2.変装しましょう、そうしましょう
ガタガタと馬車がゆるやかに揺れる。
舗装されているからこそこの程度だけど、田舎ではこんなものでは済まない。
本気でお尻が痛くなる。
ちなみに、実証済み。
「ところで、その恰好はなに?」
「え? 似合っていませんか?」
似合っていますとも。
びっくりするくらいの美女ですよ。男だって知っていなかったら、騙される人多発するでしょうね。
「だって、女性のお出かけですよ? 一緒にわいわいするにはこの方がいいじゃないですか。それに、可愛いお店に男の僕が男の騎士姿で堂々と乗り込んで、あれこれ女性の装身具について語っても引かれませんか?」
ほどほどなら微笑ましいけど、ガチで語られるとちょっと……さすがにやめてほしいわ。
女として何も知らなすぎると批判されている様だし。
「でも、その恰好大丈夫? 一応アンドレット侯爵家とは絶縁したって言っていたのに。その恰好見たらすぐばれるんじゃ……」
「その為のかつらです! 僕リーシャ様の髪の色あこがれてたんですよ! ほら、こうすれば姉妹に見えません?」
なんて言っているけど、たぶん見つかっても問題ない自信があるからこんな事してるんだろうなぁと思っておく。それに、女性姿の方が一緒にいても不自然じゃないくらい側にいられるし。
絶対、楽しいから! とか考えていないと信じてる。
男なのに、女としてわたし以上に完璧に見えるとちょっと思うところがあるけどね!
ここで少しミシェルの事情を話しておく。
わたしがミシェルから聞いた話によると、彼はもともとアンドレット侯爵の弟の娘――ということになっている。
実際は、早世した年の離れた弟の寡婦の生活を助ける代わりに、長男の閨指導をアンドレット侯爵が提案して、そこで生まれたのがミシェルらしい。
ずいぶんと複雑な家庭環境だった。
つまり血縁上は、ミシェルはアンドレット侯爵の跡取り息子の子供であり、現アンドレット侯爵の孫。
実は、こういうことはままあるらしい。閨教育のための女性が妊娠することが。
あまり推奨されないけど、子供を産まないことも出来るけど、そこでアンドレット侯爵は一つの野心が出た。
アンドレット侯爵家には政略結婚に利用できる娘がいなかった。
そのため娘が産まれれば利用できるのではないかと考えて、結局産むことを強要した。その後の生活を生涯保障するとして。
まあ、産まれた子供は男だったわけだけど。
ただ、ミシェルの母親も必死だった。
実は、彼女には亡くなった夫との間に三人の子供がいたのだ。その子たちを育てないといけない。
親族だからと言って、アンドレット侯爵は簡単に手を差し伸べるような人物ではないし、自分の実家はもう次代に移っていて頼るのも難しかった。
そこで、ミシェルを女児と偽ったらしい。
そんな簡単に上手くいくものか、と思っていたら、なんとアンドレット侯爵夫人が手を貸してくれたんだとか。
同じ女として、多少は思うところもあったのか、それとも一応孫だからなのか良く分からないけど、戸籍を偽りながらも、男児としての教育も授けてくれたと。
ミシェルははっきりと言わなかったけど、アンドレット侯爵夫人にはすごく感謝している事は分かった。
アンドレット侯爵とそのご子息に関しては「似なくて良かったって思ってるよ」とか言っていたので、あまりいい感情はなさそう。
それは、まあ……そうだよね。
「ところで、本日の目的は?」
「外に出る事提案してきたのはミシェルでしょ? わたしはあまり詳しくないんだけど……むしろオススメある?」
「えー、皇都に詳しくないの? ベルディゴ伯爵家だって一家そろってこっちにいたのに?」
「あまり外に出ることは無かったから」
自由にできるお金は無かったし。
勝手に使えば、すぐに文句言われたからね。
稼いでいたのは誰だと思っていたのか。
「個人的オススメは、やっぱり中央市場だけど……いきなりそんなところ行ったら、クロード様には殺されそうだなぁ」
ぶつぶつ呟くミシェルに、中央市場について思い出す。
この皇都に住む人々の中心的市場で、ここで揃わないものはないと言われる巨大市場だ。
しかし、その分多国籍でごった返しており、比較的治安がいい皇都の中では治安は悪い方だ。
でも、刺激的で新しいものはここから広まる。
時には皇室や貴族にだって影響が出るのだから、その存在感はもはや誰の目にも明らかだ。
「そこに行きましょう、ミシェル。そこに行きたいってわがまま言ったのはわたしの方だと言っていいから」
「あからさまな貴族服ではちょっと……」
さすがにミシェルも危険を感じているようだ。
「じゃあ、その辺で服を着替えましょう」
指さすのは道すがら通り抜けていく洋服店の数々。
まあ、表通りに位置しているだけあって、貴族御用達のところもたくさんあるけど、中には中級家庭くらいの女性が愛用している服屋だってある。
「それに、旦那様はミシェル以外にも護衛を付けてるでしょう?」
「それはそうですけど」
わたしの一番側で守るのはミシェルだけど、さすがに公爵夫人として外出は一人ではない。
幾人かの騎士が守っているし、侍女も付き添う。ちなみに、本日の付き添いはやはり年長のリルだ。
うらやましそうにリーナが見ていたので、何かお土産を買っていこうと心に決めている。もちろんライラにも。わたしが下女としていそいそ働いていた時に、色々貰っていたのでそのお返しを。
義務感でわたしに色々してくれていただけではないと、分かっているし、まあ迷惑かけてますしね。
「というわけで、あそこに寄りましょう」
結局、リルは難色を示し、ミシェルはにこりと微笑んで了承した。
もちろん、色々条件は出されたけど。
騎士たちにも申し訳ない。特別手当出してもらえるように、旦那様に掛け合います。
「もしかして行ってみたかった?」
「興味はあったの。でも、ラグナートも許可してくれなかったし」
文化発展、流行の中心とまで言われているのだ。
経営の観点で興味がないというのはうそになる。
だって、これは! というものに先に目を付けることができたら、一気に資産増えるかもしれないし。
「そういうところ、クロード様に似てるよね。普通は楽しむだけなんだけど」
仕事人間ってことですか?
まあ、今回は視察に近いと思う。お忍びの視察。
ちょっとうきうきする。
なんだか、変装していけない事をするドキドキ感。
「ま、リーシャ様が楽しそうだからいいか」
ミシェルはそう言うと御者に指示を出して、進路を変更した。
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