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辿り着いた先


 リザードマンは例の弱い酸性の沼から出てきたようだ。

 身体に付着していた液体がそれっぽかった。

 さすがに俺はあの沼を通れないだろう。

 なのであいつらの棲み家まで行くのは難しいと思われる。

 二体の腐竜の登場した穴の先も同じく、例の沼に繋がっていた。


 魔物に玩具にされていた廃棄者たちの骨は捨てた。

 捨てたのは色んな骨が詰め込まれていた例の窪みにだ。

 地面が硬いから埋葬はできそうにない。

 今の俺にはこれが精一杯である。

 微妙に酸で溶けていた骸骨の衣類は、重しをくるんで酸の沼に沈めた。

 ここだとアレらは魔物のオモチャにされる。


 そうして殺戮と後始末を終えた俺は、上を目指して出発することにした。


 緩い螺旋状の坂を無心でのぼる。

 疲労が足に蓄積していくのがわかる。

 しかし少なからず補正値も効果を発揮しているのだろうか?

 召喚前よりはスタミナも脚力も上がっている気がする。

 俺は、ひたすらのぼった。

 そうして、ようやく上層へ届こうかという時だった。


 魔物と出くわした。


 双頭の豹人。

 ワータイガーという魔物が連想された。

 二匹。

 体躯はゆうに2メートルを超えているだろうか。

 肌の色などのベースの特徴は今までと同じ。

 酸を噴き出しているのも変わらない。

 俺が知る豹の顔と比べると異形気味なのも、変わらない。

 双頭豹たちにはこんな雰囲気が漂っていた。

 

”ようやく次の獲物がきやがった”


 俺の気配を察知して上から降りてきたのだろうか?

 殺意を感じ取る。

 トカゲどもと同じ遊び殺しの嗜虐性も放たれていた。

 腕を上げる。

 豹頭の双眸が細まった。

 小馬鹿にする表情。


”何をしていやがる? おまえが何をしても無駄だぜ、ニンゲン?”


 まるで、そんな声が聞こえてくるようだった。

 右手側の双頭豹が地面を踏みしめる。

 動き出し――初動の直前。

 最も意識の空隙が発生する瞬間。

 俺は、この遺跡でそれを学んだ。


「【パラライズ】」

「ゴ、ごァぁ――、……ッ!?」


 右手側の双頭豹が踏み込んだ体勢のまま停止。

 もう一匹はポケッとした顔をしている。

 何が起こったのか理解できていない表情。


”あの貧弱な人間が……何か、したのかっ?”


 理外の現象を目にした反応。

 そしてもう一匹の双頭豹は気づく。

 自分の身体が、動かないことに。


「【ポイズン】」


 次に双頭豹が気づくのは、自らの身体の変色。

 そして、変調。

 当然【パラライズ】と【ポイズン】は複数対象指定。

 ここで一瞬、俺の中に迷いが生じる。

 検証したかったこと。


 死ぬ時に魔物と距離があっても、経験値は入るのか?


 今、試すべきか……。

 いや――初遭遇の魔物だしやめておこう。

 大量の経験値を持つレアな魔物だったりするかもしれないし。


「ぐ、ゴ、ごァぁ……ッ」


 しばらく待つと、二匹の双頭豹はほぼ同時に息絶えた。


【レベルが上がりました】

【LV665→LV692】


 なかなかの経験値。

 ただし莫大と言えるほどではない、か?

 絶命した双頭豹の脇を通り抜ける。

 そのまま先へ進み、俺は一つ上のエリアへ到達する。

 またも洞窟っぽい場所に出た。

 しばらく歩くと、


「あ」


 さっき見たばかりの魔物と、出くわした。

 六匹の人型双頭豹。

 円を作るように座り込んでいる。

 魔物たちが一斉に俺を見た。


”あ? こいつ、下のやつらと出遭わなかったのか?”


 そう言いたげに見える。

 しかし魔物たちは、すぐさま喜悦を漂わせた。


”次の遊び相手が、やってきた”


 そんな感じ。

 と、うち一匹が脇に置いてあった何かを手にする。

 両端に人間のドクロをくっつけた紐状の何か……。

 どことなくヌンチャクを連想させた。

 一匹がそれを手にし、振り回し始める。


 ブンブンブンブンッ!


