ヴィシスの徒
綾香たちは来た道を引き返した。
高雄姉妹の姿はもう見当たらない。
「肉竜が確実にいる棲息エリアは、この先ね」
確認を終え、地図をしまう。
高雄姉妹が殺した肉竜の死体で実物を目にできた。
想像よりは大きかったが、
(槍なら、リーチと立ち回りでいけるはず……)
あとは天井の高さ次第か。
数分歩き、奥の棲息エリアに到達。
ただ、さほど期待はできない。
特に、自力での入手は。
綾香としては一応”確認”にきただけだ。
なぜなら――
「何、これ……」
背後の萌絵が震えた声を出す。
ここも、溢れ返っていた。
夥しい魔物の死体。
高雄姉妹が殺した数よりも多い。
虐殺。
最初に連想した言葉は、それだった。
「トカゲもどきの肉って食えんのかよアァ!? そろそろハラ減ってきたわ!」
小山田翔吾の声。
奥の洞穴から彼が姿を現した。
血を浴びているが、自分の血ではなさそうだ。
「翔吾、ヤバすぎー♪」
「血に飢えたケモノって感じだよねー」
「つーかショーゴ、タイマテーより凶悪なんじゃね?」
奥にいたのはやはり桐原グループだった。
「うるっせぇよ! A級勇者サマになんつー口きいてんだよてめぇら! バレットするぞオラァ!?」
「翔梧、怖ぇー♪ あれじゃむしろ魔王の側じゃん?」
小山田が大剣の血を払った。
「大魔帝をぶっ殺したらおれが次の大魔帝でも名乗っかな!? お、この案けっこうネツくね!?」
ドガッ
魔物の死体を蹴とばす小山田。
「てかレベルの上がりがニブくなってんだよなぁ! もうガチで敵なし過ぎて萎えるわー! なあ、綾香!?」
急に話を振ってきた。
「他の薄色勇者に合わせて、おれたち上級勇者までこんなザコ魔物しかいねぇ遺跡に連れてこられても困るよなぁ!? あ、でも今の十河センパイはなぜかヨワヨワ勇者サンたちを引き連れてるんッスよね!? 不良在庫押しつけられてお疲れサーッス! 正直、見ててウケまーす!」
「――――ッ」
綾香は反論しかけて、やめた。
小山田は挑発している。
いちいち目くじらを立てるのは無為だ。
「みんな、行きましょう」
小山田を無視し、歩き出す。
警戒は怠らなかった。
いつちょっかいをかけてくるかわからない。
あの大剣が襲ってくることだって、ありえないとは言い切れない。
(いつでも、対応できるようにしないと――)
「ピぎェぇエえエえ――ッ! ぐェ! ぐェぇッ!」
魔物の声。
綾香は身構える。
ズリッ
ズリリッ……
何かを引きずる音。
まじっているのは、ゆったりした足音だった。
音は、小山田が出てきたのとは違う洞穴から聞こえてくる……。
「あ――」
姿を現したのは、刀を手にした桐原拓斗。
血を浴びた刃。
彼は、魔物を引きずっていた。
「うっ!?」
萌絵が口もとを両手でおさえる。
桐原グループの面々もやや身を引いた。
小山田だけが、笑っている。
魔物の四肢が、切断されている。
引きずられつつ喚き立てる金眼の魔物。
「ほら、鳴けよ」
桐原が平静そのものな表情で魔物に声をかける。
「喚け」
淡々と歩いてくる。
ザクッ
魔物の傷口へ軽く刃を突き入れる桐原。
絶叫する魔物。
「呼べよ」
叫び声がエリアに響き渡る。
「仲間を」
金切り声を上げて必死にもがく魔物。
見るに堪えない光景だった。
魔物、とはいえ。
「た、拓斗?」
桐原グループの女子が引き気味に声をかけた。
「ちょっと、や、やりすぎじゃね?」
「……だよな」
「そうだよ! さすがに、ヒくっつーか――」
「けど、誰が困る?」
「え? だ、誰って……」
「金眼の魔物にオレがこういうことをして誰が困る? 頼むから、教えろよ」
「いや、なんつーか……いないとは、思うけど……」
困り顔で小山田を見る女子。
助けを求める表情だった。
魔物はその間も喚き続けていた。
狂暴な声で、ギャアギャアと。
「おーい、拓斗ぉ」
「んだよ、翔吾」
「おまえさぁ……頭よすぎ!」
「褒めても何も出ねーぞ」
「けどよー? ぶっちゃけどうなん?」
「何が?」
「他の魔物が出てくる気配、マジでなくね?」
周囲は静まり返っている。
呼び水にされた魔物の声だけが反響していた。
「ちっ……」
舌打ちする桐原。
「無駄骨か」
桐原が魔物の喉もとに刃をあてた。
「ギ、ぎェ……っ!?」
「役立たずが」
桐原が刃を引き、魔物の喉を掻っ捌く。
ブシュゥ!
