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13.誰にとっての最善か

「旦那様はわたしに友達を作ってほしかったんですか?」


 わたしはどこか確信をもって言った。

 旦那様は、ふいに書類から顔を上げる。


「そうだと言ったら信じるのか?」

「社交界での影響力を持ってほしいから?」

「泣いたんだろう?」

「えっ?」


 突然の言葉にわたしは戸惑いながら旦那様の言葉を待った。

 旦那様はペンを片付け、わたしの座っているソファーに来るとその対面に座る。


「いちいち突っかかるような事をしていたのは、そうじゃないとやらないからだ。怠惰な生活をご希望の奥様? それもまたいいかとは思ったけど、それは健全じゃない。人は人と繋がって、仕事して食べて寝て、それが一番普通で健全だ」

「はぁ……」


 まあ、それは普通ですよね?

 うん、分かりますよ?


「多少は気づいたかと思ったが……どうやらまだ理解できていないようだな」

「いえ、少しは分かっているつもりです。少なくとも、結婚当初のあれ、手っ取り早く栄養を補うためですよね?」


 食べさせられていた家畜飯。

 まあ、まずくて食べられないけど、栄養だけは高いアレ。

 実は、穀物の中では一番安いと言うわけではない。むしろちょい高めだったりする。

 嫌がらせにしてはお金かけてるなとは思っていた。


「分かっているじゃないか。まあ、その後の事情はこっちの事情でもある。本当に君に公爵夫人としての仕事を任せていいのかどうなのか、試してはいた」

「ちょっと待ってください! 今仕事って言いました!? やっぱり仕事だと思っていたんじゃないですか! 義務って言葉はどこいったんですか!?」

「反応すべきところはそこじゃないんだが――つまり、君を公爵夫人として紹介してくれた人物の言っていたことは正しいのかどうなのか、少し確認したかった」


 うん?

 なんだか、少しおかしくないですか?

 だって今の言い方、誰かが公爵夫人として紹介したって事だよね?

 でも、当時のわたしは好き勝手お金使って財政を圧迫している頭のおかしい娘と思われていた。一体誰が――……


「君は本当に予想外にたくましくて、少し困りもしたが……最終的に能力に問題ない事は分かった」

「たくましくて悪かったですね。ところで、もったいぶっていないで、全部話して下さい。もちろん、今までの事も含めてどういうつもりなのか話してくれるんですよね?」


 わたしがそう迫ると、旦那様が口を開いた。


「全部、というわけではないが……、まあ君の事を紹介してくれた人物の後悔くらいは聞いてやろうかとも思った。実際、私も少し思うところがあったしな――……リーシャ、君は子供の頃からずっと勉強し、領地など伯爵家を守ってきたな? 仕方がなかったとはいえ、その話を聞いたときは同情した。まあ、それが一番だな」


 ソファの背もたれに背を預け、ゆっくりと足を組む旦那様。

 じっとこちらを見てくる深紅の瞳は、まっすぐにわたしを見ていた。


「同情ですか?」

「私が十の子供の頃何をしていたのか、思い出して、哀れに思ったとも言う。なんだかんだ無能な父親だったが、当時は祖父がいた。厳しくしつけられて義務の勉強も大量だったが、そこには将来への義務しかなかった。何かあって意見を聞かれても、参考程度で決定権は祖父が握っていたので、端的に言えば責任がなかった」


 守られている子供だったと旦那様が続けた。


「一応領地に行けば子供時代を共に過ごした友人もいるし、ここにも学友という存在がいる。結構自由な子供時代だったと、今は思う」


 まあ、昔を懐かしむくらいには旦那様は今大変だろうしねぇ。


「では君は? 私は子供らしい子供時代を送った……とは言い難いかもしれないが、それでも君よりはましだと感じた」

「それで同情して結婚を申し込んだのですか?」

「正確には違う。でも、今は結婚してよかったと心から思う」

「つまり、旦那様はわたしに、子供の頃できなかった事をさせたいと――そういう事ですか?」


 確かに幸せな子供時代というわけではないけど、今さらそう言われても困るところがある。


「お節介かもしれないが、そういう事だ。子供じゃないから好き勝手遊べとは言えないが、多少は許容しよう。まあ、ミリアム夫人とエリーゼの事は悪かったとは思うが、こちらも慈善事業じゃないんだ。公爵家の当主不在の時に適切に公爵家を守れる者でないと意味がない」


 それは分かる。

 当主夫人は当主不在の際には第一の権限がある。

 力不足な人間がその地位に就けばどうなるかは、我がベルディゴ伯爵家をみれば一目瞭然。


「で、一体誰なんですか? わたしを旦那様に紹介した人って」

「もう分かってるんじゃないのか?」


 うん、分かってる。

 というか、一人しかいない。


「「ラグナート」」


 旦那様と声がかぶる。


「年を取ると、後悔してもやり直す時間が少ない。実際彼はもう大分高齢だ。そうは見えなくても……、自分がいなくなった時に君を託せる人を探しておきたいのは当然だろう? 大事な主人なんだから」


 そう言われると、何も言えなくなる。

 ラグナートはわたしにとってかけがえない人だ。わたしにとっては今では唯一の家族と言っても過言ではない。


「言っただろう? 愛されているって」

「知ってます……」


 なんだか泣きそうだ。

 俯いていると、旦那様がいつの間に横にきてわたしの頭をそっと自分の方に抱き寄せた。


「あんな厳格そうな人間でも、後悔するのだなと少し場違いな事を思ったよ」


 旦那様の苦笑が頭の上から聞こえてきた。


「子供時代にさせてやりたかった事を少しでも取り戻させたいんだ、ラグナートは。それに、お前の母親も望んでいたんじゃないのか? 幸せになってほしいと。果たして私と結婚して幸せになれるのかは分からないが、少なくともラグナートにとってはリーシャを預けるに値する男だった。まあ、ひどい事を色々したのは悪かったと思っている」

「やり方が――……」

「言っただろう、ラグナートは高齢なんだ。ゆっくりやっていたら、望みをかなえてやれない。開き直ってる人間にやれと言ったって、開き直られて終わりだ。いやいやでもやらせないと。まあ、ミシェルが私に近づいてきた時、だったら代わりに君を派閥に入れてもらおうとは思った。見ての通り変わり者だから、派閥の人間も総じて変わり者が多い。気が合うと思ったんだ」


 それはすみませんでした……。

 結婚して開き直りましたよ。

 キレて開き直って何がいけませんか?

 だって、何も背負うものがないやっとゆっくりできる、楽できる、たくさん寝れると思っていたところにあれだったんですから。

 まあ、たくさん寝てはいましたけど。


 それと、ミシェル嬢――いや令息が旦那様が過保護と言った意味がやっと分かった。

 友達作りに口出す夫がどこにいる。

 母親か。

 うちの娘をよろしく、仲良くしてあげてね――ならぬ嫁をよろしく、ですね。

 で、皇族がわたしに突っかかってきたら周りがみんな皇族の怒りを一緒に買いたくなくて離れていってしまう。

 だからこそ、旦那様が先に釘をさしたわけか。

 ミシェル嬢の派閥はそれ関係ないけどね。



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