混乱をもたらす者
俺たちは大通りまで戻った。
と、いくつものランタンの灯りが目に入った。
人だかりができている。
セラスが立ち止まった。
「何かあったのでしょうか?」
「……少し見てくる」
目立たないよう自然と人の輪に加わる。
人の間を縫って俺は前へ出た。
すると”それ”が目に飛び込んできた。
人だかりは一軒の家の前に集まっていた。
両隣と比べてその家だけ異質だった。
異様なのは外壁。
奇怪な模様が描かれている。
黒い紋様?
隣の女に聞く。
「何かあったんですか?」
女はウズウズしていた。
誰かとしゃべりたそうに。
予想通り女はすぐにしゃべり出した。
「アシントの仕業よ」
「ああ、例の呪術師集団の……」
「昨日の夜、アシントの連中と酒場で揉めた男がいたんですって。酒場での勝手ぶりが目に余ったらしくて、やつらに注意したとか」
「ここはその注意した男性の家なんですか?」
「そうよ」
「彼は家の中に?」
「アシントの連中に袋叩きにされて、今は治療院にいるわ」
治療院。
病院みたいな場所か。
女が首を振る。
「一緒に住んでた彼のお父さんも、さっき治療院に運ばれたの」
「まさか彼の父親も袋叩きに?」
「いいえ、お父さんの方は呪いでやられたみたいよ。呪神に牙を剥いた報いとして、父親にも恐ろしい呪いをかけてやったとか言ってたわ」
女が通りの向こうを見る。
「ちょうどついさっき、ここでアシントが意気揚々と演説していったところよ」
だからこんな人だかりができてたのか。
「あの壁の紋様は呪神とムアジに逆らった罪の証なんですって。家にいた父親は、この紋様の呪いで倒れたそうよ」
「呪いなんて、本当にあるんですかね?」
「父親が喉を掻きむしりながら家から出てきて、泡を吹いて倒れたの。でも、暴行された感じじゃなかったし……あれが呪いってやつなのね、きっと。ああ、怖い」
呪い、か。
「五竜士を殺したって話も本当なのかも。どんなに強い人でも、呪いにだけは勝てないんだわ……そりゃあ、公爵様も目をつけるわよねぇ……」
「目をつけたその公爵って、ズアン公爵ですか?」
「噂じゃそうだが、実際に抱え込もうとしてるのは魔戦王だろうって言われてるぜ」
突然、近くで聞いていた男が割り入ってきた。
俺たちの会話を聞いてソワソワしていた男。
女がムッとする。
会話に割り込まれてイラッとしたのだろう。
俺としては、話したがりが多くて助かるが。
「黒竜騎士団の崩壊はおれたちウルザの人間にとっちゃむしろ吉報だったからな。女神の影響力で守られてると言われちゃいるが、ネーアを侵略したバクオスをウルザの人間は怖がってた。”人類最強”を中心とした五竜士なんかは、魔戦騎士団や竜殺しですら勝てないと言われてたしな」
「ウルザからすれば、黒竜殺しは英雄ってわけですね」
男は力強く頷いた。
アシントの言葉を思い出す。
自分たちがウルザの救世主とか言ってたっけ。
「うちの王としてはその英雄サマを抱き込みたいんだろうさ。他の国に対抗する戦力としてな」
この期に及んで国同士でけん制し合ってるのか。
大魔帝の軍勢が動き出しているというのに。
ただこれは面白い情報でもある。
女神は各国をコントロールし切れていない。
そうとも取れる。
「…………」
魔戦王は直々に召し抱えず間に公爵をかませた。
これは他国への配慮だと思われる。
いざという時は言い逃れもできるしな……。
ズアン公爵が勝手に召し抱えていた。
王家は関与していなかった。
王家は把握していなかった。
そんな言い訳が立つ。
一方で手もとには置いておきたい。
他国に取られて後悔するのは避けたい。
ウルザの王の考えは、そんなところか。
女がため息をつく。
「五竜士を殺したっていう呪いの力はいよいよ本物みたいだし……この家の親子のことと、あのズアン公爵家に召し抱えられるって噂が本当だとすると……アシントに逆らおうなんて人も、今後は王都じゃ出なくなるわよねぇ……」
男がぼやく。
「さっさと連中が王都から出てってくれると、いいんだけどなぁ」
「シッ! アシントの人が近くにいたら、あんたも呪われるわよ!」
「おっと、いけねぇ」
男が周りをうかがう。
俺は怯えた顔をした。
「アシントって、お、恐ろしい集団なんですね……」
男が俺の肩に手を置く。
「わはは、まあ兄ちゃんも呪われんように気をつけるんだな! まあ兄ちゃんは自分より強い相手に立てつく感じにゃ見えねぇから、大丈夫か!」
大笑する男に礼を言って俺はその場を離れた。
輪のすぐ外に立っていたセラスと合流。
連れ立って、再び宿の方を目指す。
俺は得た情報をセラスに伝えた。
「アシントの言葉が偽りだと明らかになるのは、いつでしょうか?」
「魔群帯に入るまでもてばいいさ」
セラスが後ろを振り返る。
「それにしても、彼らの傍若無人さにはいささか腹が立ちます」
「どうも連中、本気で自分たちが五竜士を殺したと思ってるらしいからな……」
先日、セラスから聞いた。
初日に酒場でアシントと出会った時のことを。
あの場にいた連中はウソをついていなかった。
本当に自分たちが五竜士を殺したと信じているのだ。
多分、誰かが信じ込ませた。
連中は完全に”真実”だと信じ込んでいる。
この場合、セラスの力ではウソと判定できないようだ。
「…………」
おそらく連中のボスはムアジとやらだろう。
連中に信じ込ませたのはそいつだろうか?