魔物は血を噴出させ、息絶えた。
「強くなりすぎたか」
無感動に刃の血を拭き始める桐原。
「いい加減、雑魚の相手も飽きてきたな」
▽
無事に肉竜の眼球を入手し、綾香たちは遺跡の外へ戻った。
各遺跡は国に管理されている。
ここ古竜遺跡も周りを壁に囲まれていた。
地上へ出てくる魔物を防ぐための壁。
ここには兵士が詰めている管理用の建物もある。
綾香たちは遺跡前の広場へ足を運んだ。
今回の勇者たちの集合場所である。
広場には戦場浅葱のグループもいた。
小鳩の姿もある。
綾香たちのグループは、最後だったらしい。
(なんとか一人の負傷者も出さずに、戻ってこられた……)
青空の下。
2−Cの面々が揃っている。
担任の柘榴木保。
治療中の佐倉麻美。
死亡した三森灯河の三名を除いて、だが。
「ん?」
柵に腰をおろしていた小山田が顔を上げる。
「なんだ、あいつ?」
生徒たちの視線が一点に集まった。
一人の女がこちらへ歩いてくる。
「猫、耳……?」
いや、違う。
人間の耳が確認できる。
頭部のアレは猫の耳に見える装飾品か。
細身の女。
歩き方が綺麗だった。
薄いスミレ色の髪。
灰色の瞳は猫目を思わせる。
服装はいささか扇情的な印象。
あれも魔素の流れを考慮した衣装なのだろうか?
少なくとも露出の嫌いな綾香には無理だ。
腰には二本の短剣をさしている。
ただ、最も興味を引いたのは別のもの。
それは女の腰の後ろでウネウネ動いていた。
猫を連想させた最大の理由。
尻尾さながらに動く、奇抜な形状の刃……。
(連接剣、っていう似た形の剣を以前どこかで見たことがあるけど……)
「なんだぁ、てめぇ?」
小山田が女の前に立った。
桐原はぼんやり成り行きを見ている。
安はあぐらをかいて泰然と様子をうかがっていた。
高雄姉妹は遠巻きに眺めている。
隣の小鳩に浅葱が、
「何、あのエロコスちゃん? てか、今日は女神ちゃん来るんじゃなかったっけ?」
と話を振っていた。
小鳩は返答に窮している。
女が順繰りに視線を飛ばした。
桐原、聖、綾香、樹、安。
最後に視線は小山田へ戻った。
女が薄い唇を開く。
「女神ヴィシスの代理できました。以後、女神が手を離せない時はわたしがキミたちを取りまとめます。今日はキミたちを無事に連れて帰るのと、軽く挨拶をするためにきました」
淡々とした話し方。
思ったより声は幼く聞こえる。
小山田が小馬鹿にした顔をした。
「こんな細チビがまとめ役ぅ? てか、てめぇおれらより強ぇんか? おれらより弱ぇやつに、桐原組は従うつもりねーぞ?」
「お試しになりますか?」
「お? やんのか?」
「そうですね……地面に膝をつかずわたしに一撃でも入れられたら、なんでも言うことを聞く奴隷にでもなってさしあげましょうか」
「出たーっ! いかにも自分お強いですって感じのイキッた台詞! 勝ちフラグ立ててきてるってやつ!? いいぜ! なら、予想を覆しておれの奴隷にしてやんよぉおお!」
桐原が呆れ顔になる。
「てめーは言い方が噛ませ犬っぽいぞ、翔吾」
「うっせぇよん! 噛ませ犬と思われてたA級勇者がこーゆー余裕たっぷりの相手を涙目でヒーヒー言わせんのが楽しいんだろーが!」
「なるほど、キミがオヤマダさんですか。確かに、口の悪さが異常なようですね」
「あ〜? てめぇも名乗れや!」
「わたしはヴィシスの徒が一人、ニャンタン・キキーパットです」
