SEED
「そなたが五竜士を殺しただと?」
「喧伝するつもりはないがな。まあ、今のところアシントの連中はいい隠れ蓑になってくれそうだ」
「馬鹿な」
イヴは俺の言葉を斬って捨てた。
「ありえぬ」
手を突き出す。
「証拠になるかは、わからないが――」
怪訝そうに身を構えるイヴ。
瞬間、セラスが踏み込んだ。
――タンッ――
「!」
イヴが踏み込みに反応。
セラスに気を取られた隙を見て、
「――【パラライズ】――」
俺は、状態異常スキルを使用した。
「――ぬ、ぐっ!? なん、だと? 身体、が……ッ」
「無理に動かない方がいいぞ。無理をすると、身体中から出血するオマケつきなんでな」
「ま、さか……これ、は……状態異常、系統の……術式、なのか……?」
「枠外の状態異常付与の力とでも言うかな――ちなみにコイツは、最後の血闘で人気者が死ぬ確率よりも成功率が高い」
「馬鹿、な」
「その通り。馬鹿げた力だったおかげで、俺みたいな弱者でもシビト・ガートランドを殺せた」
「ぐ、ぬぅっ」
「忠告したはずだ。無理をして動かない方がいい。これは、脅しじゃない」
イヴに近づく。
「今、しゃべりやすくしてやる」
頭部のみ麻痺を部位解除。
これでイヴも普通にしゃべれる。
「――む? 楽に、しゃべれる……?」
「他にもいくつか強力な状態異常付与が使える。この力で俺は五竜士を殺した。なんだったら、五竜士全員の死にざまを教えてやってもいいぜ?」
イヴの戦気はもう失せていた。
害意がないのを察したのか。
「本当に……そなたが、五竜士を?」
「もう一つ証拠を、提示しましょう」
ん?
セラス?
胸に手をあててセラスが言った。
「五竜士が追っていたセラス・アシュレイン。それが、この私です」
ピクッ
イヴの耳が反応する。
「そなたが?」
「我が主がその力で、五竜士から救ってくださったのです」
「……芝居は通じぬぞ。話に聞く元聖騎士は、エルフ族と聞いて――」
イヴの目が見開く。
「!」
反応でわかった。
一瞬、セラスが変化の力を解いたのだ。
「おわかりいただけたでしょうか? 今は、精霊の力を借りて外見を変えています」
「……むぅ」
イヴが唸る。
内心、俺も唸っていた。
今のセラスの行動は予想外だった。
まさかここで正体を明かすとは。
イヴにそれだけ同情的になっているのだろうか。
どうにかして、救おうとしているのかもしれない。
「我が主は確かに五竜士をくだしています。私がその死を目撃したのは、四人だけですが」
セラスが一歩後ろに身を引く。
俺は言った。
「魔群帯にシビト・ガートランド以上の魔物がいるなら、俺もお手上げかもしれないけどな」
「……確かに、強力な力のようだ」
「五竜士殺しの話を信じるかどうかはあんたに任せるさ。実際その目で見たものしか信じないヤツなんざいくらでもいるしな。ただ、この力は見せておきたかった。俺の力の証明として」
イヴが鼻を鳴らす。
「だが、不毛な証明だったな。いずれにせよ明日、我は血闘に挑む。魔群帯へもゆかぬ。それは、変わらん」
「血闘で勝ったとして、ズアン公爵ってのは本当に約束を守るのか?」
「何?」
「求めていたイメージと違っただけで娼婦を斬り殺すような公爵サマだぜ? いくつか評判を聞いた限りでも、ロクな男とは思えねぇが」
ズアン公爵の評判。
イヴの情報収集をした時、ついでに軽く調べてみた。
少なくとも善人のニオイはしない。
むしろ”あいつら”と同類に思える。
出会ってきたクソどもの、同類に。
「クズの思考はよくわかる」
俺もお仲間だしな。
「仮にあんたが明日の血闘で勝っても……どーも俺には、その公爵が素直に自由の身を与えるとは思えない」
「…………」
俺は少し話題を変えた。
「そういえば、とある血闘士の話を聞いた。その男はあんたと同じく、最強と謳われる血闘士だったそうだ」
イヴは黙って耳を傾けている。
「その男は最後の血闘で勝利した。が、勝利したその翌日に死体で発見された。早朝、王都内を流れる川に死体が浮かんでいたとか」
「自由を得た直後に命を落とした血闘士の話か……当時の詳細は知らぬが、我も聞いたことがある。その男は勝利の祝杯をあげていた酒場で傭兵たちと揉め事を起こした。男は深く酒で酔っていた上、武器を持っていなかった。そして、加減を知らぬ傭兵たちに殴り殺されたと」
「ま、表向きにはそうなってるらしいな」
「表向きには? どういう意味だ?」
「死んだその男が想いを寄せていた娘の話は、知ってるか?」
