遺跡エリア
景色が一変したせいだろうか。
単純化されていた思考が急速に色を取り戻す。
「あの蔦……食えるかな? ん?」
何か、くる。
「ボー……ぼー、ボひョぉォぉ〜……」
フヨフヨ浮いている球体。
単眼の魔物。
金色の巨大な目玉。
黒目に相当すると思われる濃い金色の部分が忙しなく動いている。
球型の体躯からは何本も腕が生えていた。
腕の形は人間のものに似ている。
ブッシュゥゥゥ……ッ!
身体に点在する突起の先から酸を噴き出している。
やはりここにも魔物が居ついている、か。
「ひォぉ、ギょ、ォぉォぉオぉ゛オ゛お゛――――ッ!」
突然、甲高い音を発する魔物。
ハウリングみたいだ。
鳴き声だろうか。
単眼が小刻みに痙攣し始める。
生えている複数の腕が、魔法陣をリング状に纏った。
まるで、サイズの合っていない腕輪みたいに。
小山田と安の諍いを女神が止めた時のアレに似ている。
「【パラライズ】」
俺は先手を打った。
「【ポイズン】」
ビリビリッ!
バチチッ!
「ボょォっ!」
単眼の身体に激しい電撃が続けざまに走る。
どうやら魔法が暴発したようだ。
首が吹き飛んだリザードマンの時と同じ感じ。
「ギ、ぎュ、ぃ……、――――」
煙を上げ、魔物が白目を剥く。
「オ、げッ、ぇ、ェ――、…………」
俺はそいつの死を待った。
最初の【パラライズ】のゲージが残り少なくなる。
「【スリープ】」
魔物が目を閉じる。
しばらく待つと、魔物は毒で息絶えた。
【レベルが上がりました】
【LV957→LV961】
まだ上がる。
「これ……」
限界値が999でないなら、LV1000越えもありうるのか?
辺りを見渡す。
「ひとまずこの辺の様子を、見てみるか」
周囲を警戒しながら近場の探索を開始する。
地上までどれくらいなのかはわからない。
ひとまず寝泊りできる拠点を確保できるといいのだが。
遺跡帯でドアのようなものをいくつか発見した。
しかし、固く閉ざされていた。
押しても引いても開かない。
スライドさせるための取っ手もない。
「ん? この宝石――」
俺は気づいた。
皮袋の宝石を思い出す。
「魔素を注入しろって、ことか?」
俺は魔素を注入してみることにした。
宝石のゲージが溜まっていく。
あ、そうだ……。
「ステータスオープン」
ステータスを表示。
MP:+31345/31713
これで注入しながらMPの減り具合を確認できる。
どのくらいの魔素量でゲージが満タンになるかがわかるわけだ。
ゲージが満タンになる。
減り方を見るに――必要なのはMP1500くらいか。
扉が微細な振動を始める。
左右に開いていく。
警戒しつつ足を踏み入れる。
「広さは、八畳間くらいか」
石製の椅子や卓が目に留まる。
家具らしいものもいくつか確認できる。
粗末な布が地面に敷かれていた。
かつての住人はここで就寝していたのだろうか?
中は無人だった。
椅子に座る。
「あぁ、なんかいいなぁ……」
久々のこの”椅子に座る”って感じ……。
改めて自分が文明っ子なのだと実感する。
「さて」
立ち上がってドアのところへ行く。
宝石は色を失っていた。
再度ステータスを表示。
試しに魔素を再び1500ほど宝石に注入。
微振動を発しながら、ドアが閉まった。
「なるほど」
開閉ごとに魔素が必要、と。
魔素をもう一度、注入。
ドアを開き、俺は外へ出た。
他の部屋も調べてみることにする。
二つ目の部屋は空だった。
同じような造りで石製の粗末な家具があるのみ。
三つ目の部屋も同じだった。
七つ目の部屋までは、既視感のある光景が続いた。
が、八つ目の部屋は違った。
いたのだ。
人――だったものが。
二体の骸骨。
「この遺跡帯まで辿り着いた廃棄者も、いたのか……」
どちらも衣服と軽鎧を纏っていた。
いずれもかなり古びている。
服装と骨格からして、男女一人ずつと思われた。
いつの廃棄者なのだろうか。
二人の骸骨は壁を背にし、並んで座っていた。
まるで、互いに寄り添うように。
見ると手を繋いでいた。
命からがら、この場所へ逃げ込んだのだろう。
外には凶悪な魔物がいる。
出て行けば殺される。
外へ出ることもできず、
水も食料もなく、
ここで共に逝くことを選んだ。
部屋に争った形跡はない。
彼らは共に死ぬことを、受け入れたのだ。
「……なんか立派だよ、あんたら」
俺はそう声をかけてから、骸骨の持ち物を漁り始める。
ゴソゴソ
感傷的になっている場合ではない。
何か役立つものを、探さないと。
俺だって死ねばこうなるかもしれない。
少し気が引けつつも何かないか探す。
立てかけてあった剣は刃こぼれしていた。
杖に至っては、折れて水晶部分が破損している。
「……だめか」
服は今の制服と外套でも十分だ。
着慣れたものの方が動きやすい。
何より衣類の傷み具合も同じくらいだった。
衛生的にもそう変わるまい。
ん?
