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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第四章  決闘 百人クイズ編
67/82

67 + コラムその7





太陽は中天を過ぎ、時刻は午後となる。

このあたりになって、ハイアードキールの街は奇妙な統一感を持って動き始める。

それまで夜も昼も飲み明かしていた男たちが酔いざましの氷水を口に含み、踊り明かしていた男女はソファに寝そべってゆったりと弛緩する。仮眠をとるものもいる。


商店は一様に店じまいを始める。店先の商品を片付け、看板を店内にしまい、窓の鎧戸を降ろす。閉店中の張り紙など出すまでもない。

街にあるすべてのラジオが稼働を始める。ラジオ局からのそれは電波なのか思念の波か、ともかく何らかの波動を受け取っている蝋読精パラフィニアたちが声を揃えて歌いだす。


クイズ大会の開催まで5時間ほど、ラジオで行われているのはどの国が勝つかの予想、昨年までの名場面の振り返り、出場が予想されている王族らの紹介など。

街の片隅では興行師らが賭けを呼びかけている。優勝者を含めた順位は勿論、どんなクイズが行われるか、何時まで大会が行われるか、など賭けの対象は多岐にわたる。

特に注目されているのは、ほんの1時間ほど前に発表された「塔の百人」メンバーの公表と、その逮捕劇である。問題の提供はクイズ会社に一任されると見られており、それが勝敗にどのような影響を与えるか、番狂わせの原因となりうるかどうかで子供から老人までが議論している。

司会は前年までは大物の俳優や歌手などが務めていたが、では司会もクイズ会社の人間が務めることになるのか、との話が飛び出し、司会を誰が務めるかが急遽として賭けの対象となっている。


街のある一角では、広場に長テーブルが設置され、そこに紫晶精アメンジアのボタンと、多種多様な人々がずらりと並んでいる。彼らは市井のクイズ戦士たちであり、ラジオの音を頼りに自分たちも大会に参加したつもりになりたいようだ。王たちよりも早く押して答えること、それが彼らにとっては何よりの喜びである。


またある一角では、揃いの民族衣装を着た人々が集まっている。ラウ=カンふう、シュネスふう、ヤオガミふうの衣服を着た人々、遠く国元からハイアードにかけつけた人々もいれば、ハイアードに在住している外国人も居る。彼らは同郷のものばかりで集まり、早くも自分たちの王に声援を送っている。


いよいよ妖精王祭儀ディノ・グラムニアは最高潮を迎えようとしている。これで大会が始まったなら、彼らの熱気と興奮はどれほど高まってしまうのか予想もつかぬほどであった。それは沸き立つ鍋か、あるいは火のついた爆弾か。







「ラウ=カンは数年前に鏡を奪われてから、ずっとジウ王子について分析を進めていたネ」


大使館のメインロビー。王族とその副官たちを前にして、睡蝶(スイジエ)が語りだす。


大使館入り口の大扉の向こうからは、賑やかな笑い声が聞こえてくる。パーティーが始まっているのだ。

別段、奇妙な眺めというわけではない。この時期、本来ならセレノウ大使館は一般客を大勢迎えて前庭でパーティを開くのが通例である。軽食や飲み物が無料で振る舞われ、セレノウ出身の一般市民などが大勢押し寄せる。今までの数日は色々と理由をつけて催しを控えていたが、大会の数時間前となってはもはや抑えているほうが不自然だと判断された。またメイドや使用人たちのテンションも限界であった。祭りに関わりたくて仕方ない。働きたくてどうしようもないという衝動が、プロ意識の高い上級メイドたちの理性すら越えつつあったのだ。


そのようなわけで、現在は少数のメイドだけを残して、他の使用人は前庭で来客たちの接待に当てている。パーティーの会場は前庭から大使館周辺の道路にまで拡大し、歩行者天国か、何かの縁日のような眺めになっている。侍従長のカルデトロムがソーセージドッグを焼き、儀礼鎧を着込んだ衛兵が風船で人形を作り、子供たちに手渡しているらしい。


睡蝶の言葉は続いている。


「ジウ王子は一般のクイズイベントにも来賓としてよく出席しているネ。参加することも多かった。その他に過去のクイズ大会での映像などを手に入るだけ入手して、ジウ王子の解答した400問あまりを分析したネ、そしてたどり着いた結論があるネ」

