廃棄勇者
目覚めた俺は、二つ下のエリアの魔物を殺しに行った。
▽
「…………」
どれほどの時が経ったのだろうか?
一週間?
三日?
いや――意外と一日半くらいかもしれない。
時間感覚があまり正しく機能していない。
腹の減り具合と眠気だけが時の経過を教えてくれる。
それから皮袋だが、転送機能が定時復活ではない気がしてきた。
最初は使用から24時間経つと再使用できるのかと思っていた。
しかし今はバラつきがあるように感じられる。
レべリングを始めてから皮袋が使えたのは三回。
ツナマヨのおにぎり。
パックされた本マグロの刺身。
プラスチック容器に注がれた豚汁。
刺身は今までしっかり冷蔵されていた感じがあった。
豚汁に至っては作り立てとしか思えないレベル。
飲み物は緑茶と栄養ドリンクが一本ずつ。
ちなみに刺身の時は飲み物とセットではなかった。
必ずしも飲食がセットで提供されるわけではないようだ。
醤油がなかったのは残念だったが、マグロはウマかった。
また、豚汁は新しいパターンだった。
いわゆるパッケージ品ではなかったのである。
どこの誰が作ったのかは……今は考えないでおく。
いずれにせよ食糧問題は解決の方向へ進んでいた。
皮袋はおそらく繰り返し使える。
送られてくるのは基本的に食べ物や飲み物。
今は、これで十分だ。
▽
ひと眠りしたあと、射程距離の検証もしてみた。
微妙に【パラライズ】と【スリープ】には差があった。
どうやら【スリープ】は射程距離が短いらしい。
一方【パラライズ】の方は20mはいけそうな感じがあった。
ただし麻痺は意外と完全無力化とは言えない。
魔物が微妙に動けているのが、気にかかっている。
鳴き声もわずかに出せているようだし。
大活躍の【ポイズン】も射程距離を検証してみた。
こちらは【パラライズ】よりやや短いくらいの射程距離だった。
毒の射程距離は、相手が動けないので測りやすかった。
第一回射程距離検証、終了。
▽
魔物を、殺し続けた。
気づけば近場のエリアの魔物は姿を見せなくなっていた。
まるで気配がない。
殺し尽くしたのだろうか?
ミノタウロスや鳥頭のように隠れたのだろうか?
「ステータス、オープン」
【トーカ・ミモリ】
LV1229
HP:+3687
MP:+40237/40557
攻撃:+3687
防御:+3687
体力:+3687
速さ:+3687
賢さ:+3687
【称号:E級勇者】
レベルはすでに1000を突破している。
かなり上がった。
これ以上エリアをくだると、おそらく程よく拠点へ戻ってこられない。
しかもここは下より上の魔物の方が強い。
上を仰ぐ。
「そろそろ本格的に、地上を目指すか」
俺は一度、準備のため遺跡エリアへ戻った。
▽
ブチッ
遺跡帯の蔓を引き千切る。
二本絡めて強度を確保。
強度を確かめるため、引っ張ってみる。
「強度は……大丈夫そうだな」
皮袋の口を蔓紐で縛る。
キュッ
紐を肩にひっかける。
「よし、いい感じだ」
これで皮袋を肩に担ぐ感じにできる。
片手にぶら下げるよりは楽に持てそうだ。
少し残してある飲食物。
皮袋には今これらが入っている。
「じゃ、出発といくか」
寝る前、制服の切れ端にお茶を少し染み込ませて身体を拭いた。
そのおかげかやや肌の感覚がすっきりしている。
部屋を出て歩き出す。
「遺跡に到達したってことは……そろそろ、地上が近いと信じたいところだけど……」
魔物の気配のすっかり消えた遺跡帯を歩く。
この先の洞窟には確か上へ続く坂があったはずだ。
以前その辺りは偵察がてら様子見に行っている。
「ここからは道や壁にも微妙に人の手が加わってるんだな……ん?」
いよいよ遺跡帯を抜けようかという時だった。
蔓が絡まっている闇の先。
あそこ……何か、あるんじゃないか?
深い窪みのように奥まった通路。
俺はその存在に気づいた。
遺跡体の端っこな上、蔓で隠されていた。
頭を掻く。
「俺もまだまだ、注意不足だな……」
見落としがあったらしい。
俺は蔓をかき分けてその奥へ進んだ。
見慣れた宝石が姿を現す。
「二十五個目の部屋、か」
宝石に魔素を注入。
扉が開く。
「…………」
今、MP5000は使ったぞ?
他の扉と違う場所のようだ。
部屋に一歩踏み入る。
粉っぽいニオイ。
口もとを覆いながら、中へ進む。
皮袋で照らす。
うら寂しい場所。
当然ながら生命の気配はない。
設置してある家具も他の部屋とほぼ変わらない。
これといって特別な部屋ではないのかもしれない。
むしろMP消費が多い分、ハズレ部屋か……?
ただし、いた。
ローブを纏った骸骨。
皮袋を向ける。
壁を背にし、胡坐をかいている。
「そっか……あんたもここへ必死で辿り着いた廃棄者さんか。ご苦労さま、と言っていいのかな……なんつーか……大変だっただろ、ほんと」
ローブを少しのけてみる。
わき腹のあたりの骨がひどく砕けていた。
この負傷で命を落としたのだろうか?
手を合わせてから、俺は恒例の荷物漁りを始めた。
と、骸骨の手元に古びた羊皮紙が落ちているのに気づく。
「そういえば俺、こっちの世界の文字は読めるのか?」
皮袋を置き、紙を広げる。
視線を走らせる。
「……読める」
安堵の息をつく。
よかった。
召喚勇者はこの世界の文字も読める仕様らしい。
「ええっと、何々……?」
”この廃棄遺跡でこれを読んでいる者が誰かいるのだろうか? ああ、まずは自己紹介をしよう。私の名はアングリン・バースラッド。人は私を”大賢者アングリン”と呼ぶ。しかし者によっては、かつての名の方が通りがいいかもしれない。その名とは――”
「え?」
”暗黒の勇者、アングリン”