すべてを過去にするS級勇者
「そ、崩壊。ぶっちゃけさ、いずれこの2‐Cは分裂すると思うんだよねぇ〜」
「ぶ、分裂?」
前方を見る浅葱。
女神のすぐ後ろについているグループ。
桐原拓斗のグループ。
その後ろに続くのが豹変した安智弘。
列の前方に行けば行くほど現在のクラス内序列が上になっていた。
後ろの生徒ほど今のクラスでの立場が弱いわけだ。
自然とそう分別されている。
ただし浅葱はあえて後ろへ来ていた。
また、気絶して運ばれた十河綾香は今ここにいない。
姿を消した高雄姉妹の姿もなかった。
「ほら、うちのクラスって我が強いのが集まってるっしょ? めんどくせーのも多いし。絶対そのうち、今以上に派閥がくっきりわかれると思うのだヨ~」
にこにこ笑う浅葱。
「その時はおまえさぁ……もちろんウチらの派閥にくるよね? くるだろ?」
「え……?」
笑顔だが目が笑っていない。
「戦いは数だよ小鳩ちゃ〜ん? わっかるぅ? ま、胸にしか栄養いってねぇようなふんわり系ポッポちゃんにはわっかんないかな〜?」
「――っ!? や、やめて……っ!」
浅葱が胸を触ってきた。
中学の頃からいやに大きくなってきた胸。
小鳩はこれがコンプレックスだった。
ぐいっ
「あっ――」
また強く腰を引き寄せられる。
「あのさぁ? B級のアタシがD級ごときのアンタを誘ってんだよ? フツーに考えてアタシらのグループに来た方が賢いって。あ、まさかとは思うけど桐原んトコ入れてもらえるとか思ってない? ないないない! トロい上にD級のアンタが、入れるわけねーじゃん」
「でもわたし、派閥なんて……」
(あ、でも……十河さんのグループだったら……)
小鳩は十河綾香を尊敬している。
憧れもある。
お嬢さまで、美人で、スタイルもよくて。
勉強ができて、運動もできて。
強くて、凛々しくて。
優しくて。
「綾香は死ぬっしょ」
「……え?」
小鳩の胸の内を見透かしたような言葉。
心臓が早鐘を打つ。
「そ、十河さんが死ぬ? 浅葱さん、それってどういう――」
「は? マジでおまえわかんねーの? 見ただろ? さっきあのバカが女神に逆らったトコ。あんな無謀なやつが長生きできるわけねーじゃん。お嬢さんさぁ〜、勇気と無謀の違いってわかりマスカ〜? コバト、アンダースタン?」
小鳩は唾をのむ。
(それでも、十河さんはすごいよ……)
が、唾と一緒にその言葉を呑み込んでしまう。
言えない。
その、ひと言が。
「ま、小鳩ちゃんも自分の立場はよ〜く理解しといた方がいいヨ? 場合によってはね〜? 大魔帝とかゆーの倒せて元の世界に戻れたらぁ――」
ポンッ
宣告でもするみたいに、浅葱が肩を叩いてきた。
「こっちの世界での”評価”が影響した結果……2‐Cに鹿島小鳩さんの居場所、なくなっちゃうかもねぇ〜? よぉ〜く覚えておくんだよ? 理解できたかね、ポッポちゃん?」
「…………」
「おい、だから黙るなよ」
ふよ、ふよっ
「ひゃっ!?」
浅葱が胸を下から二回、持ち上げるみたいに叩いてきた。
男子の視線が集まる。
小鳩は急速に紅潮した。
胸をサッと隠す。
浅葱が周囲の男子の反応を一瞥する。
「小鳩は勇者ランク的には底辺のDだけど、男子には別の部分で効果的だろうからさぁ〜。いざという時には色仕掛けで活躍してもらうつもりだよ〜ん。だから一緒にガンバローね、ポッポちゃん?」
小鳩はまた俯いてしまう。
(ひどいよ……浅葱さん……)
ふと、前方がにわかに騒がしくなった。
「勇者の皆さま、逃げてくだされぇぇええええー!」
ローブを着ていたあの異世界人の声だ。
列をなす生徒の隙間から、血相を抱えて走ってくるローブ男の姿がチラッと見えた。
「何ごとですか」
女神が聞く。
「申し訳ございません! 指示されていた魔物を用意している最中、馬鹿な兵士が間違えてドラゴンモドキを逃がしてしまいまして!」
血相を変えたローブ男がハッと背後を振り返る。
「ピぃギェぇエえエ゛え゛――――ッ!」
曲がり角から小さな竜みたいな魔物が姿を現した。
飛んでいる。
小鳩は怯む。
(ま、魔物……っ!)