「……それは?」


誰もが息を飲む。睡蝶は指をぴっと立てて言う。


「ジウ王子、何かインチキしてるネ」


がらがらがら、と王族たちがずっこける。


「あれ? どうしたネ?」

「そ、それは……」


コゥナが腰砕けになりつつ言う。


「それはもうユーヤも気づいている! 我々にも教えられていることだ、ジウ王子が超難問を得意としていること、それは何らかの不正があるからだと!」

「いや、ちょっと待ってくれ」


だが、ユーヤは冷静だった。弛緩しかける場の空気をつなぎとめるように言う。


「興味深い、僕はジウ王子の解答時の態度から、彼が思考せずに答えていると考えたが、ラウ=カンは問題からアプローチして同じ結論に至ったわけだな」

「そうネ」

「聞かせてくれ、そのアプローチが何かのヒントになるかもしれない」


睡蝶はうなずき、お付きの人間に持ってこさせた紙をテーブルに広げる。睡蝶はラウ=カン王室の馬車でここまで来ており、お伴の者も数人引き連れていた。


「これがジウ王子の答えた問題のすべて。三択、一問一答その他を合わせて407問中、398問の正解。ラウ=カンで徹底的に分析させたけど、どんな超一流のクイズ戦士でも、これを380問以上正解するのは不可能に近いネ。しかし、不正解の問題も9問ある。それがポイントだと思ったネ」

「……つまり?」

「この9問。例えば次のような問題ネ」


問、コーディネートについて書かれた古書。「遊戯としての服」において、男の首元は何で飾るべきと言われている?


解、黒いもの


問、スナカエルの亜種、ユキスナガエルの命名者とは誰?


解、ブレオ=ンゼント


「その問題は……」


エイルマイルが口を開く。


「難しすぎる、ということですね?」

「そう、これらの問題は難しすぎるネ。「遊戯としての服」は服飾史においてもまったく扱われないし、ユキスナガエルの命名者なんて別に有名人でもなければ豆知識として意味があるわけでもないネ。つまり単純に難しすぎる。ジウ王子は難しすぎる問題は解けないネ」

「……それが、どうしたんじゃ?」


ぽつねんとつぶやくのはユギ王女である。


「ジウ王子は不正をしておる、それはいいとして、だが難しすぎる問題は解けない……それは別に当たり前のことと言うか、そういう事もあるじゃろ?」

「いや、これは重要なことだ」


ユーヤがきっぱりと言う。


「エイルマイルには以前に言ったが、クイズにおける不正とは二つしかない。何らかの手段で事前に問題を入手することと、誰かに答えを教えてもらうことだ。一緒に考えると言ってもいいか。前者の場合は問題の難易度は関係ない。つまりジウ王子の不正は後者、誰か外部の協力者と共同で考える、という不正だと分かるんだ」

「おお……なるほどのう」

「しかし、複数で考えているといっても……我々もジウ王子と戦った経験はござるが、会場に答えを教えているような人間がいた覚えはござらぬ」


ベニクギが言う。それに応じてガナシアも手を挙げる。


「そうだ、私とて観客に注意を払わないわけではない。それに、クイズ大会においては試合の様子はすべて藍映精インディジニアで記録されている。司会も観客もすべて映っている。それは大陸中で何百万という人間が見るのだ。誰も気づかないとは考えられない」

「……」


ユーヤは沈黙する。

しかしやはり、ジウ王子が何らかの不正をしているという予感は当たっているようだ。その確信が全員に伝わり、にわかにそれについての意見が場を飛び交う。


「ラウ=カンでは客席から、誰かがサインを送っていると踏んでいるネ。ちょっとした目配せとか、髪をかきあげる動作とか」

「ヤオガミには、色のついた米粒を置くという暗号がありますが……」

「三択や四択ならともかく、そんなものでクイズの解答などという複雑な情報を送れるとは思えんぞ。フォゾスには煙だとか、木に傷をつけるだとかの暗号があるが、文字を送るにはかなりの分量が必要だ」

「よし、ジウ王子の試合の映像を用意するのじゃ、皆でもう一度検討しようぞ」


その中心にあって、

ユーヤは自らの気配を消していた。

それはユーヤとしては自然な技術であった、むしろ綺羅星のごとき王たちの中にあっては、意図的に己の存在感を増すような技術を使っていなければ、ユーヤはすぐに埋没してしまう。今はそれを取り去り、彼本来の、目立たない路傍の石のような存在になっている。