「ゴがァぁッ♪ が、ガっ♪ がァぁー♪」


 隣の双頭豹がドクロヌンチャクを指差す。


「ゴ、ぁ、ァ、ぁ、ァ、ぁッ!? が、ガっ!?」


 こちらも嗜虐的な表情。

 なんとなく言わんとしていることはわかった。


”どうだ? どうだ? おまえの仲間だぞ? 怖いか、ニンゲン?”


 腕を突き出す。


「【パラライズ】」

「――ォ……? ぐ、ゴっ!?」

「【ポイズン】」



     ▽



 俺の眼下には今、六匹の双頭豹の死体が横たわっている。

 先ほど【ポイズン】をかけたあと、俺は最初に殺した二匹の場所まで戻ってみた。

 少なくとも500メートルは離れていたと思う。


 レベルは、上がらなかった。


 500メートル離れていると経験値は得られない。

 二匹で”LV665→LV692”だった。

 そのあと倒したのは六匹。

 1くらいは上がってもよさそうなものだ。


「原理は不明だけど……離れすぎていると経験値は入らない、と」


 経験値がフイになったのは残念だ。

 しかし、気になっていた検証が進んだのは喜ばしい。


「…………」


 俺は落ちていたドクロのヌンチャクを手に取った。

 分解し、頭蓋骨を外す。

 頭蓋骨を脇に抱え、少し来た道を戻る。

 目指すのはさっき見つけた壁にくぼみのあった場所。

 二つの頭蓋骨を、そのくぼみに並べて入れる。

 手を合わせる。

 ドクロを気持ち悪いとは思わなかった。

 むしろ親近感すら覚える。

 俺と同じ廃棄者たち。

 よくここまで、のぼってきたと思う。


「…………」


 俺は、先へ進んだ。



     ▽



 岩肌の剥き出しになった洞窟が長く続いた。

 曲がりくねったゴツゴツした道。

 延々と続く似た風景。

 けれど道は確実に上へと向かっていた。

 着実に地上へ近づいているのがわかる。

 徒労感はそれだけでかなり緩和されている。


「――っと」


 皮袋の光がフッと消えた。

 なるべく大量に注入してきたつもりだったが……。

 リザードマンを殺した時に注入した分が切れたようだ。


「ん?」


 あれ?


「え? 宝石の色……戻って、る?」


 灰色だった宝石が、黄緑色に戻っていた。

 魔物遭遇時とは別種の緊張感が胸の中を走り抜ける。

 ジャーキーは途中でもう一枚食べた。

 残りは一枚。

 コーラもあとひと口分くらいしかない。

 俺は祈る気持ちで宝石に魔素を注入した。

 下からなみなみと紫色が上昇してくる。

 ど、どうだ……?

 これは毎回、食料や水分を転送してくる皮袋なのか?

 釘とか出てこられても今は役に立たないぞ……。

 頼む……。

 結果は――


「マジ、かよ」


 煮卵おにぎり一個と、500mlの緑茶のペットボトル。


「きた……」


 食料と水分。

 不意に叫び出したくなる。

 完全確定ではない。

 が、これで可能性がグッと高まった。

 皮袋は、食料と飲み物を転送してくるユニークアイテムである可能性。

 何より嬉しかったのは――


「転送機能は、時間経過で復活する」


 煮卵おにぎりはコンビニで見かけたことがあった。

 ただ、食べたことはなかった。


 ピリッ


 包装を外す。


「はむっ……もぐ、もぐっ……、――ッ!?」


 う――ウマい……。

 味付けは濃い目の醤油ベースだろうか?

 トロっとした黄身の部分が舌の上を転がっていく。

 醤油のしょっぱさとマヨネーズの溶け合う感じがまた最高だ。

 海苔の風味がさらにそれを引き立てる。

 しかも久々の米。

 ダシか何かで炊かれた米なのだろうか?

 米粒はほんのり茶色でコーティングされていた。

 濃い攻めの味付けが怒涛の波状攻撃を仕掛けてくる。

 がっつりくる濃厚さが俺の味覚を征服していった。

 俺は緑茶のキャップを開ける。

 濃い味にすっかり占拠された口内へ、流し込む。


「ごくっ……ごきゅ……っ!」


 さっぱりとした緑茶が、口の中を洗い流していく。

 コーラとはまた違った清涼感のある飲み口……。

 得られたのは、ジャーキ&コーラとはまた別種の満足感。


「……ふぅ」


 控えめに言って……最高だった。

 緑茶は半分ほどまで飲んだところでストップした。

 煮卵おにぎりは食べ切ったが、緑茶は残しておこう。

 ペットボトルを皮袋に突っ込む。

 一応、ゴミは皮袋に入れている。

 意外と伸縮性があるらしく、皮袋にはまだまだ収納できそうだ。

 魔法の道具だからだろうか?