「女神さま! ドラゴンモドキは私たちでも荷が重すぎます! ど、どうかご慈悲を――」
「どけ」
桐原拓斗が、前へ出た。
「【金色、龍鳴波】ぁっ!」
「ギょギぇエえエえ―ッ!?」
金色の光線が小竜を消し炭にした。
続き、破壊音。
撃ち出した方向の天井の一部が破壊された。
「ふん……LV2になったから、威力と速度も上がったらしいな……」
場の生徒たちをしばし放心が支配した。
放心が消え去ると、生徒たちはドッと喝采を送った。
「すっげぇぞ拓斗ぉおお!」
「さすが桐原君!」
「S級勇者の名は伊達じゃねぇな!」
「カッコイイー!」
「桐原君、もう素敵すぎー♪」
「拓斗、マジ惚れる……」
桐原が首をコキッと鳴らす。
「一撃かよ……他愛ない魔物だったな。おまえらも騒ぎすぎだ。別にオレは大したことしてねぇから……ん?」
桐原がステータスオープン。
「レベルが上がったとか言われたんだが? LV10……?」
「な、なんですとぉぉーっ!?」
ローブ男が跳び上がる。
男が女神を物凄い形相で見た。
「女神さま! こ、これはっ!」
驚きと感心の入りまじった声で女神が評する。
「ええ……キリハラさんは末恐ろしい素質を持っているようですね……」
桐原が確認する。
「そこまで興味はねぇが……一応、聞いておくか。なんかすごいのか?」
ローブ男が答える。
「すごすぎですぞ! なんと驚くべき成長率……っ! 一日で二桁レベルに到達した勇者など過去に一人もおりませぬ! 最高でもLV8までと聞いております! 確か、一日でLV8に到達したのは――」
女神が安を一瞥。
「……暗黒の勇者だけ、ですね」
安が満足げに鼻を鳴らす。
自分がすごいと言われた気分らしい。
先頭の女神が振り返り、仰々しく手を広げた。
「今回の召喚は本当に素晴らしい結果でした。大魔帝とその軍勢はここ数千年の中で最も凶悪とも噂されていますが――あなたたちなら、きっと勝てます!」
女神が前方へ振り返る。
「では、行きましょう!」
「つーか女神さまよぉ、あんたおれたちをどこに連れて行こうとしてんだぁ?」
「んふふ〜」
小山田の質問に上機嫌で答える女神。
「魔物を殺した時の反応を見る限りですと、皆さまにはまず生き物を殺すのに慣れていただかないといけないみたいですからねぇ~」
(生き物を殺すのに、慣れる……?)
不吉な言葉にまたも小鳩は俯いてしまう。
「平和な場所で生活を営んでいた勇者さんたちだと、まずこれがなかなか難しいのですよ〜。精神が脆いと言いますか〜、他生物の命を奪うのにショックを受けすぎと言いますか〜。これが最初の大きな難関かもしれませんね〜?」
意気揚々と言う女神。
「で、す、が! これを乗り越えないと、今は亡きトーカさんのようになってしまうかもしれません! そうなったら、悲しいですよねぇ〜!?」
遠回しに”脱落者は廃棄する”と、脅しているのだろうか。
(怖いよ……)
心細さで小鳩は今にも泣き出しそうだった。
(これからわたしたち、どうなっちゃうんだろう……)