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第71話 都市開発局の氷の魔女

 

『自分を雇うのはやめた方が良い』


 ソフィア嬢のそんな言葉に、私もお父さまも面くらってしまう。


 ひと癖ありそうな人だとは思っていたけど、やはりなかなかだ。


 でも、この人が優秀なのは先ほどの件で確認済み。

 能力だけ見れば『ぜひ来て欲しい』。


 問題はそれ以外の部分なのだけど……。


 私はしばし頭を整理し、口を開いた。


「最初に、一つ質問させてもらって良いですか?」


「どうぞ」


 表情を変えずに承諾するソフィア嬢。


 私はその雰囲気に飲まれないよう、気合を入れて言葉を続けた。


「雇用することが私にとって良いか悪いかは置いておいて、ソフィアさまご自身は私のところで働くのはお嫌ですか?」


 一瞬の間。

 眼鏡の向こうの瞳が微かに揺れた。


「嫌……ではありません。お仕えできるのであれば、むしろ光栄なことだと思います」


「では、なぜご自分を『雇わない方が良い』と仰るのですか?」


 私の問いにわずかに躊躇った後、彼女は口を開いた。


「––––私は、他の方と協力して仕事を進めることが苦手なのです。私が閣下のもとで働くことになれば、お屋敷の中がギクシャクし、トラブルの元となるでしょう。そうなれば閣下にも、ご推薦頂いた陛下にもご迷惑をおかけしてしまいます。ですので、先ほどのように申し上げたのです」


 無感情そうな冷たい声に、微かに感じる感情の揺らぎ。


 その声に、話し方に、既視感を覚える。

 私の中の苦い記憶が疼いた。




「人と話すのが苦手、という訳ではないですよね?」


「話すことは苦ではありません。ですが、私が口を開くと周囲の空気が凍りつくのです」


 ああ、分かる。

 かつての私––––回帰前の私も、そうだった。


「先ほど陛下から『複数の部署から推薦があった』とご紹介頂きました。ですがその推薦の理由には『私と一緒に働きたくないから』ということがあると思うのです。––––実際、そう仄めかされた方もいらっしゃいました」


「つまり、厄介払い、ということですか?」


 私の問いに、ソフィア嬢はきゅっとこぶしを握りしめる。


「『歩く無愛想』、『都市開発局の氷の魔女』。それが省内での私のあだ名です。––––自分が融通がきかない人間であることは自覚しています。不十分ではありますが、変わる努力もしております。ですが『話し方や表情が気に食わない』と言われたら、どうしたら良いかが分からないのです」


 彼女は淡々とそう言った。

 だけど、一瞬、わずかに視線を落としたのを私は見逃さなかった。


 ソフィア嬢が抱える孤独。

 その孤独が私には痛いほどよく分かる。


 なぜなら、回帰前の私もそうだったから。


『氷結の薔薇姫フローズン・ローズ』、『酷薄令嬢』と呼ばれ、研究室に引きこもった日々。


 そして、味方が一人もいない中で処刑されたあの日を、私は決して忘れない。


 私は回帰前の経験と、家族に恵まれた宮原美月の記憶のおかげで、家族の絆を取り戻し、新たな仲間を得ることができた。


 だけど彼女にはおそらく味方がいない。

 彼女には今、味方が必要なのだ。




「採用します」


「えっ?」


 私の言葉に、目を見開くソフィア嬢。


「ソフィアさまの優秀さは、魔石採掘権の提案で十分確認させて頂きました。ぜひ、当家で働いてください」


「ですが、私のせいで不和が––––」


「大丈夫ですっ!」


「え……」


 言葉を遮って断言した私を、彼女は茫然とした様子で見つめる。


「その程度のことは問題ではありません。何かあれば私が仲裁します。それに、ソフィアさまはご自分を変えようと努力されているのでしょう?」


「––––はい」


 確かめるように頷くソフィア嬢。

 私は彼女に微笑んだ。


「私は、逆境の中で第三書記官にまでなられたソフィアさまの努力と実績を信じます。ソフィアさまなら、必ず当家でその力を発揮し、活躍して頂けると信じております」


「……っ」


「ですから、どうか私と一緒に働いて頂けませんか?」


「…………」


 見つめ合う、彼女と私。


 彼女は微動だにせず、表情を変えることもなく、ただこぶしを握ったまま立ち尽くしていた。


 その時、彼女の頬を一筋の滴が伝った。

 眼鏡の奥からこぼれ落ちたその滴。


 彼女は眼鏡を外し、ハンカチで涙を拭うと、姿勢を正して私を見つめた。


 その瞳にはもう、迷いはない。


「どうか、よろしくお願い致します。レティシア様」


 頭を下げるその人の手を、私は両手で包み込む。


「こちらこそ、よろしくお願いしますね! ソフィアさま」


 私が微笑むと、巨大な組織の中、独りで闘い続けてきたその女性は、再び涙を流したのだった。




 ☆




 陛下への報告の翌々日。


 お父さまが用意して下さった私の執務室に、鞄を下げた一人の女性が立っていた。


「あの、引き継ぎなどは大丈夫なのですか?」


 早過ぎるスピード転職に私が動揺しながら尋ねると、その人は表情を変えることもなく淡々とこう答えた。


「問題ありません。陛下から今回のお話を頂いた段階で、引き継ぎの準備を始めておりましたから。昨日ご連絡を差し上げた通り、今日から仕事を始められます」


 わーお。

 さすが内務省の俊英。

 仕事が速すぎる!!


 念の為、昨日のうちに彼女用の事務机を用意しておいてよかったよ。


「ええと、それじゃあ、そこの机を使ってくれる?」


「はい」


 頷いた彼女は、あらためて姿勢を正し、私を見つめた。


「––––レティシア様。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願い致します」


「こちらこそ。よろしくね、ソフィア!」


 私が微笑むと、わずかに、本当によく見なければ分からないほどわずかに、彼女の顔に笑みが浮かんだ。


 こうして私たちは、新たな関係をスタートさせたのだった。



いつも応援頂きありがとうございます。

二八乃端月です。


さて、すでにお気づきの方もおいでかと思いますが、先日より本作の出版情報が出始めました!


出版日は、6/15の木曜日。

イラストをご担当頂いたのは、YOHAKU さまです!!


実はこのYOHAKUさま。

外国の方なのですが、私がTwitterでイラストを見て一目惚れし、担当編集様にお願いしてオファーして頂き、本作を引き受けて頂いた経緯があります。


ぜひ画像検索してみて下さい。

美麗なイラストの数々が見つかるはずです。


私の手元には、尊さぶっちぎりのレティが描かれた表紙があり、早くご紹介したくてうずうずしております!


編集部内でも「今年のラノベで一番の表紙なんじゃないか」という噂が立っているとか、いないとか。


発売まで一ヶ月弱。

間もなく書誌も公開されるでしょう。

ぜひ楽しみにお待ち下さい!!

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