4.マウント合戦はどこにでもある
アインホルンは、荘厳とは言えないけど、質実剛健というような歴史を感じる都市だ。
中に入って窓の外を眺めていると、賑やかな明るい人々が、この一団を喜んで迎え入れてくれた。
本拠地というだけあって、慕われている。
はっきりとそう感じた。
そのまま馬車が進み領主館に入る。
皇都邸でさえも城のようだと感じたけど、こっちはまさに城だった。
領主館ではない、領城と言っていい。
なんでも、非常事態の際にはここが領民を守って逃がす砦となる。そのため、砦としての機能もあるのだとか。
ぽかんと口を開けて眺めないようにしなければ。
旦那様のエスコートで馬車を降りると、既視感バリバリの光景が広がった。
これは……前よりもさらに凄い。
いや、うん、知っていましたよ? 知っていたけどさぁ……。
ずらりと並ぶ使用人の面々。
そりゃあ、領主夫妻のご帰還ですからね、やりますよね!
当然最前列には領地執事がいる。
今まで実質トップだったのに、全く家門とは関係のないわたし側の人間が総括執事に就任したことで上手くやれるか心配だったけど、そもそも領地執事がラグナートに頭が上がらないのなら、序列争いはないかと思う事にした。
「お待ちしておりました、旦那様、奥様」
どこか緊張している様子の白髪交じりのこげ茶色の髪の男性。
ラグナートより、若い。
しかし、その姿はやはり歴史あるリンドベルド公爵家の領地を守るべき立場の人間なのだと感じた。
ロックデルはどこか粘着質的な厳しさのようなものを感じたけど、目の前の人物は温和にも思える柔和な顔立ちだった。
まあ、柔和なのは顔だちだけだろうけど。
先々代に選ばれた人間が優しいだけである筈がない。
「リーシャ、紹介しよう。彼はアロイス、私の代わりに領地執事として長年勤めてくれている。私以上に領地に関しては詳しい」
「初めまして、奥様。アロイスと申します。こちらは妻のヘルミーナです。この城の家政を担当しておりますので、何か分からないことがありましたら是非頼っていただけたらと思います」
ヘルミーナはまるで厳しい家庭教師の様な雰囲気がある。
白髪交じりの緑の髪をきっちり結い上げて、乱れ一つない。
なんというか、ちょっと緊張する。わたしが彼女から信頼を得ないといけないのだと思うと、できるのかぁって気持ちにさせられる。
敵意はないけど、こちらを窺っている。
本当にこの人を信頼していいのか、任せていいのかと。
とりあえず、気合を込めて挨拶を返す。
「よろしくお願いします、アロイス、ヘルミーナ」
一瞬、ヘルミーナの厳しい視線が飛んできたが、それを内心冷や汗だらだらになりながら微笑みを崩さずにかわす。
口元が引きつっていないか心配だ。
しばらく、お互いを探る攻防が続き、ヘルミーナがかすかに頷いて、微笑む。
とりあえずは、合格点は貰えたらしい。よかったよかった。
というか、怖いよ。本当に。
「旦那様より、奥様の事は伺っております。どうぞ、お困りの際には気軽にお申し付けください」
ぜひ、お願いします。
わたしの方も色々聞きたいことがありますので。
なにせ、家政についてはまだまだですからね。
「ところで、あの方はどちらに?」
「皇都邸だ。もう高齢だからな、あまり連れまわすのは身体に負担がかかる」
そんな風に領主執事夫妻と会話を交わしていると、突然奥から華やかな声が響いた。
誰だと思って顔を上げると、その先には華やかな一団。
「まさか帰って来ているとは」
「どちら様ですか?」
面倒な騒動ならば先に言っておいていただかないと。
その集団は、まるでこの城の女主人だとでもいうような登場の仕方だ。
後ろに取り巻きを連れていると、余計にそう思う。
旦那様が説明するより先に、到着した集団は、旦那様をキラキラした目で見つめつつ、わたしを品定めするようにじろじろ見まわす。
普通に考えても失礼な事なのに、彼女はそうすることが当然かのようだった。
そして――
あ、鼻で笑われましたね。
「クロード様、ご帰還長らくお待ち申しておりました。この度はご結婚したとの事。ぜひ奥様にご挨拶させてください」
そう言ったのは、この一団をまとめていると思われる、女性。
存在感が半端ない。
明るいピンクの髪を華やかに結い上げて、今まさに社交会場にでも向かうような出で立ち。
受ける印象は、イジメっ子。
うん、ここでイジメられる対象はわたしって事ですね!