懐のポケットに小さな袋が入っているのに気づく。
取り出すと、重みを感じた。
中身を確認する。
「宝石か、これ?」
青く煌めく石が、袋いっぱいに詰め込まれていた。
よく見ると中には銀貨らしきコインも数枚入っている。
地上で換金できるかもしれない。
銀貨も使える時代のものだといいが……。
いずれにせよ金銭価値のありそうなものはありがたい。
どんな世界でも銭金は必要だろうからな。
二人の骸骨に声をかける。
「悪いけど、こいつはもらっていくぜ」
宝石の小袋を制服の裏ポケットに仕舞う。
しかし……これで一つ重要なことがわかった。
おそらくこの部屋、魔素で閉じれば安全地帯になる。
この辺の魔物は魔素の注入行為ができないと思われる。
あるいはそれで開くことを知らないのか。
ともかく、ようやく寝床が確保できたかもしれない。
皮袋のおかげで水分と食料も安定供給の目処が立ちそうだ。
「ここを拠点にして、しばらくレべリングも悪くないかもな……」
今後の予定を頭で組み立てつつ、俺は遺跡帯の探索を再開した。
▽
探索中に単眼の球体型の魔物と再び遭遇した。
まだ俺には気づいていないようだ。
遺跡の建物の物陰から【パラライズ】を放つ。
続けて【ポイズン】。
麻痺のゲージが切れそうな頃に【スリープ】。
コンボ二順目へ行く前に、魔物は息絶えた。
【レベルが上がりました】
よし、これでMPが全快した。
俺自身のレベルの方はここの魔物の異常な経験値量で跳ね上がっているだけだと理解しておいた方がいいだろう。
だから地上へ出るまでに上げられるだけ上げておきたい。
しかし……スキルレベルの方がとんと上がらない。
まあ性能が破格な分、成長が遅いことの諦めはつくが。
そもそもスキルレベルの方は、そうホイホイ上がるものではないとも考えられる。
LVがひとつ上がるだけでぐっと性能も上がる印象だしな。
遺跡の探索を再開する。
部屋数は全部で二十四確認できた。
配置には規則性がうかがえた。
規則性に従うのなら、これで全部のはずだ。
俺は空の部屋を選んで、そこを拠点と決めた。
少し休憩を取る。
拠点部屋でひと休みを終えると、俺は立ち上がった。
「それじゃ、始めるか」
レベリングを。
こうして俺は遺跡帯でのレべリングを開始した。
ここはあの単眼の魔物が巣食っているエリアらしい。
単独行動している単眼を狙って殺し続けた。
狩りを始めて半日ほどが経っただろうか。
単眼の魔物が姿を見せなくなった。
俺は一度拠点へ戻って皮袋の宝石を確認した。
まだ色は戻っていなかった。
確認を終えると、部屋を出て一つ下のエリアへ向かう。
いつものスキルコンボで下のエリアの魔物たちを殺した。
しばらくするとそのエリアの魔物も出てこなくなった。
俺はまた拠点に戻った。
皮袋の宝石の色が、戻っていた。
その日の食事はブロック型の栄養補助食品と、ペットボトルのウーロン茶。
今の俺に栄養補助食品はありがたい。
前の世界でよく目にしていた食品パッケージ。
ほんの一瞬だけ異世界にいるのを忘れさせる。
「フルーツ味か」
俺、意外とこれ好きなんだよな。
「カコッ……」
最初は奥歯で軽く噛み砕く。
若干しっとりしたクッキーのような噛み心地。
「サクッ、サクッ……ほくっ、ほくっ……」
口内でブロックがホロホロとバラけていく。
ふんわりした独特の甘みがホワァッと広がる。
鼻の方にもほのかな甘みがフワッと抜けていった。
しかし、口の中がここでやや乾き気味になる。
すかさずウーロン茶を投入。
「ごくっ、こくっ……んむっ……ぷはぁっ」
口内の甘さが渋味でキュッと引き締められた感じ。
悪くない。
クッキー生地も水分を吸ってのみ込みやすくなった。
これをグルメと呼ぶには程遠いのかもしれない。
だが、俺は意外とこういう食事が好きだった。
食事を終えた俺は、栄養補助食品の箱の紙を千切った。
気休めではあるが、硬めの紙片で歯を磨く。
ドアの前には念のため腐竜の骨を設置しておく。
ないとは思うが、魔物の侵入率がゼロとも限らない。
まあ、浮遊しているあの単眼だと骨の警報装置は無意味だが……。
とはいえ単眼の方は大丈夫だと思う。
侵入できるのなら、この辺の部屋のドアがいくつか開いているはずだ。
俺は自分にそう説明して眠りについた。
久々に、少し安心して眠ることができた。