だとすれば、相当な詐欺師だな……。
「ま、今の俺たちにアシントをどうこうする余裕はない。宿で荷物をまとめて今夜中にここを発つ。それが最優先だ」
「そうですね……遺憾では、ありますが」
宿の近くまで来た時だった。
ん?
「お、おやめくださいっ」
見覚えのある集団が目に入った。
集団の先頭にいる男が女の腕を掴んでいる。
女の方は一般市民か。
「我らと共に来るのです。光栄に思うことです。あなたは我々に選ばれたのですから。実に栄誉なことです。さあ、おとなしく我々と来なさい」
アシント。
連中、酒が入ってるな……。
酒の入った感じはよくわかる。
しょっちゅう酒を飲んでた実の親のおかげで。
「お、お願いします……放してください……」
「なんと無礼な女なのですか!」
「きゃっ!?」
先頭の男が女の頬を平手打ちした。
「これはいけません! あとでムアジ様のところへ連れて行って、この女を改心させるための祝福をお願いしなくては!」
「う、うぅ……」
酒に酔って女に絡んでんのか。
ほんとロクでもない連中だな……。
腕を掴まれた女は涙目になっている。
窓から様子を見ている者が確認できた。
が、助けに行く気配はない。
アシントを怖がっているのだろう。
他のアシントはニヤニヤ眺めている。
セラスが剣に手をかけていた。
が、出てはいかない。
悔しげに唇を噛むセラス。
「くっ……」
セラスは理解している。
この場で騒ぎを起こすのはまずい。
今、俺たちはトラブルを起こすわけにいかない。
ここで無闇に注目を浴びるのは危険だ。
最悪、今夜中に王都から出て行けなくなるかもしれない。
それは困る。
「とはいえ、五竜士の死はどこかの誰かさんのせいでもあるしな……連中を増長させた責任の一端は、俺にもあるか」
「我が、主……?」
「おまえは手を出すなよ」
「は、はい」
俺は少し距離を縮めて物陰に身を隠した。
物陰から手を突き出す。
目標は、集団の最後尾にいる男。
射程距離は――問題なし。
「【バーサク】」
次の瞬間、
「ガァァァアアアアアアッ!」
最後尾にいたアシントの一人が暴れ出した。
そいつが、近くにいた仲間に飛びかかる。
「うわぁっ!? どうしたのですか!? な、何を――」
ガブッ
暴性状態の男が仲間の腕に噛みついた。
「ひぎゃぁぁああああっ!?」
「離れなさい! き、急にどうしたのです!?」
仲間が後ろから引きはがそうとする。
が、暴性を付与された男はその仲間の顔を殴り飛ばした。
「ぐぁあっ!?」
「【ダーク】」
殴られた男に闇性を付与。
「ぐっ……あ、あれ? 見えない……? 真っ暗だ……目が、見えない! き、きっとおまえが殴ったせいだぁぁ! わぁぁああああ――――っ! 」
絡まれていた女が慌てて逃げていく姿が確認できた。
女が場を離れたのを見計らって、
「【バーサク】」
他のアシントにも暴性を付与。
「グガァァァアアアアアアッ!」
「うわぁぁ!? お、おまえまでどうしたのですかぁぁっ!? ぎゃぁああっ!」
「くっ!? 酒を飲み過ぎましたか! 酔いが深く回って、理性を失っているのかもしれません! お、押さえつけなさい!」
「ガァァアアアアッ!」
「くっ!? お、落ち着きなさい! この……ッ!」
「…………」
あと一人くらい、追加するか。
「【バーサク】」
「ウガァァァアアアアアアッ!」
「うわーっ!? こ、こっちも!? なんなのですかこれはぁぁああああッ!?」
やがて、
「おい、何ごとだ!?」
「何をしている!?」
数人の兵士が駆け寄ってきた。
巡回中の衛兵だろう。
通りはちょっとした騒ぎになっていた。
が、あの騒ぎと俺たちは”無関係”だ。
アシントの何人かが急に暴れ出した。
はたから見ればそうとしか映らないはず。
なので”俺たち”が注目を浴びることはない。
「ま、連中が気にくわなかったのは事実だしな」
ちょうどスキルの試し撃ちもできた。
心置きなく使える実験台は貴重な存在だ。
アシントはまだひどい混乱状態にあった。
「クカカ」
思わず凶笑が浮かんでくる。
「なかなかイイ踊りっぷりじゃねぇか、黒竜殺し」
が、ここで殺すのはやり過ぎだ。
連中にはまだまだ俺の隠れ蓑として踊ってもらわないとだからな……。
「ここで殺しちゃあ、意味がない」
宿の方へ足を向ける。
「行くぞ」
「は、はいっ」
小走りで俺に続くセラスの声は、少し弾んでいた。
というわけで、おかげさまで100話となりました。
お読みくださっている皆さまのおかげでどうにかここまで書き続けることができたように思えます。
書き切れるかどうかはわかりませんが、気力の続く限り書き続けてまいりたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。