「は――はぁっ!? ニャ、ニャンタ――ぶほっ!」
小山田が噴き出した。
「ぶわははははっ! ニャ、ニャンタンっ!? マジに!? なんで名前までそんなにニャンコに寄せてんの!? ひ、卑怯だぞニャンタン! ギャグで精神攻撃かよ!? ひーウケるーっ!」
「?」
「ぶっは! やっべぇ!? マジでどこがツボったのかわかってねぇ顔してやがるよ〜! ひ〜っ、こいつ天然モノかよ〜! うひゃひゃひゃひゃひゃっ! 勝てねぇ〜! 神! こいつ、神だわ! 今年で一番笑えたわ! よっしゃ決めた! ニャンタン奴隷にしたら、まずはお笑い芸を仕込む! ぜってぇ、仕込む!」
「いきますよ」
カシャッ
ニャンタンの手甲の先から爪型の刃が三本突き出た。
小山田が大剣を構える。
「お!? マジにやる気じゃねぇか! うっしゃこいやぁ! 怪我しねぇように手加減してやっからよ! ニャンタン♪」
数分後、
「が……ッ!? ぅぐ、ぐ……っ!? んだよ、あいつ……? マジ、で……強ぇじゃ、ねぇかよ……ッ! くそ、がぁ……ッ!」
地面を叩く小山田。
膝は地面に突いている。
彼の大剣は遠くに落ちていた。
小山田は息を切らしている。
一方のニャンタンは息一つ乱れていない。
傷一つ、負っていない。
ウネウネと尻尾剣だけが動いている。
彼女を見る桐原の目つきが変わっていた。
桐原は何やらブツブツと呟いている。
独り言のようだった。
綾香は、息を呑む。
(あの人、強い……ッ!)
動きも洗練されていた。
見惚れるほどに。
(あれは”技”がある人の戦い方……)
ニャンタンの澄まし顔は変わらない。
表情の変化の乏しい人だ。
ニコリともしない。
「今ので挨拶代わりになったでしょうか? それでは、王都へ帰りますよ。それと、今後の女神の方針を伝えておきます」
ニャンタンは平板に言った。
「キミたちはそろそろ、次の段階へ入るようです」
◇【ニャンタン・キキーパット】◇
ニャンタン・キキーパットが古竜遺跡前の広場で勇者たちに”挨拶”するより前のことである。
ニャンタンは、ヴィシスに呼び出されていた。
△
女神の自室。
椅子に座る女神。
彼女は、読み終えた手紙を机に放った。
「大魔帝の軍勢に大きな動きが出てきたようですね。近々、今後を左右する大きな一戦があるかもしれません。あなたを早めに呼び戻したのは正解だったかもしれませんね、ニャンタン」
ニコッとする女神。
「わたしは、何をすればよろしいのですか?」
「シクシク……大魔帝の側に色々と動きが出てきたせいで、私は大忙しなのです……ですので、あなたに私の代理を頼みたいのです」
「代理、ですか」
「ええ、勇者たちの面倒を見てほしいのです。まとめ役、という感じでしょうか」
「なぜわたしに?」
「あなたは強いですし、派遣していたウルザは一番どうでもいい国ですからね。あなたを遊ばせておくにはもったいない国です。ね?」
「はい」
「何よりあなたは、忠誠心が厚いですから」
女神が片方の靴を優雅に脱ぐ。
彼女は生足を前へ差し出した。
優しい目で見上げてくる。
「ですよね、ニャンタン?」
ニャンタンは膝をついた。
跪く体勢。
次いで、顔を前へ出す。
「変わらぬ忠誠を、見せていただけますか?」
「……れろ」
ニャンタンは舌を女神のつま先に這わせた。
「ぺろ……ぴちゃ……れろ……れる……」
