エサ
二人組が首を傾げる。
「具体的には? 殺すのか?」
「ああ、殺す」
「ふーん」
測りかねている様子の二人組。
モンクが報酬額を告げた。
二人組が目の色を変える。
「その話、乗った」
「ただしあの女が命乞いをして、心から僕への態度を悔いていると判断した場合は、すぐには殺さない」
「殺す前に”お楽しみ”はしていいんだよな?」
「もちろんだ。生きて捕らえられたら、ズタズタに犯してしまえ」
「お、ヤっちまっていいんだな!?」
「当然だ! この僕の誇りを貶めたんだぞ!? 僕の誇りは二度もズタズタにされたんだ! あいつにここで二人分、全責任を取らせてやる! 全部、ズタズタにしてやるんだよ!」
垂れてきた唾を袖でぬぐう禿頭。
「へへ、俄然やる気が湧いてきたぜ……ありゃあ大した上玉だったからな」
「服の上からでもわかる、たまんねぇカラダしてたもんなぁ? こいつは是非とも生け捕りにしたいぜぇ。あー、見てぇよぉ……あの女の顔がクシャクシャに歪んで泣き叫ぶトコ、見てみてぇぇ♪」
禿頭が首を傾げる。
「けどあの女も一応は旅の戦士だろ? 腕の方はどうなんだ?」
「そこそこはやりそうだったな。だが、あの女は疲れ切っている。よく見ると目の下に隈もあった。さっき上の階層で見かけた時も、時おりフラついていたしな。ただ――僕なら問題なく勝てるとは思うが――万が一を考えて、君たちに声をかけた。確実に仕留めたいのでな」
ブンッ!
誇示するように斧をひと振りする禿頭。
「どの道おれたち相手に女ごときが勝てるわきゃねぇさ! 別にあの女神ヴィシスを相手にするってわけじゃねぇんだしよ!」
通路によっては剣より斧の方が振るいやすい、か。
この遺跡だと剣は時に刃の長さがネックとなる。
しかし――クソ女神の名がここでも出るとは。
相当な有名神なのか。
モンクが、確信を込めて言う。
「あの女……疲れていそうな割に先を急いでいた。あれはもう竜眼の杯狙いだろう。あの女、とにかく金が欲しいらしい」
「きっと中身は金好きの卑しい女さ。金のためなら、なんでもするようなな」
「どーよ? 竜眼の杯をおれっちたちが先に見つけて、それを快く譲ると見せかけて不意をつくってのは?」
「お、いいねぇ! おまえ、天才だな!」
「で、命乞いしてきたら――そのままおれっちたちの奴隷にしちまおうやぁ!」
「んで、最後は娼館に売っ払う! 多少劣化しても、アレなら絶対イイ値になるぜ!」
盛り上がる二人組。
「お、おいおい!」
モンクが不服げに割って入った。
「最優先事項は確実にあの女を殺すことだぞ? わかってるな?」
「へへ、あんたあの女に大分キレてんな?」
「愚問だ! 本気でイラつくんだよ……この僕を馬鹿にしたあの女がのうのうと息をして、この世に生きてると思うだけでさぁぁ……しかも、この先も僕のことなんか忘れて平然と生き続けるって思うとさぁぁ! はらわたぁ煮えくり返って、胸ぇ掻き毟りたくなるんだょぁぁあああ゛あ゛!」
歪んだ憤怒を吐き出すモンク。
「あ、あの澄まし顔が絶望しくさって死ぬところを見ないと――僕はもう、安眠できない! 二度も軽くあしらわれたんだ! この僕がだぞ!? に、二度も! 殺したら餌にしてやる……あの綺麗な顔や身体を、魔物に食わせてやるんだぁぁ……」
二人組は若干、引き気味になっていた。
「べ、別に女の末路はそれでもいいけどよ……おれたち二人に犯すくらいはさせてくれよな? ただ殺すだけじゃ、もったいねぇって」
「じゃあ犯したあとであの女は魔物の餌だ……餌ぁ……エサエサエサぁぁああああ!」