いやー、どこにでもいますね。こういう人。
というか、旦那様……。
どこに行っても信奉者というか、信者? がいますよね。
イケメンってだけで、女性から好かれてる特技はそろそろなんとかしてほしいですけど? わたしが疲れます。
本性見せれば、きっと裸足で逃げ出してくれますよ!
そもそも、この場に合っていない装いなんですけど。
なんで、夜会に行くような姿で現れているんでしょうか?
ちらりと旦那様を見ると、ちょっと不機嫌ですねぇ。会いたくない人物だって事なのは分かりました。
「失礼ですよ、ロザリモンド様」
ヘルミーナが、わたしを庇うかのような立ち位置でロザリモンドと呼んだ女性に言葉を返す。
「あら? 挨拶に出向いたことが失礼? むしろ公爵夫人に挨拶に出向かない方がおかしいと思わないかしら? それに、ヘルミーナ、わたくしが誰かお忘れなの? この一族の人間でしてよ? 使用人がわたくしに意見するなど、クロード様の品格を貶めるような事をしないでほしいわ。そう思いません事、クロード様?」
「全く思わない。確かに血の繋がりもあるが、妻に対する非礼はリンドベルド公爵家を貶める者として容認できない」
珍しく、旦那様が庇うように言ってくれた。
むしろ、率先して嫌ってます! って態度なんだけど。
「リーシャ、彼女は又従妹のロザリモンドだ。ロザリモンド、彼女は妻のリーシャだ」
あっさりですね、旦那様。
それ以上の説明はいらないという事でしょうか。
でも、ですね。すっごい目で睨まれたけど。
わたしじゃなくて、旦那様がですが。
ちなみに、皇女殿下は先々代の正妻側の血筋の又従妹関係だ。
なのに、向こうの方がリンドベルド公爵家に近い色というのは、なかなか面白いなぁと思う。
確か、以前貰った親族リストにいた。
先々代の妹君の息子の子供。
妹君は南の国境沿い領地にお嫁に行っている。爵位は辺境伯。
伯爵だけど、侯爵並の影響力があって、序列でいえば、ただの伯爵家よりは上だ。
つまり、結婚前の序列でいえばわたしより上なんですよねぇ。
又従妹様は御年二十五歳。
自信に満ち溢れた力を感じる女性だ。
確かに、留学して優秀な成績を収めてもいますよ。
このリンドベルド公爵家の女主人としては立派な身分と権利をわたし以上に持っていると思う。
きっと、リンドベルド公爵家の次期女主人は自分だと思っていたのかも知れない。
皇女殿下もいましたけど、年的には自分の方が有利だと。そのための努力も報告書の中からは伺えましたよ。
それを見た時、どうしてわたしなのか分からなくなった。
けど……なんか分かった気がしたわ。
「ロザリモンドですわ。こちらはわたくしのお友達ですの。よろしければ、わたくしの派閥にお入りなりますか? ぜひ仲良くなりたいと思います」
歓迎すると言いながら、雰囲気が全然そうじゃないんですよ。
弱いものイジメ……大好きそうですね、あなた。
皇女殿下と会ったら、同族嫌悪か逆に類は友を呼ぶ的な感じで仲良くなるのか、とっても気になった。
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