「ふふふ、変わらぬ忠誠の証をありがとうございます♪ これで、私も安心して勇者たちをあなたに任せられますね♪」
「れろぉ……れろ……ぺろ……」
「ご安心ください。大切なあなたの妹さんたちはちゃんと私が”保護”していますから。絶対、安全です。大丈夫です。有能な姉であるあなたにすら居場所がわからないのですから、絶対に安全ですよ?」
「…………」
「あの――ど、どうしました? 舌の動きが、止まっていますけど……大丈夫ですか? 忠誠心が、とっても心配です」
「…………れろ……ぴちゃ……ぺろ、ぺろ……」
「はい、素晴らしい忠誠心です♪ ん〜、勇者さんたちもこのくらい忠義に厚いとよいのですけれど……ぐすっ……私が至らぬばかりに……およよよ……」
扉がノックされた。
「どうぞ、お入りなさい」
「女神さまに、ご、ご報告を――あっ」
文官が気まずい反応を見せた。
ニャンタンの姿を目にしたためだろう。
「も、申し訳――」
「うふふ、これはあくまで儀式的な確認行為ですよ? ですのでお気になさらないでください。それで、緊急のご報告ですか?」
「あ、いえ……ウルザ入りしていた五竜士が動いたとの報告があがってきまして」
「彼らはセラス・アシュレインを追っていたのだったかしら? ん〜、彼女は使い道があると思っていたのですが……もうあまり興味はないですね〜。堅物そうなので、よくよく考えると使いづらそうですし……国が滅びてかわいそうですよねぇ〜。ん〜……元がハイエルフの国のお姫さまなので、惜しいと言えば惜しいのですが」
女神が親指をニャンタンの口にねじ込んできた。
ぐいっ
ニャンタンは”確認行為”を続ける。
「五竜士……シビト・ガートランドは、どうしたものですかねぇ? 彼も駒としては使い方が難しい印象なのですが――まあ、勇者の成長にはひと役買ってくれるでしょう。あ、イイコトを思いつきました!」
笑顔で両手を打ち鳴らす女神。
「勇者さんたちのレベルも大分上がってきたことですし、そろそろ次の段階に入るとしましょう!」
文官に指示を伝えていく女神。
「――というわけで、まずはヨナトに頼んで”四恭聖”をお借りしましょう。それと……確か近くに剣虎団がいましたね? 彼らも呼び寄せましょうか。あ、ウルザの竜殺しにも声をかけてください。そして黒竜騎士団の五竜士ですね……勇者を成長させる役回りとなれば”彼”なら喜んで引き受けるはずです。ええ、では私の指示通りに」
「かしこまりましたっ」
照れ顔の文官が恭しく一礼する。
「ふふ」
女神は天井を見上げ、口もとを上品に綻ばせた。
「大魔帝の軍勢と勇者さんたちがぶつかる日は、意外と近いかもしれませんねぇ……」
女神サイドは連日更新でいきたかったのですが、分量が多く昨日は更新ができませんでした。申し訳ございませんでした。
また、ルビや傍点についてなのですが、お使いの環境によっては正しく表示されずに見づらくなってしまっていることがあるかもしれません。その場合は、大変申し訳ございません。ただ、特に傍点などにつきましては、この小説を書くにあたっての私のスタイルの一つとして考えていますので、ここで書き方を変えるのはやはり難しく感じております。こちらの点につきましては、ご容赦いただけますとありがたく存じます。
次話からは、トーカ視点に戻ります。
第二章もあと少しとなりました。第二章完結までおつき合いいただけましたら、嬉しく思います。