第15話 エインズワースの帰還
☆
工房からの帰り道。
私は行きのゲロゲロが嘘のように回復し、馬車の中で鼻歌を歌っていた。
「ご機嫌ですね、お嬢様」
上機嫌の私に温かい視線を向けてくるアンナ。
「それはそうよ。一時はどうなることかと思ったけど……彼らなら、きっとうまくやってくれるわ」
私は先ほどの様子を思い出しながら頷いた。
☆
あの後。
ダンカンは「できる限り協力する」と言って、作業中の職人たちに声をかけ工房中の人を集めてくれた。
奥の工房から出てくる職人たち。
その数、わずかに5人。
しかもなんと、3人が高齢のおじいちゃんで、若手は二十歳くらいのヤンキーっぽい青年が1人だけ。残る1人はパートのおばちゃんだった。
「ウソでしょ……」
私は呆然と立ち尽くした。
ダンカンたちを含め、総勢8名。王都工房は、私の想像の斜め上をゆく惨憺たる状況だった。
「ありゃ、もうメシかいのぅ?」
「おまさんさっき食っとったじゃろうが」
「こ、腰がはぁああ……」
これじゃあ、ダンカンが工房長をやるしかない。他に引き受けられそうな人がいないのだから。
かつては30名を超える職人を擁したエインズワース王都工房は、今や風前の灯火だった。
あまりの現実を前に、私が抜け殻のようになって突っ立っていたときだった。
「なんじゃこりゃ?」
真ん中にいたやや貫禄のあるおじいさんが、カウンターに広げた図面を覗き込んだ。
「あっ? こりゃあ新しい杖かいのぅ?」
「つ、杖ぇえ?……腰ぃひぃっ」
「ぁあっ? 何だって?!」
「物干し竿かしらねえ?」
わらわらと図面の周りに集まってくる職人たち。
皆で「あーでもない」「こーでもない」と言い合ってるうちに、例の貫禄ある老職人が工房長に尋ねた。
「ダンカンよ。こりゃなんじゃ? 見ようによっちゃ武器にも見えるがの」
「当たりだ師匠。俺もそこの嬢ちゃんに聞いたんだが、新しい魔導武器らしいぜ」
え? し、師匠????
ダンカンのお師匠さまってことは、つまりこのおじいちゃんが先代の工房長?!
––––そりゃあ、倒れもするだろう。
年齢的に。
私が驚いていると、先代工房長は穏やかな目でこちらを見た。
「この図面、あんたが描いたんか?」
「はい。これを作るために皆さんに協力して頂こうと思って、今日はこちらに伺いました」
「そうかいそうかい」
わずかに微笑んだ先代は、今一度広げられた図面に目を落とそうとして…………カウンターの端に置かれた私の工具鞄に気づいた。
視線がくぎづけになる。
「んん??」
彼はそこに描かれたものを凝視していた。
蔦とフクロウの紋章。
オウルアイズ伯爵家の紋章だ。
その目が、大きく見開かれる。
先代は、再び私に向き直った。
「ひょっとして……お前さん、伯爵様の?」
カタカタカタ、と。
カウンターに置かれたおじいさんの手が、微かに震える。
なんだろう?
反応が尋常じゃない。
「ええと、はい。オウルアイズ伯爵家長女、レティシア・エインズワースと申します」
戸惑いながら私が名乗った瞬間、
「お、おお……」
目の前のおじいちゃんは目から大粒の涙をぽろぽろと落として––––その場にくずれ落ちた。
「お、おじいさん?!」
「師匠?!」
「おい、じっちゃん! どうしたんだよ?!」
カウンターごしに身を乗り出す私とダンカン。
慌てて先代に駆け寄るジャック。
先代はジャックを手で制すると、ゆっくりと立ち上がり私を見つめた。
「わしは……わしらは、ずっと待っておったんです。伯爵家の方が再びこの工房を訪れ、新しい魔導具を披露して下さる日を」
「ずっと、待っていた?」
尋ねる私に、号泣しながらコク、コク、と頷く先代工房長。
隣に立つヒョロっとしたおじいさんが、代わりに口を開いた。
「わしらが見習いで入った頃は、当時の伯爵様……先々代様も、何年かに一度はまだ新しい魔導具をお披露目にこちらに来られたものですじゃ。あの頃はまだ職人も二十人ばかりいて、活気もあって…………うぅっ」
昔を思い出したのか、このおじいさんも泣き出してしまう。
それを見た小柄なおじいさんが、腰をさすりながら言葉を引き継いだ。
「それが先代、今代の御当主様と、代替わりされるたびに工房に来られる機会が減ってしもて……。売上も落ちて、若いもんもひとり減り、ふたり減り…………くぉっ、腰がぁっ!?」
悶絶する腰の悪いおじいちゃんに代わって、最後に先代工房長が涙を拭いながら口を開いた。
「だからわしらは、ずっと信じて待っておったんです。いつの日か、きっと伯爵家の方が戻られ、この王都工房で新しい魔導具を披露して下さると。そしてこの工房に、活気と、ほ、誇りをっ、取り戻してくださるに違いないと……っ!!」
再び号泣するおじいちゃんたち。
彼らの想いが、波のように私の心に押し寄せた。
この人たちは、一体どれほどの時を耐え忍んできたのだろう。
いつまで待っても出てこない新製品。
落ち続ける売り上げ。
ひとり、ふたりと辞めてゆく弟子たち。
主に顧みられることもなく。
光の当たらぬ場所で、ただ修理のみを任される。
どれほどの想いがあれば、ここまで耐えられるのだろう?
気がつくと、私の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「みんな……みんな、ごめんなさいっ! 私たちが新しい魔導具を作れないでいる間、ずっと待っていてくれたんだね。本当にごめんなさい。みんなの期待を裏切ってごめんなさいっ。…………私、約束する! この新しい魔導武器で、絶対に、絶対に、この工房を立て直してみせるからっ!!」
「お、お嬢様ぁっ!!!!」
私たちは手をとり合い、ずいぶん長いこと泣きあったのだった。
☆
「なるほど。つまりこの長い銃身は、弾道を安定させ、命中精度を上げるためにある訳ですな?」
皆が落ち着いたあと。
私が魔導ライフルの説明をすると、全員が真剣な眼差しで図面を分析し始めた。
「先端が軽すぎると、反動で跳ね上がって命中率が悪くなりそうじゃのう」
「とりあえず今回は大きめに土台を作って、最後に木を削って重心のバランスをとって仕上げるのがいいじゃろうて」
「肉つけ過ぎると持ちづらくなんだろーがよ! お?」
次々と意見を出し合う職人たち。
その姿は、私の心を震わせた。
––––彼らなら、きっと良いものを作ってくれる。
そう確信させる光景だった。
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