それを二度の奇跡と呼ぶのなら
「効いた、のか……?」
下級の魔物にすらほとんど効かない。
それが状態異常付与。
女神の言葉だ。
ミノタウロスが下級?
違うだろう。
下級の魔物が、強い勇者や戦士が送られる先にいるわけがない。
導き出される推論は、
奇跡的確率で、成功した。
起こった。
奇跡が。
女神の言葉を思い出す。
状態異常付与の効果時間は短い。
短いんだ。
急いで、逃げないと!
慌てて立ち上がる。
駆け出す。
「はぁっ、ぁ――はぁ……っ!」
座り込んでたおかげか。
少し体力を回復できた。
この奇跡、
逃して、なるものか。
「はぁっはぁっ! は、ぁ――っ!」
くそ。
息切れしてきやがった。
体力補正?
速さ補正?
上級勇者ならもっと、スタミナあるんだろうな。
くそったれ。
「ぜぇっ……ぜぇっ……っ! ――ッ!」
手で口を塞ぐ。
呼吸音、抑えねぇと。
ていうか……。
どこだ、ここ?
恐る恐る首を巡らせる。
背後を確認。
追ってきてない。
振り切った、のか?
「……っ」
足に痛み。
多分、疲労のせいだ。
前かがみになる。
膝や足首に触れていく。
捻挫とかではない――と思う。
少しだけ、休むか……。
で、そのあと地上を目指す。
どうにか、地上へ――
「う」
顔を、上げる。
俺は、固まる。
そう、だよな。
そりゃ、そうだ。
一匹なわけがねぇんだ。
つまるところ、
あの転送先が、あいつの縄張りだったってだけの話。
離れればいる。
当然、他の魔物が。
「ギぃルぶ、ビりぃ、ビぱピこッこ、ビぱピこ、ピこピこ、コけェぇェー! こェぇー!」
なんだ、こいつ……。
首が――カタカタ、揺れている。
なんか、あんな人形どっかで見たことあるな。
なんだ?
鳥系の魔物?
コカトリスとか?
そういう系なのか?
頭は鳥で間違いない。
奇形に大きく発達したトサカ。
いや……あれは角か?
ただし、鳥っぽいのは頭部のみ。
首から下は四本腕の人型。
気持ち悪い。
俺の知ってるコカトリスじゃないぞ……。
肌はミノタウロスと同じ。
黒肌に血管っぽいオレンジ線。
「おコにャ、ぱピこ」
そいつは小鳥みたいな変な声で鳴くと、
身体中の穴からドロっとした酸を、放出した。
ビチャ、
ベチャッ、
シュワシュワシュワ……
鳥頭の丸目が、俺を見おろす。
ギョロッ
「ぴコ、ぱリ、こピ。こッこッこッこッこッこッ、こェぇェー!」
ダラダラと。
鳥頭の口から涎が垂れはじめた。
食うつもりなのか、俺を。
「おコり、ポろ、コろロろロろロろロぉ、パぴッこピっコ、ぱピっコ、こロこケー! こッケぇェー! こェぇー! コろロろロろロろロろロろロろロろロろロろ――――ッ!」
気味の悪い細く高い鳴き声。
四本の腕がワシワシ動く。
爪が冗談みたいにでかい。
あれで引っ掻かれたら――重傷は、必至。
逃げられるか?
いや……無理だ。
わかる。
そもそも気配だって感じなかった。
ミノタウロスの速度。
反射神経。
その他、諸々。
桁違いだった。
今ではもはやあの場にいた桐原たちに安心感を覚えるほどだ。
どちらかを敵として選べと言われたら、今は迷わず【金色龍鳴波】を選ぶ。
悪意どころの騒ぎじゃない。
ここの魔物にあるのは――
殺意。
純然で
純粋な、
純生の殺意。
こいつらは殺しに特別な意味など見い出していないのかもしれない。
食べるための殺し?
生きるための殺し?
いずれにせよ――殺意。
ミノタウロスと比べてこの鳥頭が圧倒的に弱いとは思えない。
強いに、決まっている。
おそらくこの階層の魔物はすべて――
廃棄された強者たちを殺し尽くすほどには、凶悪。
窮地を脱したと思った。
が、
再び、窮地。
みんな、死んだのだろう。
送り込まれた勇者や戦士たち。
殺されたのだろう。
この遺跡の魔物たちに。
最後は負ける。
それなりに強くとも。
どうにか一匹、殺しても。
次がくる。
たくさんいる。
最後は消耗し、力尽きる。
体力も。
気力も。
いやだ。
死にたくない、
死にたくない、
死にたくない。
俺はまた無意識に腕を上げている。
祈る気持ちとは、こういうものか。
「――【パラ、ライズ】――」
奇跡とは、
奇跡だから、
奇跡。
都合よく、二度も起こらないからこそ――
「ご――ピ――ぎ……ッ?」
目を、見開く。
「え?」
口も、ポカンと開く。
「起こ、った……?」
動けなくなっているのか、こいつ?
どことなく鳥頭が汗ばんでいるように見える。
必死に動こうとはしている。
が、なぜか動けない。
そんな感じ。
起こった?
二度目の奇跡が?
付与された、のか?
麻痺が。
停止した四本腕が急に動いてこちらへ伸びてこないことを祈りながら、
鳥頭の横を、通り抜ける。
そして鳥頭が完全に俺の背後に来た時点で、
走り抜ける。
全力で。
その時、ある一つの仮説が頭に降ってきた。
まるで、天啓のように。
まさか、と思った。
だけど、と思った。
奇跡とは、滅多に起こらないからこそ奇跡なのだ。
二度も立て続けに起こったら、人はそれを奇跡とは呼ばないだろう。
たとえば、である。
二度のスキルの成功が奇跡ではなく――
必然、だったとしたら?
三森灯河の固有スキル。
状態異常付与。
二度も成功した。
廃棄遺跡の魔物に。
ミノタウロスは追ってこない。
鳥頭もまだ追ってこない。
仮に。
もし、
もし、仮に――
この異世界の同系統の魔術と、異世界人である俺の状態異常スキルが、まったくの別モノだったと、したら。
魔物の等級など関係なしに。
成功確率が物凄く、高いとすれば。
持続時間が物凄く、長いとすれば。
「だと、すれば――」
鳥頭のいる背後を、振り返る。
「この廃棄遺跡で、生き残れるかもしれない」