11.もやもやする気持ちと恥ずかしい気持ち
最悪! 伯爵夫人が招いてるみたいな事言ってたけど、まさか帰り際に会うなんてどれだけ運がないのよ!
自分の運の無さを嘆きながら、旦那様がかばってくれている事をうれしく思った。
先に気づいた旦那様が姉に会わない様にわたしを隠してくれたのだ。
こういう時、体格の良い旦那様はとっても頼りになる盾役だね。
「クロード様、本当にこのようなところでお会いできるなんて。きっと神様がわたくしを導いてくれたんですわ」
馴れ馴れしくも旦那様の事を名前で呼び、縋りつくような声音。
きっと潤んだ目で旦那様を見上げているに違いない。姉のやり口は良く分かっているけど、言っておく。
それ、旦那様には効かないって知ってるよね? わたしに求婚に来た旦那様に散々無視されたのに、凝りてないって逆にすごくない? しかも、旦那様は聞いてるわたしがゾッとするくらい冷たい返しだったのに、それでもまだ縋りついて来るって鋼の心臓だわ。感心するよ。
ここにミシェルもいたらきっと同じ事思っていそうだ。
「ベルディゴ伯爵令嬢、それ以上近づかないでくれないか?」
「なぜそのように他人行儀なんですか? わたくしたちは親族になったのですからもっとお互いを思いやって――」
「クロード様、こちらはどなたでしょうか?」
姉の言葉をぶった切るようにロザリモンド嬢がにこやかに聞く。姉の顔は見えないのに、どうしてだか想像できるのが嫌だ。そしてその想像はきっと間違っていない。
ああ、これが長年共に暮らした家族というものかと嘆きたくなった。
「あら、クロード様そちらはどなたでしょうか?」
とげとげしい声だ。
男に縋りつくような声音はどこいった?
「又従妹だ。南の領地の領主一族だが、それが何か?」
「あら? ご親族様でいらっしゃったの? ぜひ紹介していただきたいわ。なにせ妹が急に結婚するなどと言うから、お互いの親族同士で交流を深めることもできずじまいだったんですもの。本当に、どうしようもない妹で恥ずかしいですわ。突然の結婚が家族にとってどれほど負担だったか少しは配慮してほしいものですわ。きっとクロード様もお困りでしょう?」
いやいやいや、あなたは知らないかもしれませんけどね、突然の結婚を言い出したのは旦那様の方で、わたしはそれに従っただけ。一応結婚の日取りに関しては了承しましたけど。
それに配慮したって意味ないでしょうに。
そもそも家族を呼ばなかった旦那様はわたし以上に家族に配慮していないってことだけど、旦那様を非難してるって分かってます?
なんか色々突っ込みたいけど、わたしはひたすら沈黙する。
その間、ロザリモンド嬢が応酬していた。
「あら、わたくしは別に紹介していただかなくてもよろしくてよ。親族とはいっても、赤の他人。わたくし、付き合う方は自分で決めたいので」
暗にどころか直球であなたとは親しくなりたくないって言ってるロザリモンド嬢。
さて、姉はどんな反応を返すのか……。
はっきり拒絶されたけど、ロザリモンド嬢は旦那様の血の繋がった親戚で又従妹。さすがに、口汚く罵るようなことはしないだろう。
うん、しないといいな。だって、旦那様もいるし。
それに、いつもの姉ならきっと男に救いを求めそうだ。自分は悪くないとウソ泣きをしながら、媚びる。ここに居るのは旦那様だけで、このお方に散々すげなくされているのだから諦めるかなとちょっとだけ思った。
でも、ちょっとだけってところがポイント。
やはり、姉は姉だった。
「な、なぜそのような事をおっしゃるのですか? わたくしとて公爵家の一員。ご自身が血族だからと言って、新しい公爵家の一員を排除するようなことは公爵家にとってとても良くない事だと思いますのに、ねえクロード様もそうお思いになられるでしょう?」
あ、公爵家の一員って言いきった。
基本的に、貴族家の一員と言うのは血の繋がった家族を言う。つまり、わたしが旦那様の子供を産んで、その子がリンドベルド公爵家を継げばベルディゴ伯爵家もリンドベルド公爵家の一員というか一族と言えるけど、現段階でははっきりと言える事ではない。
普通は、結婚したらいつかは子供が産まれて血の繋がりで一員になるので、大々的に言っても問題ないけど、旦那様にとってみればわたしの家族がそうやって言いふらしているのは迷惑でしかないと思う。
あまりいい家族とは言えないからね。それは求婚の打診に来たときに分かっていたことだと思うけど、おそらく家族だと認めたくないんだと思う。
むしろ親族だとすり寄ってこられても、わたしが関与しない限りベルディゴ伯爵家の事は切り捨てる対象だと思う。もうすでに領地の悪評が広まってるし、リンドベルド公爵家もそれに巻き込まれたくないはず。
わたしだって、もうベルディゴ伯爵家に関わりたくない。
「まあ、わたくし驚きましたわ。いつからこのような非常識な女性がリンドベルド公爵家の一員となったのでしょうか? まさか、リーシャ様との間にお子がおできになられていたんですか?」
「それこそ、ありえん」
閨を共にしたことないのに、できるか! ロザリモンド嬢も知ってるでしょう!?
でも、旦那様の子供ができるなんてありえないの言葉に、姉が反応した。
「まあ! リーシャとは夜をともにされていないんですね? でも分かりますわ。あのような身なりではクロード様だって……ねぇ?」
含みを持たせて姉が言う。
うん、なんか外野から言われると若干思うところが生まれるのはなんでだろうね。姉から容姿に関して言われても気にしたことなかったのに、今はもやもやする。
「わたくし、あなたなんかよりもリーシャ様の方がよっぽど美人だと思いましてよ?」
お褒めいただきありがとうございます、ロザリモンド嬢。
だけど収拾がつかなくなりそうだから、そろそろ姉に言い返すのやめてほしいなぁ。
「クロード様はどう思います?」
そして、どうしてそこで旦那様に振るんですか、ロザリモンド嬢。やめて、どう答えるのか気になるけど、どう言われても気まずそうなんだけど!
今のわたしはこの危険な会話を止める手立てもなく、ただ聞くことしかできない。
ロザリモンド嬢の質問に対し、旦那様の口もとが意地悪そうに上向いたのなら冗談にとれるのに、旦那様はなぜかいたって真面目にロザリモンド嬢に答えた。
「美人だな。私の好み通りの姿だ。だが、姿だけでなく性格も好きだ。言葉の応酬も好きだし、好きな事をしている姿は微笑ましいとも思う。怒っているときの顔も好ましいし、笑っている姿は抱きしめたいほど愛おしい」
「あら、リーシャ様は愛されていますのね」
いや、うん! 赤くなんてなってないし!? きっといつもの意地悪でしょう? 知ってるし!
内心あわあわしながら、旦那様の言葉を否定する。だけど完全に否定もできずに旦那様の言葉が脳裏をめぐった。
なんか、冗談でもすごく恥ずかしい! いつもの旦那様の調子なら、こんな気持ちにならないのに!!
これ、わたしは後でどんな顔して旦那様と向き合えばいいんだろう。
頭を抱えたい気持ちになって、ただ俯くしかできなかった。
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