たちはどうやらすぐに同類だと分かるらしい。すぐに仲良くなっていた。
「色々とありましたね」
本当に色々とあった。口で説明できない色々がね。
「公爵領ともなるとわたくしたちでは思いもしない事が起こってもおかしくありませんわ」
この中で一番の妹分であるアマンダ嬢がわたしに同情して悲しそうに顔を歪めた。
「気晴らしの話相手にくらいにしかなれないかもしれませんが、何かありましたら是非頼って下さい」
リース嬢の頼もしい言葉は素直にうれしい。なんか、お友達って感じだ。いや、お友達なんだけど、社交界で初めてできた友達。
魑魅魍魎が蔓延り、人の揚げ足取りばかりの人種がそろう社交界において、気の合う友達は貴重な存在だ。
そう思うとはじめにミシェルと仲良くなれたのは良かった。本人ちょっとどころかかなり癖があるけど、人柄的には信用できる人だし。それを考えると、ミシェルと仲良くなるきっかけをくれたエリーゼには感謝したほうがいいのかも。あと、旦那様。
「ところで、実は今日は三人に聞きたいことがあって」
「聞きたい事ですか?」
マチルダ嬢が首をかしげた。
「そうなんです、もしヴァンクーリの毛が安く手に入るのなら、どれくらい安くなれば買いたいと思います?」
「珍しい商品の事をお知りになりたいんですね」
リース嬢が面白そうな目でわたしに返す。
「わたくし、ずっと欲しいとは思っていますけど高くてとても買えないですわ。コートとかは夢のまた夢。でも小物くらいなら値段も抑えられるでしょうし、手ごろな値段なら買いたいと思います」
アマンダ嬢の目がきらきらと輝く。うっとりと頬を染める様子から、彼女はヴァンクーリの毛を商品化したものに触れたことがあるようだった。
「そうですね、たしかに小物くらいなら手が届きそうです。冬用の襟巻や帽子なんかは温かく過ごせそうです」
ヴァンクーリの毛は貴重で、基本的にほとんどのものが服に使われている。小物もなくはないけど、我が国ではほとんど流通していない。
先入観で服にすると考えていたけど、小物なら少ない量でも作れるし値段も抑えられるはず。ミシェルもロザリモンド嬢もなるほどという顔で話を聞いていた。
「女性はあの手触り絶対好きだと思います! リース様とマチルダ様は触ったことあります?」
「わたくしはないわ」
「わたくしもです」
「リース様もマチルダ様も一度は触ってみてほしいと思います。本当に他のものとは全くもって違うんですから!」
力説するアマンダ嬢は、ぐっと両手を握りながら力強く押しまくっていた。
「リーシャ様、わたくし思うんです! ヴァンクーリの毛がどれほど素晴らしいか世の女性に知ってほしいと!」
一歩前のめりになるようにわたしに迫るアマンダ嬢。
う、うん。そうだよね? まずはヴァンクーリという生き物とその毛から生み出された糸や紡がれた布なんかを知ってもらうのが先だよね? 言っている事は尤もだけど、ちょっと近いよアマンダ嬢。
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