「……初耳だが」
「小汚い酒場で働く奴隷の娘だったとか。男はどこかの誰かさんみたいに、その娘の身を買い戻そうとしていたそうだ。ところが、どうも妙でな?」
「何があった?」
「娘の身は買い戻されなかった。しかも男が祝杯をあげた場所は、娘の働いている酒場でもない。普通、真っ先に想い人のところへ行って自由の身にしてやるものじゃないか?」
「我はその男の人となりを知らん……祝杯をあげたのちに、買い戻しに行くつもりだったのではないか?」
「かもな。ただ、気になるのは娘のその後だ」
「その後? 娘は、どうなったのだ?」
「男が死んだ後、その娘はズアン公爵に引き取られて二年ほど公爵家の屋敷で働いてたって記録がある」
「!」
「そのあとは娼館に売り飛ばされたみたいだな。意味は、わかるだろ?」
「……っ」
「しかも男を殴り殺した傭兵連中のうち一人が、最強の血闘士を殺した者としてのちに血闘士になっている。傭兵ギルドの強い推薦でな。確か名前は――ギルムッド、だったか」
「ギルムッド? その男の名は我も知っている。ここへ我がきた時にはすでに死んでいたようだが……しかし、そなたはどこでそんな話を?」
「”薄暗い場所”とだけ、答えておこう。解釈はご自由に」
「む……」
イヴも”薄暗い場所”の存在は知っているようだ。
「ま、俺もズアン公爵本人から直接真実を聞いたわけじゃない。真実かどうかなんて俺にはわからない。当然、問い詰めてもズアン公爵は知らぬ存ぜぬだろうしな……」
「男の死は、ズアン公爵や傭兵ギルドの仕組んだものだと言いたいのか」
「俺はそう読んでる」
「我も、同じ末路を辿ると?」
「かもな……で、どうする? 残って最後の血闘に挑むか、例の娘を連れてこれから俺たちと魔群帯へ行くか」
イヴと目を合わせる。
「判断するのは、あんた自身だ」
「我は――」
イヴは目を逸らさず答えた。
「この手で自由を、掴みとってみせる」
明日の血闘に挑む。
イヴはそれを、選択した。
「そうか」
なんとなく、そんな気はしていた。
「必ずや、我は勝つ。我は血闘による勝利によって様々なものを得てきた。血闘での勝利こそが、いつも我が道を切り開いてきた」
イヴが俺たちを見据える。
「それにそなたたちを信用し切れぬ。ゆえに、禁忌の魔女の情報も渡せん」
セラスが口を開いた。
「我が主は、あなたのことを助けようと――」
「昨日今日我の前に現れた者の言を無闇に信じることができると思うか? 逆に、血闘の世界と我との間には長く積み重ねてきたものがある」
ま、そうなるよな。
俺は聞いた。
「ズアン公爵は信用できるのか?」
「確かにやつは人間として褒められた男ではない。しかし、我が結果を出せばそれに応えてきたのもまた事実」
それはイヴ・スピードに今後の使い道があったからだ。
「最後の血闘を盛り上げるために、我に対し不利な状況を用意することはありうる。さりとて公爵も人の子。我とのつき合いも長い。そなたが言うほど、無慈悲ではあるまい」
甘い。
「今まで関係を積み上げてきた血闘の世界とそなたたちを比べれば、どちらを信用すべきかは一目瞭然であろう」
積み上げてきたものは意外とあっさり瓦解する。
「我はそなたたちより、今の己を作り上げてきた血闘の世界を信じる」
イヴは言い切った。
俺は口の端を歪める。
「なぜだ、イヴ・スピード」
「何がだ?」
「なぜそんなにも、血闘の世界を信じているという言葉を俺に対して重ねる?」
「何を――」
「今の言葉を投げかけていたのは、本当は自分自身に対してじゃないのか?」
「…………」
「力の証明は、済んだ」
パラライズを解除。
「色々と無礼を言っちまったが……明日の血闘、あんたが勝てるのを祈ってるよ」
踵を返し、歩き出す。
「行くぞ」
「は、はいっ」
セラスが続く。
「待て」
イヴが呼び止めた。
「なぜ、我を解放した? そなたは絶対的な優位にあった。禁忌の魔女の情報を吐かせるのであれば、他にやりようはあったはずだ。我はそなたたちの秘密も知った。なのに、無条件で解放するというのか」
足を止める。
「伝えるだけ伝えておく。俺たちは明日の早朝までにモンロイを発つ予定だ」
イヴの問いに返答はしなかった。
する必要もあるまい。
「日づけが変わるまで大門前にある橋のあたりで待つ。もし気が変わったら、来るといい」
イヴの方へはもう振り返らず、俺たちはその場を立ち去った。
▽
宿へ戻る途中、セラスが口を開いた。
「申し訳ございませんでした」
ん?
