表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/421

暗雲の調べ


(さて……魔物を、探さないと)


 綾香は腰を上げて歩き出した。

 今の服装は学校の制服ではない。

 映画や小説で目にする幻想世界の住人みたいな恰好。

 華美なデザインで若干”女”を意識させすぎな気もするが。


『異性に対して強く”異性”を感じさせる装いの方が、魔素の流れが豊かになると言われているのですよ〜。ですので、見た目のデザインにも凝っているのです。特に、S級勇者の装備に手は抜けませんからね!』


 女神談である。

 本当だろうか。

 綾香は昨日、自分で勝手に布を当てたりして露出を減らした。


(これでも少し、気恥ずかしいけど)


 綾香は露出が嫌いだった。

 だから制服の時も黒タイツを着用していた。

 とはいえ学校の制服では防護が薄すぎるのも事実。

 この装いには魔法(?)的な女神の加護も宿っているらしい。

 今は命が最優先だ。

 多少は我慢するしかない。

 諦め気分で歩き出す。


(……勇者、か)


 今では苦手な響きの言葉だ。

 まるで勇気を持つのを、強制されているようで。

 勇気を奮い立たせて邪悪に立ち向かってください。

 逃げ道を塞ぐ魔法の呼び名。

 大勢から押しつけられる勇気への期待と欲望。

 勇者。

 今は呪いの言葉にすら思えてならない。


「――――ッ!?」


 何かの気配。

 綾香は槍を構えた。


「はぁっ、はぁっ……あっ! そ、十河さん!」

「……鹿島、さん?」


 確か彼女は戦場浅葱のグループの一員だったはずだ。

 今、勇者たちは自然とグループにわかれている。

 派閥。

 教室にいた頃と、変わらない。


「どうしたの?」

「つ、伝えてくれって言われて……っ」

「まずは息を整えて。私は逃げないから」

「ごめんなさい……あ、ありがとう……」


 鹿島小鳩。

 クラスでは比較的おとなしい印象の子である。

 しかし、ここにいるということは――


(女神の最初の試練を、突破したのよね……)


 眠っていたから試練の現場は見ていない。

 だが、彼女は虫も殺せなさそうな子だと思っていた。

 あるいは、


(戦場さんが、何か細工をしたのかも……)


 戦場浅葱は悪知恵の働く人物という印象がある。

 何か細工をして小鳩を”合格”させたのかもしれない。

 小鳩の息が整う。


「あの……すごく強い小牛鬼こぎゅうきって魔物が、お城の人の間違いでまじっちゃったらしくて……小さい牛人間みたいな魔物らしいんだけど……だから、その……今すぐ集合地点に戻った方がいいかもと、思って……」

「わざわざここまで走って、私にそれを伝えにきてくれたの?」


 小鳩は運動が苦手なイメージがあった。

 気も強くない方だと思う。


「う、うんっ……十河さんは、生き残るべき人だから……っ」


 少し引っかかる言い方だった。

 まるで自分は最悪、死んでもいいみたいな――


「鹿島、さん?」


 違和感に気づく。

 小鳩の表情が、凍りついている。

 綾香の背後を小鳩が指差す。


「あ、あれ……」


 綾香は振り返った。


「ブっモぉルるルるッるゥぅ! ブ、ごォぉォおオお――――ッ!」


 頭部が牛の人間。

 体躯は小柄な部類。

 が――怖気を引き起こす、威圧感。


 金眼の魔物。


「ブんンぉォおオお――ッ!」


 突進、してきた。


「鹿島さんは私の背後に! できるだけ離れて! 私が相手をするから!」

「で、でも――」

「大丈夫! 任せて!」

「は、はいっ!」


 構えを取る。


(やれる、か?)


 スゥゥゥゥ……


 呼吸を、整える。

 心の震えを止める。

 しかと、相手を目で捉える。

 祖母の言葉を思い出す。


『この技はタイミングと平常心が命だよ』


 小牛鬼が迫る。

 接触――


 パシィッ!


「――――――――ッ」


 ドッ、ガァァァンッ!


