黒に染まる水晶
水晶の前に立つ。
緊張してきた。
自分を査定されてるみたいだ。
つるりとした表面。
手を、近づける。
「ごくっ」
てのひらを置く。
ピトッ
ほのかな淡い光が表面に浮かんだ。
優しい光。
弱々しいとも言えるが……。
色は紫。
金や銀、黒や白の方が特別なイメージがある。
紫か。
今までの測定では初めて見る色だが。
というか、これ。
今までで光が一番弱くないか?
「では次の方、どうぞ」
女神、まさかのスルー。
水晶測定、初コメントスルー。
ひと言の凡コメすらない。
冗談だろ?
「あの、俺の評価は――」
「次の方〜!」
無視された。
なかったことにされた。
トボトボ。
元の場所へ戻る。
空気モブ。
異世界でも、空気かよ。
ま、これが現実だよな……。
異世界にきたところで特別になんてなれない。
なれるわけがない。
これが俺だ。
三森灯河だ。
いいんだ、これで。
序列は存在する。
いつでも。
どこにでも。
どうしようもなく。
俺のあともしばらく平凡な結果が続いた。
だが俺よりは結果がマシだったらしい。
女神もにこやかにコメントしている。
凡コメではあるが。
測定もいよいよ終盤となった。
「前半に粒が揃っていたようですね〜」
女神が頬に手をあてる。
「ですがS級が三人にA級が二人なら上々すぎます。高望みしすぎるつもりはございませんよ〜」
あいうえお順。
や行。
2−Cでは次が最後だ。
安智弘。
安が水晶に手を置く。
物凄い緊張感を漂わせている。
「ご、くっ」
息をのむ安。
自分の命運を託している感じ。
同時に何か、信じている感じ。
ローブ男の顔がクワッとなる。
「むっ!? こ、これはっ!?」
水晶が黒く染まった。
立ちのぼる黒い煙。
水晶から煙がモクモクと放出されていく。
ローブ男が目を剥く。
「女神さま! こ、これは――」
「そうですね……昔、同じ反応がありました。暗黒の勇者と呼ばれた、最強の男と同じ反応です……」
安の口が弧を描く。
「くひっ」
引き攣った笑い声。
「だと、思ったさ――そろそろだと、思ってた」
安の目つきが変わった。
女神に堂々と安が尋ねる。
「僕のランクを聞かせてもらおうか、女神よ!」
今までのオドオドした安ではない。
口調まで変わっている。
女神が答えた。
「あなたはA級です」
「ふん、小山田レベルか。あの禍々しさは、S級だと思ったのだが……」
憤慨した小山田が安に詰め寄る。
「あぁ!? んだとコラァ安ぅうう!? てめぇ今このおれを呼び捨てにしやがったのかぁ!? ちょっと結果がよかったからっていきなりチョーシくれてんのか!? 一丁前にイキってんのかよオラァ!」
一瞬ビクッとする安。
積み重ねた習性のせいか。
しかし安はすぐに食いさがる笑みを浮かべた。
「同格だろ、もう僕らは」
「あぁ!?」
今度は安が、挑みかかる顔で小山田に詰め寄る。
「A級同士仲良くしようじゃないか。なあ――」
興奮気味に安は言った。
「小山田?」
「調子コキやがってオラァ! 安てめぇぶっ殺す! この――ぅっ!?」
瞬きほどの速さだった。
二人の間に割って入ったのは、女神。
両腕に魔法陣みたいなものが巻きついている。
魔法発動の準備ができている。
そういう感じ――なのか?
「せっかくのA級勇者同士で諍いなど勘弁してください。口げんか程度であれば多少は看過しますが、本気で勇者同士が戦うことは許しません」
女神、ニッコリ。
「A級勇者は、貴重な人材なのですから」
小山田は動こうとしなかった。
安は一歩、後退する。
寒い。
冷える。
背筋が、ビリビリする。
女神の威圧?
もしくは殺意ってやつか?
たとえば猛獣を前にしたら、人はこうなるのだろうか?
動けない。
動き、たくない。
「もう大丈夫ですね? では次に、この世界における力の使い方などをお教えしましょう」