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7.気持ちの問題

 これは割と重要案件だ。

 夫婦仲良好です! と見せておかないと面倒なことになるのはわたしだって分かっている。

 だから、寝室一緒でも仕方ないと思う。


 だけどですね!

 どうやって寝るかが問題なわけで……!


「あの……わたしソファの方で寝ましょうか?」


 恐る恐る提案すると、旦那様は君は馬鹿か? という感じの呆れた目でわたしを見た。


「一人しか寝ていなかったら、その時点でバレるだろう。ここはある意味敵地のようなものだぞ?」

「その、喧嘩したとか?」

「着いたそうそう物騒だな」

「枕が変わると寝られない……とか?」

「その言い訳が通用するといいな――いいから、寝るぞ。そこの犬ももうぐっすりだ」


 犬じゃありません!

 でも、そう言われてもおかしくない。

 すでに大分前からベッドの上でお腹を出して寝ているリヒト。

 君、野生の本能忘れてない? って最近よく思う。


 こっちの話し声にさえ反応しないし、ベッドが揺れても気にしない。

 自然界で絶対生き残れないタイプだわ。

 いや、子供だからか……?

 いやいや、子供でもこれはちょっとアレすぎでしょ!


 好意的に見て馴染んでくれていると思えるけど、悪意的に見ればただ堕落を覚えた犬でしかない。

 犬じゃないけど。


 わたしも君のような生活がしたいよ、リヒト君。

 一体誰のためにこんな苦労していると思っているのか分かっているのかな、リヒト君?


「ほら、そっちに行け」

「へ、へんな事はしないでくださいね!」


 グイッと肩を押されベッドに横にさせられそうになり、睨むように言う。

 その瞬間、意地悪な笑みを旦那様が浮かべた。

 しまったと思ってももう遅い。


「へんな事とは?」

「へんな事とは、へんな事です!」


 具体的に言えるか!


「抽象的過ぎる。私にとってへんな事ではなければへんな事ではないという判断でいいか?」

「良くないです!」


 全くもって良くありません! 都合よく解釈しないでください!

 世間一般的問題ですよ! たぶんですが。


「夫婦にとってへんな事ではないのなら問題ない、いいのではないか?」

「どうしてそういう――!」


 すっと、旦那様の指がわたしの口元に当てられて、一瞬言葉を封じられた。


「きゃんきゃん吠えている姿もいいが、リヒトが起きるぞ」

「これぐらいで起きるなら、とっくに起きてますよ!」

「そうか、それなら安心だな?」


 ニヤリと笑い旦那様が意図をもって肩を押し、ベッドに倒してくる。

 二人分の体重さえも、柔らかく受け止める最高級のベッドが今はなぜか忌々しい。


 上から覗きこまれるような体勢になり、さすがにまずいと思いながら、影になる旦那様に言った。


「信用構築問題は、どこ行ったんですか!?」

「……それを言われると反論しにくいところだが……、領地に飼い犬の遊び場を作ってやるんだからお礼くらいはしてくれてもいいのではないか?」


 確かに? この領地は旦那様の物ですよ?

 そこに遊び場作ってくれってお願いしている立場ですけど?

 でもですよ! そのかわりに面倒なご対面だってやっていますし、公爵夫人としての役割も十分――とは言いづらいですけど、そこそこがんばっていますし!


 色々言いたいことがあっても、うまく言葉が出てこないのは、わたしを見る旦那様の目が思いの他真剣だったせいかもしれない。


「最低な言い方をすれば、無理矢理やることも出来る。男なんてそんなものだ。心が伴わなくても、女を抱ける」


 本当に、最低な事言ってますね!


「だが、心があった方がいいのは当然だ。女は男なんて身体が目当ての最低な人種と思うかもしれないが、意外と繊細だったりもするんだぞ」


 人それぞれだって事は分かっている。

 女性にだって、最低な人はいるし、男性にだってロマンチストがいるはずだ。


「私は以前、君を好きだと言った。色々とあって私の評価が君の中で地に落ちていることも理解はしている。でも、多少は考えてくれたことはあるか?」


 確かに、言われた。そして、旦那様がリンドベルド公爵家を背負って頑張っていることは同じ領主の仕事をしていたわたしだって、素直に認められた。

 旦那様にも色々あったことは理解した。

 一人で背負うには大変なこのリンドベルド公爵家の過去の出来事を旦那様が代償としていま払っているのだと。

 好きだと言われて、旦那様に保留されたのでそのまま考えない様にしていたのはわたしだ。

 全く考えなかったわけではないけど、頭の片隅に追いやっていたのも事実だった。


「君が楽しそうにしているとうれしいが、そこに自分がいないと思うと少し思うところもある」

「その……」


 何か言いたくても、言い訳にしかならない。

 旦那様は相変わらず結構な無茶ぶりだし、確信犯的なひどさもある。

 そのせいで、わたしは完全に信用できていない。ただ、仕事仲間の同志としてはそれなりに信頼できてもいると思う。

 旦那様と仕事の話をしているときは楽しいし、すぐに理解してくれる聡明さは好ましい。

 仕事の時は、旦那様は至極真面目で真っ当な提案もしてくれる上、わたしが考えも及ばないようなことだって指摘してくれる。


「君が、お子様なのは今に始まった事じゃないが、そろそろ少しくらいはと思ってもいけないか?」

「そ、れは――……」


 口ごもり、言葉を返すことが出来なかった。

 旦那様が何を望んでいるのか、分からないわけではない。


「とりあえずは君のペースに任せようとも思ったが、いつまでたっても変わらないのなら、強引にでも私に意識を向けるしかない。はっきり言うが、色々と撤回したい。今さらだが、夫婦らしくありたいと思う。子供云々はともかく、もう少し近づきたい、君に」


 実物的な距離ではなく、心の問題。

 意思表示をしてきた旦那様に、わたしはなんと答えていいのか分からない。

 嫌だというのは簡単だ。はじめの口約束だけど、その約束のままがいいと。

 しかし、それでいいのかとも疑問に思うようになっていた。


 そっと頬を撫でられて、困惑するわたしに旦那様が苦笑した。


「悪かった。いきなりこんな事を言うつもりはなかったが……、ついな」

「い、いえ……その、すみません」


 何に対して謝っているのかさっぱり分からないけど、思わずこぼれたのはその言葉。


「明日も色々忙しいだろう? もう休もう」


 距離感がつかめない。

 でも、旦那様は平然としていて、それがなんだか悔しかった。

 わたしの上からどいて、隣に横になる旦那様が、掛布をかけてくれた。

 横を向けば、旦那様の顔が間近にあって、逆方向へ身体を向ける。


「お休み、リーシャ」

「……お休みなさい」


 静かな寝息がすぐに聞こえてきて、わたしは再び旦那様の方を向く。

 寝ている姿も綺麗な人だ。


 きっと世の女性は迫られれば、簡単に頷くのだろうけど、わたしは素直になり切れなかった。

 たぶん、怯えているのだと思う。

 好きになってしまって、それでもし相手に裏切られたら?


 両親は愛のない政略結婚だった。

 愛のない結婚だったから耐えられたことも、好きになってしまったら、きっと耐えられないかもしれない。


 だったら――……。


 わたしは、ぎゅっと身体を丸めて考えないようにした。



 

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