第58話 呪われた少年 2
☆
メイドたちが立ち去った後。
ケッセル卿が、コン、コン、と部屋の扉をノックした。
「失礼致します。テオ様の診察をされるエインズワース伯爵が到着されましたので、ご挨拶に伺いました」
子爵が声をかけると、扉の向こうで何やらボソボソと言葉を交わす気配がした。
「しばしお待ちを!」
野太い声が聞こえ、さらにボソボソ話す気配が続く。
そして––––
「だから、断れって言ってるだろ!!」
少年の怒鳴り声が聞こえた。
間もなく部屋の扉が開き、中から騎士服のような制服を着た大男が姿を現した。
日焼けし腰から短剣を下げた大男は、扉を閉めるとその外見からは想像できないほど慇懃に、私たちに立礼する。
「申し訳ございません。せっかくお越し頂いたのですが、テオ様はお加減がすぐれず今はお会いすることが難しいようです」
その言葉に、顔を見合わせる私と子爵。
ケッセル卿は「言った通りでしょう」という顔で私を見る。
私は一歩前に出ると、扉の前に壁のように立ち塞がる大男に挨拶した。
「レティシア・エインズワースと申します」
「これは……。私はテオ様の護衛兼侍従をしております、ファビオと申します」
深々と礼をするファビオ。
そういえば、彼と会うのも二度目になる。
主人に忠実に仕える、良い騎士だ。
だけど今は、多少強引にでも通してもらわなければならない。
「ファビオ様。私はハイエルランド王国の国王陛下の命でテオ様の診察に参りました。従って診察に伴うすべての判断は、私に委ねられております」
「は、はい。伺っております」
恐縮する騎士。
「もうすぐ正午……『発作』が起こる時間です。私は今すぐにテオ様の診察を始める必要があると判断致します。申し訳ありませんが、その扉を開けて下さいませんか?」
「そ、それは……」
私の有無を言わさない口撃に、戸惑うファビオ。
彼の気持ちも分かる。
今、彼が仕えるテオは「断れ」と言ったのだ。
その命令を無下にはできないだろう。
だけど今回は、こちらも引けない。
呪いの対処には、発作の時に『あれ』がどう動作するのかを観察する必要がある。
発作が起こるのは、一日に二度。
正午と午前0時。
この機会を逃したら、次は深夜まで待たなければならない。
それに、私の力であの激痛がいくらかでも緩和されるのであれば、やらない訳にはいかなかった。
「今申し上げた私の権限は、我が国王陛下とファビオ様の本来の主様の合意により保証されています。私の判断に従わなければ、主様に対する不忠ということになりますが、よろしいのですか?」
「っ!!」
顔を歪めるファビオ。
私はさらに言葉を重ねた。
「何より、私であればテオ様が受ける痛みを、いくらかでも緩和できる可能性があります。私も、罪のない人が苦しむのをそのままにしておきたくありません。どうか、ご理解をお願い致します」
「––っ! 『あれ』を、緩和できるのですか?!」
ファビオは目を見開いて聞き返してくる。
「絶対とは言えませんが、できる可能性はあります」
「むう……」
考え込む大男。
彼にとっては、権威などより少年の苦しみが軽くなる方が大事なのかもしれない。
「…………っ」
ファビオはしばらく悩んだ後、わずかに顔を上げ、道を開けた。
「?」
目で問いかける私。
すると彼は、深々と頭を下げた。
「どうか、テオ様をよろしくお願い致します」
こうして私は、彼の部屋の扉を開くことになったのだった。
☆
ケッセル卿が再び扉をノックする。
「…………」
返事はない。
だが子爵は今度は「失礼致します」と声をかけると、そのまま扉を開いた。
扉を押さえてくれている子爵に頷くと、私は部屋に足を踏み入れる。
その瞬間––––
「なっ、なんだお前?!」
ベッドから飛んでくる、驚き戸惑う声。
私は声の方を見た。
漆黒の髪と、鮮やかな朱色の瞳を持つ、端正な顔立ちの少年。
だがその姿からは、相当に疲弊し衰弱しているのが見てとれる。
––––間違いない。『彼』だ。
もっとも私が知る彼より、遥かに幼いけれども。
「勝手に入ってくるな!!」
何かを隠すように布団を胸元に引き寄せ、叫ぶ少年。
ベッド横のサイドテーブルが倒れている。