二人組の笑みが引き攣っていく。
だめだこりゃ、とでも言いたげな表情。
モンクが俺のいる場所と反対の通路を指差した。
「いいか? そこの階段を降りたところであの女を待ち伏せる。見た感じ、不意打ちに適した物陰があった」
モンクは上の階層でミストを見かけたと言っていた。
おそらくミストはこれからこの階層へやってくる。
無言で様子をうかがっていた俺は、物陰から身を出した。
禿頭が俺に気づく。
「あ……? なんだおまえ? 今の話、盗み聞きしてやがったのか?」
「どうしようもない連中だな、おまえら」
モンクが血走った目で俺を睨みつける。
「は――はぁあ゛あ゛!? この僕になんて口利いてんだ小僧ぉぉおおおお!? ぶっ殺すぞぁ!? あぁわかったわかったぁ! じゃあおまえも、ヒトの尊厳を全部打ち砕いてから魔物の餌にしてやるよぉぉお゛お゛!」
キレやすすぎだろ。
二人組も武器を構える。
「けっ! 善人気取りの青臭ぇクソガキのお出ましかよ! とっとと殺しちまおうぜ、邪魔くせぇ」
「クキキ! 遺跡で人が死ぬのは普通のことだしなぁ!? お! おれっちイイコト思いついたぁ! 手足を切り落としてから、こいつ生きたまま魔物に食わせよーぜぇ!」
俺はてのひらを突き出した。
「ちょっと待った」
「あぁなんだぁ!?」
「俺が悪かった。頼む、助けてくれ」
「ぶはっ!? 相手が格上だとわかった途端、命乞いかよ!? クソだっせぇガキだなぁ! けどなぁ、吐いた唾ってのはもう飲み込めねぇ――」
「【パラライズ】」
ピキッ、
ピシッ――
「んだ、よぉ、ぉ――、……ん?」
「なん、だ……? 動け、ない……?」
今、こいつらと対峙してみてわかった。
あの四人組とこいつらでは強さの格が違う。
こいつらは、隙だらけ。
不意打ちの必要すら、ないほどに。
「なん、で……?」
目を見開いたままモンクが戸惑う。
「何を、し……た?」
「さあな。それより――」
モンクの正面に移動。
耳もとで、囁く。
「誰を、ぶっ殺すって?」
「ひっ――」
短いモンクの悲鳴。
怯えが滲んでいる。
「な――な……なんだ、おま……え? 急、に……別人……みたい、な……」
「クク、悪ぃな」
自分のクズさに、イイ意味で反吐が出る。
あいつらを思い出すからだろうか?
「おまえらみたいなのを”駆除”すると――不思議と、気分がいい。これが意外と、悪くない」
「え?」
それだけではない。
当然、ミストへの肩入れもある。
俺も人間だ。
こいつらとミスト。
どちらの側に肩入れするかは言うまでもない。
正しいとか、間違っているとかではない。
どちらの側につくか。
それは、俺が独善的に決める。
トーカ・ミモリが誰の側につくかは、この俺にのみ決定権がある。
よって、好きにやる。
「確か遺跡で人が死ぬのは、普通のことなんだよな?」
複数対象指定。
「【ポイズン】」
三人が、毒状態になる。
「う、げ、ぇっ……な、にっ!? なん、だ、ぁ、ぁ……っ」
「ぐ、ぐるじ……っ」
「助、け、ぇ――」
モンクが憎悪を込めて俺を睨む。
「覚え、て、ろ……必ず……後、悔させ、て……や、る……ッ」
「カカカッ、馬鹿かおまえ? だからこそ――」
歪んだ笑みで嗤いかける。
「ここできっちり、潰しておくんだろうが」
おまえらは俺を殺そうとした。
だから、俺もおまえらを殺す。
「ぐっ!? ぐ、ぅ、ぅ……」
俺は気づいた。
複数の魔物の気配が、近づいてきていることに。
「結局」
去り際、俺は言い捨てた。
「魔物の餌になるのは、おまえらの方だったな」