 仰向けの体勢で、小牛鬼が、地面に激しくめり込む。


「げ、ゴ、ぃ……ッ、ご、ボっ……!?」


 魔物が口から血泡を吐き出した。

 受けた衝撃で、小牛鬼は動けなくなっている。


「鬼槍、流――」


 小牛魔を圧するは、十河綾香。


転槍てんそう崩落十字ほうらくじゅうじ……」


 稽古の時、技の使用時はその名を声に出せと教えられた。

 意識に染み込ませるためだよ、と祖母は言った。

 あの頃の癖が今も抜けていない。


(でき、た……)


 相手の力と勢いを利用する技。

 合気道の論理に近いだろうか。

 最初に相手の脇のあたりに槍を引っかける。

 ここで相手の身体を支える”軸”を崩す。

 直後、相手の懐へ自分の身体を素早く捻じ込む。

 相手の勢いを利用しながら、槍を基軸に、相手の身体を絡め取る。

 これで最終段階前の十字型が完成。

 転じ、十字を回転させるように相手を地面へ打ちつける。


 鬼槍流――”転槍・崩落十字”。


 鬼気迫る表情で魔物を見おろす。

 少しマウントにも近い体勢。

 綾香は槍を逆手に持つと、穂先を魔物へ向けた。


(殺、す……殺さ、ないと……ッ)


 強く、なるために。

 腕に力を込める。

 刹那、



「どけぇぇ十河ぉぉぉおおおおおお――――ッ!」



「え?」



 ドンッ!


 身体を、突き飛ばされた。


「きゃっ!?」


 綾香は尻餅をつく。


 先ほどまで小牛鬼を見おろしていたその位置。


 成り変わっていたのは、桐原拓斗。


 桐原が、動けない魔物へ腕を突き出す。



「【金色、龍鳴波】ぁぁああああ――――ッ!」



 攻撃的な太い金色の光が小牛鬼を消滅させた。

 荒い息をまじえながら、桐原が言う。


「これで――レベル、18……っ!」


 綾香は呆然と目の前の光景を眺めていた。

 小鳩の震える声。


「十河さん……い、今の……」


 桐原が息を整える。

 しばらくすると、彼は細い息を吐き出した。

 綾香の方を見る。

 いつものクールな顔つきで。


「サポート、ご苦労だった」

「え?」


(サポー、ト……?)


 やれやれと息をつく桐原。





 何ごともなかったかのように背を向ける桐原。

 彼はそのまま歩き去った。


「何、今の……」


 小鳩は放心状態。

 混乱を処理できていない様子だった。


「カス」


 突然の声に、ビクッとした。

 小鳩も「え!?」と驚く。

 いつの間にか高雄聖が近くに立っていた。


「カスね、彼」


 綾香もようやく冷静になり、今起きたことを理解する。

 要するに今のは経験値の横取りだ。


「……聖さんって、はっきり物を言うよね」

「十河さん、あなたはあれでいいのかしら?」

「今このクラスで、なるべく波風を立てたくないから……桐原君もまだ気持ちの整理がついていないんだと思う。だから、あんな――」

「甘いわね。そんな甘い考えだと、いずれ死ぬわよ?」

「……そうかも」

「私、あなたのそういう甘いところがあまり好きではないわ」

「……うん」

「まあ――」


 踵を返す聖。


「好意を抱く余地がないほど、嫌いというわけでもないけれど」


 どう受け取ればいいかわからない言葉を残し、聖は立ち去った。

 綾香も少し遅れて小鳩と一緒に集合地点を目指す。

 途中、遠くの空に暗雲が立ち込めているのに気づいた。


(今後、クラスメイト同士で金眼の奪い合いが起こるのかもしれない……諍いのもとに、ならないといいけど……)


 十河綾香の胸中にも、今まさに、暗雲がごとき曇り空が広がり始めていた。



     □



 その日、アライオンに一報がもたらされた。



 大陸の最北端を拠点とする大魔帝の軍勢が、初となる本格的な南進を開始。



 この南進により、北のかなめと称されたマグナル王国の誇る大砦――通称”大誓壁(ナイトウォール)”が陥落。



 大誓壁(ナイトウォール)の陥落後、大魔帝の軍勢は南進を停止。



 以後、侵攻の気配はなし。



 しかし、この不穏なる報は瞬く間に大陸全土を駆け巡り、各国は早急な対策を余儀なくされることとなった。



 この報を十河綾香が知ることになるのは、森林帯の訓練を終えた日から、数えて三日目のことである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
まぁ元々殆どの生徒がカスやから今更だな
[一言] 十河さん、黒タイツは逆効果ですよ
[一言] また小山田かよって思ったらまさかの桐原拓斗!! 女の子を突き飛ばすなんて!!許すまじですわ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