そしてすいと立ち上がり、ロビーから出ていく。

その時、ぽん、と誰かの肩に手を乗せ、その人物だけに自分を認識させる。


「ガナシア……ちょっと来てくれ」


ロビーを出て二階の廊下へ。


「……どうしたのだ、ユーヤよ」

「……僕はやはり、ジウ王子の不正は暴けない気がする、何年にも渡って、衆人環視の中でやってのけている不正だ」

「……」

「だから、検討しておかねばならない。セレノウの鏡を守るため、そしてハイアードの野心を挫くための、最後にして最奥の手段」

「ユーヤ、みなまで言うな」


ユーヤの肩に手が置かれる、小手を身につけた腕はずしりと重い。ガナシアがユーヤの瞳を覗き込んで言う。


「ジウ王子の物理的排除(・・・・・)、そうだな?」

「ああ……」


ガナシアは、一度深く息を吸い込み、そして何か大きな荷を下ろすような気配を見せて口を開く。


「ユーヤよ、お前の世界は我々の世界ほど平和ではないらしい、それは何となく理解できる、だからお前が、いつかはそう言い出すことを」


「エイルマイル様は、予想されていた」

「えーー」


「その通りです」


背後に声がする。

弾かれたように振り向けば、そこには金髪碧眼の美姫、静かな面持ちで立ち尽くし、口元にはごくわずかに、何らかの表情のきざしが見える。だがユーヤはそこに感情を見いだすことができない。悲しみのようでもあり、冷厳さのようでも、何かを面白がるようでもある。それはそもそも余人の眼で測ることなど不可能にも思える、少女という無限さの表出、まばたきの度に姿を変える女性の不可思議さの顕現であるかのような。


「ユーヤ様、物理的排除、つまり暗殺などお止めください。不可能とは言いませんが、あまりにもリスクが大きすぎる、下手をすれば本当に戦争になってしまう、それに」 


エイルマイルは、薄く笑う。

それはきっと、不穏な考えを抱いた自分を赦し、何らかの安心を与えるための笑みなのだろう、ユーヤはそれ以外の解釈を心の中から弾き出す。




「クイズで、勝っていただけるのでしょう? ユーヤ様……」









コラムその8


クイズ大会、その他映像の配信について


メイド長、ドレーシャのコメント

「いよいよクイズ大会が近づいて参りました! ここでは大陸における映画や映像の配信と、その流通について説明させていただきます!!」


上級メイド、カヌディのコメント

「お、お手伝いさせていただきます、が、頑張ります」



・映画について


ドレーシャ「大陸では藍映精(インディジニア)を使用した映画が多数作られております! どの町にもホールケーキのような円柱状の建物、あるいはテントがあり、ここが映画館となっております! 映画館は藍映精(インディジニア)の効果範囲と重なるように作られており、どの映画館でも収容人数は50人ほどです! 大規模なものでは10以上の上映空間が併設している映画館もあり、ちょっとした遊園地のような規模になっています! それ以外に銀写精(シルベジア)の平面映像を扱う映画館もあります!」


カヌディ「い、藍映精(インディジニア)の立体映画と、銀写精(シルベジア)の平面映画はよく比較されます。市民の方に人気が高いのは圧倒的に立体映画ですが、平面映画は撮影や編集がしやすい、同時に見られる人数が多い、家庭でも楽しめるなどの利点があります。立体映画の上映空間はレンタルも可能です。記録体も貸し出されています。テントを組むだけで商売になるので、レンタル店はあちこちにあります」



・映像の配信について


ドレーシャ「映画とは別に! 大きな式典や歴史的な事件が立体映画として残されることもあります! これらは物によっては国家予算によってコピーされ、あちこちに配られるのです! 特に妖精王祭儀(ディノ・グラムニア)のクイズ大会では、民間の映画会社が撮影を行い、その日のうちに早馬で大陸全土に送られます!」


カヌディ「き、記録体を完全にコピーできる妖精は稀少なもので、映画会社や王室などが保有しています。都市で一年間に上映される映画は、ハイアードキールやパルパシアの双子都市などの大都会で年間200作ほど、地方なら50作ほどでしょうか、ヤオガミは映画という文化が浸透しておらず、庶民の娯楽は今も演劇が主流だそうです」



・料金について


ドレーシャ「映画館の料金は立体の一般作品で2500ディスケットほど! 平面映画なら800から1200のお手頃価格です!」


カヌディ「え、映画の撮影費用は数十億ディスケットに達するものもあり、近年では予算の膨張が問題となっています。 特に藍映精(インディジニア)の立体映画は360度の遠景まで映り込むため、作品によってはシュネスの砂漠に巨大なオープンセットが組まれるのです。この予算を捻出するために、どの映画会社も事業の多角化や、収入のよい特定ジャンルの映画などを量産する傾向があり、それも問題となっております」



・まとめ


ドレーシャ「大陸で最大の娯楽がラジオならば! 映画はもっとも贅沢な娯楽の一つです! 立体映画のあの迫力と臨場感は言葉では言い表せません! セレノウでは芸術的な映画が多数作られておりますので! お越しの際はぜひ映画館にお立ち寄りください!!」






ユーヤ「ちなみに、君らはどんな映画が好きなんだ?」


ドレーシャ「格闘アクションです!!」


マロル「推理ものなのでぇす」


モンティーナ「うふふ、ロードムービーなどが好きですわ」


カヌディ「ポルノです」


全員「えっ」


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