 生地も意外と丈夫そうなんだよな……。


 喉と腹を満足させた俺は、先へ進むことにした。



     ▽



 ひたすら上を目指してのぼった。


 のぼる、のぼる、のぼる。


 途中で何度か魔物と遭遇した。

 ここは俺の知る”ダンジョン”の定石が通用しない。

 普通は下層の方が強い魔物が出るイメージがある。

 しかしこの遺跡、上層へ行っても魔物が一向に弱くならない。

 むしろミノタウロスや鳥頭よりも強いと思われる。

 なぜか?

 俺のレベルが上がり続けたからだ。

 さすがにレベルの伸びは鈍化してきていた。

 必要経験値が増えているためだろう。

 しかし、少しずつだがレベルは上昇し続けている。

 おそらく同じ数のミノタウロスや鳥頭を殺しても、こんな風に上がり続けてはいないはず……。


「エ゛っ、エ゛ぇ、ヒょゴぇェぇ゛――――ッ!」


 下半身が馬、上半身が食虫植物みたいな魔物が闇の中から現れた。

 奇声を発し、こちらへ駆けてくる。

 一見すると間抜けにも映る姿。

 だからこそ逆に、不気味に思える。


「オっゴげッ! げぇェっ! ゴげヒぃィぃッ! お、ゲっ!」


 口らしき部位からゲロみたいに酸を吐き出していた。

 しっかり――殺意もまとっている。

 奇矯な見た目に騙されてはいけない。


「【パラライズ】」


 きっちり俺を、殺しにきている。

 

「【ポイズン】」


 自分の通る道に、俺は魔物の死体の山を積み上げていく。


「【スリープ】」


 殺して、殺して、殺した。


 皮袋の宝石の色を定期的に確認するのは怠らなかった。

 黄緑に戻ったのを確認すると俺はすぐさま魔素を注入した。

 三度目のギフトは焼きそばパンとパックの野菜ジュース。

 念願のビタミン補給だった。

 誰に礼を言えばいいのか。

 ありがたくいただいた。

 食事を終えると、俺はまた先へ進んだ。


 歩いて、歩いて、歩いた。


 長い時間そうしていると思考が鈍化していくのがわかった。

 今は独り言も少なくなってきている。

 頭や身体に小さなかゆみを感じ始める。

 洗えるとすれば緑茶だろうか?

 が、貴重な緑茶を洗髪や洗体に使うわけにもいかない。


 睡眠の方は横穴を見つけた時にそこで仮眠を取った。

 皮袋に入れて持ってきた何本かの骨の破片。

 腐竜の骨。

 横穴の近くにそれを配置する。

 いつでも、動けるように。

 しかし奇襲を受けたのは一回だけだった。

 その時は骨の警報装置が役目を果たした。

 襲ってきた魔物を殺し、俺はレベルアップした。


 俺はさらに先を目指した。


 上を目指して足を動かす。

 殺意を放つ魔物を見つけたら殺す。

 皮袋の状態を、定期的に確認する。


 同じ行為を繰り返した。

 思考はどんどん単純化されていく。

 何も考えない。

 何も思わない。

 麻痺、していく。

 思考も、感情も……。


 果たしてどれほど歩いたのだろうか。


「…………」


 顔を上げる。

 俺はついに、その場所へと到達した。


「ここは――」


 明らかに今までとは違う景色。

 廃棄遺跡。

 遺跡の名を冠するからには、どこかにはあると思っていた。

 蔦の絡まった黄土色の建物群。

 昔、文明があったのだろう。


「遺跡エリア、か」


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― 新着の感想 ―
コーラにしろ緑茶にしろ利尿作用あるからむしろ水分なくなるんですが
[一言] この世界の女神って、女神と言うより邪神そのものですね。
[一言] 22: 番組の途中ですが名無しです 2005/10/19(水) 09:50:27 ID:NeLxQjnC0 サンマの塩焼きジュウジュウ 大根おろしショリショリッ 炊き立てご飯パカッフワッ …
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