相似なる異形の怪物
振り返った視線の先。
牛の頭部を持つ人型の魔物が、いた。
ギリシア神話に登場するミノタウロスが思い出される。
「ブるルぅ! フしュぅゥぅ〜……っ」
目は金色。
血管が浮いている。
筋肉質な身体。
濃いオレンジの線が全身に走っている(血管だろうか?)。
肌色は黒っぽい。
巨大な角が枝分かれしている。
トナカイみたいに。
ベースイメージはミノタウロス。
が、異様におどろおどろしいフォルム。
特筆すべきは放出されている液体だろうか。
プチ富士山みたいな形状の突起がいくつか身体に確認できる。
突起の先には百円玉ほどのサイズの穴が空いていた。
穴から何かが断続的に放出されている。
ドロっとした液体。
液体が、地面に落ちる。
ドロッ、
ビチャッ、
シュワシュワ、
シュワァァ……
溶けている。
地面が。
背後でさっき起きていたのはアレか。
転送先の周囲の地面が比較的デコボコだった。
あれも同じ原因だろう。
不気味だ。
怖い。
「……つーか」
追いつくの、早すぎだろ。
足音は視界に入るまで聞こえなかった。
逃げられ、ないのか。
異形のミノタウロス。
女神なら勝てるのか?
桐原のあの固有スキルなら倒せるのか?
過去、屈強な勇者や戦士が廃棄されたと言っていた。
生きて遺跡を出た者はいない。
殺されたのだ。
こいつに。
勝てる要素がない。
E級の俺に。
「く、そ」
ここまで、か。
これが三森灯河の最期。
せめてひと言。
礼を、言いたかった。
叔父さんたちに。
俺に優しくしてくれてありがとう、と。
高校を卒業する日にちゃんと言おうと考えていた。
さっさと、言えばよかった。
それから十河綾香。
俺が一方的に恩義を感じてるだけだとは思う。
だけど、ひと言でいい。
礼を言いたい。
庇おうとしてくれてありがとう、と。
ヒタ、ヒタ、ヒタ
ミノタウロスが、ゆっくり近づいてくる。
余興はもう終わりとでも言いたげだ。
おそらく転送されてきた人間は、餌。
こいつは転送先のあたりをねぐらにしているのだろう。
カリッ
俺の爪が地面を擦る。
武器はない。
あるのは灯り代わりの皮袋のみ。
ステータスも外れ。
スキルは、大外れ。
「人生の当たりは……叔父さんたちに、引き取られたくらいか」
俺は立ち上がりかけた。
が、やめた。
ここで立ち上がって逃げても多分ミノタウロスの方が速い。
この距離だと、すぐ追いつかれる。
何よりさっきの全力疾走でスタミナを消耗している。
手詰まり。
万事、休す。
目を閉じる。
浮かんでくる。
記憶が。
言葉が。
『消えるならさっさと消えろよ、E級』
『いや〜でも三森が無様に死ぬ姿は見ときたかった気もするなぁ〜! すっげぇ残念だわ〜!』
『すべてを忘れて安らかに眠るがいい、三森灯河……R、I、P……』
『最期に底辺らしい強がりの遠吠え、ご苦労さま』
薄っすら目を開く。
ムカムカ、してきた。
思い通りじゃねぇか。
あいつらの。
こんな終わり方……。
納得、できるか。
歯噛みする。
「力が、欲しい――」
吠え猛るミノタウロス。
「ブるルぅゥ! ゴあァぁアあアあアあアあァぁアあアあ――――――ッ!」
威嚇か?
もしくはこれは自分の獲物だと主張している?
ミノタウロスが、手を伸ばしてくる。
俺の頭部へ。
俺も、
「ぶルぅ?」
手を、伸ばした。
ミノタウロスの方へ。
相容れることなく交差する、人と魔の腕。
わかる。
巨大な手が俺の頭部に、迫ってきている。
「……………………」
何もせず死ぬのが嫌だった。
外れスキルなのは承知している。
でも、使った。
一矢、報いたい。
溢れる悔しさが俺を突き動かした。
あるいは、ただの生存本能だったのか。
本能が”足掻け”と、告げたのか。
ひと睨みだけ。
ミノタウロスを、とらえる。
固有スキル。
状態異常、付与――
「【パラ、ライズ】」
最後の抵抗……終了。
視線を伏せる。
「…………」
数秒経って。
違和感に、気づく。
「あれ?」
何も起こらない?
今頃、俺の頭は握り潰れていてもおかしくはない。
もしくは、首を引っこ抜かれていても。
なのに――
何も起こっていない。
緊張のせいか。
恐怖のせいか。
俺の顔面はまたも汗まみれ状態だった。
ゆっくりと、
緩慢に、
顔を、
上げる。
目が一気に、見開かれる。
ミノタウロスが、
「え?」
停止、している。