ミルズ遺跡、攻略開始
遺跡の周囲は柵で囲まれていた。
各地の遺跡はこうして管理されているそうだ。
ここミルズ遺跡もあの侯爵が管理している。
遺跡の近くに建物があった。
小さな砦といった感じだ。
管理側と思しき人間が行き来している。
大半が武装していた。
魔物が地上へ蔓延るのをここで阻止するのだという。
「そういえば、侯爵様は自前の兵で攻略しないのですか?」
遺跡へ入る前、荷物チェックの担当官に尋ねてみた。
「使えそうな傭兵はクレッド様の私兵として取り立てられたりもするからな。ここへ訪れる傭兵にとって、遺跡攻略は”上がり”を手にできるかもしれない絶好のアピールの場でもあるんだよ」
根無し草の傭兵。
貴族お抱えの私兵。
後者を望む人間が多い、と。
「何より新層攻略は危険がつきものだからな。クレッド様も、なるだけ馴染みの私兵は失いたくないんだろう」
傭兵なら使い捨て感覚で送り込めるわけか。
俺は素直に感心してみせた。
「あなたは物事の裏までちゃんと見通している方なんですね」
「ま、まあなっ」
まんざらでもない顔をする担当官。
頬の緩みを抑えられていない。
褒められて悪い気のする人間は少ない。
女神に褒められた時の小山田のように。
チェック担当官が周囲をチラチラ確認する。
担当官が、声を潜めた。
「君にだけ特別に教えてやるよ。実は新層の地図作成や魔物の棲息場所の情報はけっこうな金になる。それをクレッド様があとで買い取るのさ。ま、基本的に早い者勝ちだがな?」
裏の儲け話ってやつか。
構造がわかってきた気がする。
まず先発隊として傭兵を新層へ送り込む。
傭兵から新層の情報を得る。
強い魔物は腕利きの傭兵が倒す。
これらによって可能な限り安全を確保する。
のちに侯爵が私兵を使い次の新層を探索する。
で、また新層が見つかったら募集をかけると。
よくできている。
「ん? これはなんだ?」
担当官がピギ丸水晶を見つけた。
「商売道具です。といっても”将来なれたらいいな”という段階ですが……まだ、駆け出しなもので」
俺はできるだけ照れ臭そうに言った。
「占い師見習いか。君は多才なんだな。がんばれよ」
「ありがとうございます」
ピギ丸水晶はあっさりチェックを通った。
最後は首から下のボディチェック。
これも問題なく通過。
ちなみに男には男、女には女の担当官がつく。
意外と細かな気配りはあるようだ。
担当官が記帳を終える。
「気をつけてな」
「貴重なお話、ありがとうございました」
チェック中、他にもいくつか情報を得られた。
聞けば傭兵には生意気な連中も多いとか。
露骨に見下してくる者もいるそうだ。
だからこそ先ほど俺が演じていた腰の低いタイプには、好感を持てたらしい。
▽
遺跡内の壁に手を触れる。
「上層部は、皮袋の灯りはいらないな」
壁に埋まっている石が淡く光っている。
この層で松明類は必要なさそうだ。
地下輝石。
壁から掘り起こすと光を失う。
周囲の壁ごと引っぺがしても光は失われるという。
原理は不明と聞いた。
この輝石はまんべんなく全層にあるわけではない。
なので存在しないエリアや深層では灯りが必要となる。
これらも担当官から聞いた情報だった。
「ぶルぐゥぁァ!」
魔物の鳴き声。
通路の奥で一瞬、逃げ惑う傭兵たちが見えた。
「ひえぇぇ! 小牛鬼だぁ! 事前情報にねぇ魔物じゃねぇか! おそらく、新層帯から出てきたんだぁ!」
「新層発見後は先に入る方がやっぱ不利だぜこれぇ!」
「逃げろぉ!」
小柄な牛人間みたいな魔物が傭兵たちを追いかけていく。
廃棄遺跡のミノタウロスを思い出す。
あれの小型版な感じ。
同じ金眼。
ただ、威圧感が比較にならないほど薄い。
あのミノタウロスと比べると、さすがにな……。
「がァぁア――ぶモもォ?」
小牛鬼が俺に気づく。
こちらへ身体を向けてきた。
ターゲットを切り換えたらしい。
「ぶルるゥ! ぶ――ガ、ぁァあアあアっ!」
ニョロリッ
首の脇に突起が出てきた。
「ピ!」
”こっちくるよ!”
といった感じで、ピギ丸が鳴く。
「ああ、わかってる」
今日のピギ丸は見張りに気合が入っている。
あの水場での失点を取り戻そうとしているのか。
俺はあれを、失点とは思っていないのだが……。
まあ、気合が入っているのはいいことだ。
「ブるモぉォぉオおオ゛お゛――ッ!」
小牛鬼が突進してきた。
手を突き出す。
「【パラライズ】」
ピシッ、
ピ、キ――
「ぶ、ブぉ!? ブ……も、モ……?」
「【ポイズン】」
麻痺も毒も成功。
腰の短剣を抜く。
魔物の皮膚に、刃を突き立ててみた。
グサッ
「ぶッ、も!」
刃が埋まる感触が伝わってくる。
刺さった。
刃を抜く。
「やっぱあの廃棄遺跡の魔物の皮膚が、硬すぎただけみたいだな……」
少なくともこの魔物には、短剣の刃は有効。
素材として皮などを剥ぐのはできそうだ。
死を待つ間、他の傭兵は現れなかった。
小牛鬼が力尽きる。
レベルは、上がらなかった。
予想はしていたが経験値は低いようだ。
いや、廃棄遺跡の魔物の経験値が多すぎたのだろう。
俺はその場を立ち去った。
やや遅れて、背後の方に気配と声が近づいてくる。
「あ、あっちです! 小牛鬼が出たのは! お願いします!」
「はい、任せてください!」
「くっそぉ! だから新層発見後は嫌なんだよ!」
「仕方ねぇだろ! 新しい層の発見後は、しばらくすると一緒に新しい魔物も出てきやがるからな!」
「とはいえ宝は早い者勝ちだしなぁー! 毎度ながら、ここは葛藤するぜー!」
俺は気にせず角を曲がる。
背後の角の向こうで、複数の気配が立ち止まった。
「し、死んでる……」
「他の傭兵が、倒したようですね」
「ていうかこいつ……傷がないぞ? 術式か? これといって、死体に変わったところは見当たらないが……」
「微妙に肌が土気色っぽく変色している気はするな」
「まさか、最近たまに噂を聞く呪術ってやつか?」
「いや、待て。よく見ると、ここに傷がある」
「この傷、短剣だよな……?」
「はぁぁ!? 短剣で一撃ぃ!? 小牛鬼を!? どんな手練れだよ!?」
短剣で一撃では、ないのだが。
「…………」
俺は、さっさと下の階層へ向かうことにした。