きっと先ほどの音は、これをひっくり返した音なのだろう。
「テオ様」
「!」
私がその名を呼ぶと、びくんっ、と肩を震わせ、警戒感を顕にこちらを睨んでくる。
私はすたすたとベッドの近くまで歩いて行くと、カーテシーで挨拶した。
「初めてお目にかかります。ハイエルランド王国にて伯爵位を賜っております、レティシア・エインズワースと申します」
「伯爵って……君がか???」
信じられない、というように問い返す少年。
「はい。つい先日叙爵されたばかりですが。そしてこの度、私がコンラート二世陛下からの依頼でテオ様の診察をさせて頂くことになりました。以後、お見知りおき頂ければ幸いです」
そう言って再び頭を下げると、少年はあからさまに顔を顰め、険しい視線を私にぶつけてきた。
「診察って……あんた何歳だよ?」
「十二になります」
歳を聞いた少年は、「はっ」と片頬を引き攣らせる。
「僕は『魔導具づくりの天才がいて、そいつなら僕の『呪い』について何か分かるかもしれない』と言われたからここまで来たんだ。おままごとをしに来た訳じゃない」
「天才かどうかは分かりませんが、私も一応、特級魔導具師の資格を預かっております。それに先ほども申し上げましたように、陛下から直々に『テオ様を診察して欲しい』と頼まれてここまで来たんです。おままごとをしに来た訳ではありませんよ」
「…………」
「…………」
無言で相手を見る私たち。
やがて少年は、はあ、と息を吐いた。
「––––もういい。とにかく出て行ってくれ。僕は君の診察は受けない」
「なぜです? ダメ元で受診されても、減るものはないでしょうに」
私が尋ねると、少年はギロリとこちらを睨み、自分の胸元を指差した。
「十二の女の子が『コレ』を見て堪えられる訳がないから言ってるんだ。年かさのメイドだって悲鳴をあげるようなシロモノなんだぞ? 君みたいなお嬢様に堪えられる訳がない」
「大丈夫ですよ。––––ほら。ちょっと見せて下さいよっ、と」
そう言って素早く布団を剥ぐ。
「ちょっ! やめっ……!!」
抵抗する少年を無視し、彼の胸元に手を伸ばす。
そうして、私の手が彼の寝巻きに触れたときだった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
窓の外から響いてくる鐘の音。
あれは正午を知らせる鐘だ。
窓の方に目をやった私は、目の前の少年に視線を戻す。
「––––離せ」
バッ、と私の手を払い除ける少年。
「!」
彼は、青ざめた顔でガクガク震え始めていた。
「テオ様?」
「で、出てけ……。早く、出て––––」
そう言いかけた瞬間、
パチッ
弾けるような音とともに、少年の胸元に紫色の光が走った。
「くっ––––」
少年の顔が苦痛に歪む。
そして––––
バチバチバチバチッ!
バチバチバチバチバチバチバチバチッ!!
「があああああああっ!! ああああああああああああああああ!!!!」
全身を駆け巡る紫電に、少年は絶叫した。
「っ!」
ついに始まった。
始まってしまった。
目の前で絶叫し、悶絶する少年……テオ。
私は再び彼の胸元に手を伸ばす。
だけど––––
バチッ!
「きゃっ!!」
触れた瞬間、腕に電流が走った。
「––––っ」
覚悟はしていた。
だけど、これほどのものとは……。
「…………」
一度は手を離したけれど、これに堪えなければ処置はできない。
テオはこの先、毎日、この激痛に苦しまなければならないのだ。
私は意を決して、三たび彼の胸元に手を伸ばす。
勢いをつけ、彼の心臓を掴むように。
バチバチバチバチッ!!
「ああああああああああああああああっっ!!!!」
絶叫しながら少年の寝巻きを掴み、その前を引き開ける。
ボタンとともに弾ける閃光。
「っ!!!!」
果たしてそこには、『それ』がいた。
黒光りする表面。
中央から周囲に延びる八本の脚。
テオの心臓のあたりに張り付き、禍々しい光を放っている『それ』は––––––––人の手によって造られた巨大な毒蜘蛛だった。
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