「なんの話だ?」
「勝手に私の正体を、明かしてしまって……」
「ああ、さっきのあれか」
「我が主の許可を取らずに自己判断であのような……もちろん、罰でしたらお受けいたします」
セラスの表情がどんよりと沈んでいる。
というか、罰……?
「さっきのあれは確かに予定になかったが、結果的には俺の話に説得力を持たせる材料になった。だから気にしちゃいない」
イヴの反応を思い出す。
あれはほぼ信じた反応だった。
多分、賞金首の似顔絵あたりでセラスの顔を知っていた。
だからセラス・アシュレインだとすぐに信じた。
「ですがそれは結果として見ればの話です。もし我が主の策を、台無しにしていたらと思うと――」
「悪手だったかどうかは、俺が判断する」
セラスの言葉を俺は遮った。
「結果がよければ俺は何も言わない。もし俺が悪手だと思った時は咎める。で、今回は結果としてよい方向に進んだ。この方針に、何か不満はあるか?」
「……わかりました。我が主が、そうおっしゃるのでしたら」
ふむ。
元いた聖騎士団の影響かもな……。
規律とか重んじるタイプっぽいし。
確かに適度な締めつけは必要かもしれない。
とはいえ、この”傭兵団”は俺がルール。
咎めるか否かもすべて俺が決める。
セラスの表情から緊張感が消えた。
ぺこっ
彼女は立ち止まって、頭を下げた。
「寛大なご処置に感謝いたします、我が主」
最近すっかり仕えし者って感じだな……。
再び歩き出す。
俺は、セラスに声をかけた。
「他に何か気になることでも?」
「あ、いえ……」
「言ってみろ。俺が寛大なのは、さっきわかっただろ?」
「その――」
俺の顔色をうかがいながら、セラスが尋ねた。
「先ほどの血闘士の昔話は、偽りのものですよね?」
セラスはウソがわかる。
やはり気づいてたか。
「ああ。さっきのアレは、適当に思いついたでっち上げだよ」
真実は部分部分のパーツのみ。
自由を得た男がその翌日に死体で発見された話。
ギルムッドという実在した血闘士の名。
実際はここに脚色を加えただけだ。
表も裏もない。
本当は最初の方に出た”表向きの話”しか存在していない。
「あまり褒められたやり方じゃないが……作り話をでっち上げてでも今のイヴ・スピードには”不信感の種”を植えつける必要があった。ズアン公爵や傭兵ギルドに対しての、な」
イヴの信じる血闘の世界とやらにも。
懐から懐中時計を取り出す。
「あとは植えつけた種が、どのタイミングで芽を出すかだが……」
不信感の種を植えつける。
漫画やアニメでよく目にした。
ウソを織り交ぜたもっともらしい話で不信感を煽り、仲間を裏切らせる。
逆にこちら側は誠実な態度を見せ続ける。
そうして、心に揺さぶりをかける。
「種、ですか?」
「ああ」
主人公側の絆を引き裂こうとする時に使用されるイメージが強い。
要するに、
「どちらかと言えば、悪役の側が使うやり口だがな」