表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/421

蠅の王


 ウルザの王都とミルズの間に一つの小さな村がある。


 俺たちは二日ほどかけてその村に到着した。

 到着後はセラスと別行動している。

 宿の部屋も別々。

 二人で行動するのはもう少しミルズを離れてからと決めた。

 この村から北上するとウルザの王都に着く。


 王都をさらに北へ行けば、金棲魔群帯だ。


 五竜士とやり合った日から二日が経過していた。

 追手の気配はいまだない。

 最強を称した黒竜騎士団。

 中核をなしていた五竜士の死。

 彼らを擁していたバクオスは今、混乱しているだろう。

 一夜にして国の屋台骨たる戦力が壊滅したのだ。

 案外、追手を出す余裕すらないのかもしれない。



     ▽



 俺は今、村の広場に立っていた。

 セラスは宿で睡眠中。

 ピギ丸は部屋で待機している。


 広場の中心にある営火えいかが夜闇を照らしている。


 キャンプファイヤーを思わせる。

 時おり、火の粉が鱗粉めいて宙に舞っていた。

 広場にはたくさんの村人がいる。

 旅人とおぼしき者も目についた。

 他には、踊っている者。

 談笑している者。

 楽器を演奏している者。

 陽気に酒を酌み交わしている者……。

 広場にはけっこうな数の屋台も出ている。

 意外と気合の入った祭りみたいだ。


 俺たちはちょうど村の祭りの日に訪れた。

 よそ者が足を運ぶには絶好のタイミングである。

 目的のない旅人でも”祭りの見物にきた”で通せる。


 屋台見物を装いながら聞き耳を立てる。

 が、大した情報はなかった。

 黒竜騎士団の話題は出ていた。

 ただここでは”ミルズの方で何かあった”程度の認識らしい。


「…………」


 てのひらを眺める。


 LV3になった【スリープ】。

 新たに”任意解除”が追加されていた。

 もう一つの追加効果は”ゲージ増加”。

 持続時間を延長できるようだ。


 ここへ来る途中に【フリーズ】も試用してみた。

 相手を氷で覆って動きを封じるスキルだ。

 どうも非致死のスキルらしい。

 他スキルとの重複付与は不可能。

 ただしこのスキルは生物以外にも使用が可能だ。

 射程は【スリープ】と同じ短距離型。

 特徴的なのは、効果の持続時間か。

 持続時間はなんと300日。

 が、今のところ解除ができない。

 レベルが上がれば解除可になるのかもしれないが……。

 今のところ安易に使えるスキルではなさそうだ。

 ただ、


「もし、俺の考えている使い方ができるなら――」


 毒死の死体が残る問題を解決できるかもしれない。


「…………」


 いずれ、試してみるつもりだ。


「ん?」


 ふとある屋台が目についた。


「いらっしゃいっ」


 陽気そうな中年の店主が営火を指差す。


「どうだい? 何か買って、あんたも参加するかい?」


 俺は背後を見た。

 炎の周りで被り物をした村人や旅人が踊っている。

 この村では祭りの際、被り物をして踊る風習があるのだとか。

 店に並んでいるマスクは伝承の登場人物をモチーフにしたものだそうだ。


「……マスク、か」


 最初に目についた被り物を手に取る。


「お、蠅王はえおうが気になるかね?」

「蠅王?」

「おや、知らないのかい?」


 店主が語り出した。

 別に、聞いてはいないのだが。


「かつて魔の島を要塞化し、100年に渡ってあらゆる侵略者と戦ったと言われる魔族の王の呼び名だよ。根源なる邪悪の生み落とした魔族が活躍する伝承なのに、なぜか蠅王の物語は人気があるんだ。蠅王の組織した戦団って最後は全員死んじゃうんだけど、みんな死にざまがカッコイイせいか蠅王の配下たちもけっこう人気なんだよねぇ」


 蠅の王……。

 マスクを検める。

 目にあたる部分が丸くなかった。

 蠅の目といえば赤い丸目の印象がある。

 が、このマスクの目は細く攻撃的な雰囲気である。

 触覚も角みたいになっていた。


「悪魔の王、だっけか」


 前の世界にも確か蠅をモチーフにした悪魔の王がいた。

 俺は聞く。


「この被り物って、珍しいものなんですか?」

「ん? 蠅王の伝承は有名で人気だから、同じ被り物を売ってる場所はそこらにあるよ。だから、同じものは大陸中で手に入る」


 大陸中で手に入るのか。

 俺は、形の違う蠅の被り物を見つけた。


「それは?」


 蠅王のものとはデザインが違う。


「こいつかい? こいつは蠅王の配下をモチーフにした被り物さ。ガキどもが戦争ごっこで邪悪の側を演じる時は、必須道具だなっ」


 少し考えてから俺は言った。


「王と配下の被り物を一つずつ、もらえますか?」

「お、毎度あり! いやぁ、説明したかいがあったかな!? あ! そっちの幕の奥に姿見があるから、試しに被ってみたらどうだい!?」


 店主が屋台の脇にある小さなテントを指差す。

 俺は金を払って、幕の中に入った。

 大きな姿見の前に立つ。


「…………」


 人前で何か動きを起こすときは、このマスクを被って動くのはいい案かもな。


 上手くすれば別人に成りすますことができる。

 大陸中に出回っているマスク。

 好都合だ。


「さて……」


 今後、何者かを聞かれた時はどうする?

 商人というわけにはいくまい。

 多分、揃えるものが大量にある。


「だとすると、やはり――」


 傭兵団。


 武器さえあれば傭兵で通じるはず。

 商人と違い素性も隠しやすい。

 まあ、傭兵団といっても人数はまだ二人と一匹だが。

 そういえば、廃棄遺跡を出た直後にも案としては出ていた。

 対女神の傭兵団。


 手中の蠅王のマスクに視線を落とす。


 蠅の王の傭兵団。


 今の俺は善の勇者ってガラじゃない。


 悪魔の方が、しっくりくるか。


 マスクを被る。



 自らによる、自らへの戴冠。



 鏡に映る姿。


 黒いローブ。


 魔蠅まばえの頭部。


 暗がりに浮かぶその姿は、まさに、悪魔めいて映った。



「――――女神ヴィシス」



 復讐対象の名を、ポツリと口にする。



「いずれおまえも蹂躙される側に回る。いや――」



 踵を返し、鏡に背を向ける。






 マスクに手を添える。







「悪魔に魂を売り渡した人間の執念、甘く見ないことだ」













 第一章より長くなってしまった第二章ですが、まずは二章を最後までお読みくださった皆さま、お疲れさまでございました。そして、ここまでお読みくださりありがとうございます。



 ご感想、ブックマーク、ご評価をくださった方々にもこの場を借りてお礼申し上げます。二章の終盤あたりは一章以上にいっぱいいっぱいだったのですが(終盤は執筆ペースがなかなか安定しなかったので、察してくださっていた方もいるかもしれません……)、皆さまのご声援のおかげでどうにか二章の最終話まで着地できた感じがいたします……。一章の時もそうでしたが、皆さまの”面白い”というお言葉やお気持ちがやはり執筆の大きな原動力でございました。また、二章連載中にも新しくレビューをいただきました。ご感想だけでもありがたいのに、レビューまで書いていただけてとても嬉しく思っております。ありがとうございました。



 それから二章の黒竜騎士団戦では特に多くのご反響をいただきまして、びっくりいたしました。楽しんでいただけたのでしたらこれに勝る喜びはありません。今後もがんばって書いてまいりたいと思います。



 三章は今のところ8~10日くらいお休みをいただいたあと開始しようと考えております。三章開始前にプロローグ的な間章を更新しますので、その際に三章開始の日時についても告知できましたらと。



 某女神や金色S級勇者を筆頭に悪いやつらがどんどん悪くなっていく気もいたしますが、適度にバランスを取っていけたらとも思っております……もしかしたら、取れないかもしれませんが(汗)。ひとまず対抗馬としてはピギ丸やセラスにがんばってもらいたいところでしょうか……。二章に入っても全体的に邪悪、邪悪、邪悪な感じでしたが、よろしければ今後もおつき合いいただけましたら幸いでございます。



 それでは、また三章でお会いいたしましょう。ありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ストーリーが最高!
[一言] 物語の動きがすごく良い、徹底してる。 人類最強は生きてるか、復活の流れだろうし、「金」に関する物事的に勇者組も不穏、再度どこでぶつかるか楽しみ。この次は国か宗教辺りかなぁ?
[良い点] 案の定、このあたりまで読み進めたら面白くなった。 魂喰いの前例が、不可避の最強コンボを阻害するいいエッセンスになっている。 相棒がスライムだと分かった時は、女じゃないのか〜と一瞬残念で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