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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
2章・がんばれがんばれ
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そりゃ嫌われるわな

 立花倖と藤原騎士を乗せたパトカーを、何が出来るわけでもなく、ただ見送ってから、藤木たちはバスで駅前に移動した。普段の下校時間ではないせいか、平日昼のダイヤは少なくて混雑することは分かりきっていたが、やってきたバスにすぐ飛び乗った。バス停に留まっているとカメラを向けられるので仕方がない。


 人口密度のせいかやたらと息苦しい、200%の乗車率と、雨具のせいで身動きが取れないくらい混雑したバスが揺れるたびに、体の小さいなるみがギューと押されて苦しそうにしていた。お互いの濡れた肌が密着する。運転手の急発進をこんなにも許せる日が来るとは思わなかった。


 しかし、晴沢家は玉木家とためを張るくらいの金持ちである。中沢なんかは専属の運転手まで付いてると言うのに、なんで晴沢の孫娘がバス通学なんかしてるのか? と聞いてみると、


「うちは個人主義が徹底してるといいますか。親は親、子は子、自分のことはじぶんでやるようにって、必要以上に口を出さない主義なんです。だから兄さんは野球ばっかりしてても文句言われませんし、私の小学校のときの月のお小遣いは、3000円でしたよ。成美中学の友達が、お正月に10万円単位でお年玉貰ってるって聞いて、目が飛び出るかと思いました」

「あー、居たなあ、そんな奴」


 初詣で出会おうものなら不愉快な思いをすること請け合いだ。悔し紛れに『この俺に屈辱を与えたあいつが痛みと苦しみに悶え泣き叫んで死にますように』と絵馬に書いて奉納したら、暫くたって写メを構える参拝客でごった返していた。


 終点の七条寺駅で押し出されるようにバスを降りる。晴れていたら大道芸人やらパフォーマーでごった返す北口ターミナルは、人気が無くて閑散としていた。徳さんの姿も見あたらない。バスを降りた乗客たちが雨に濡れないようにと、足早に駅の構内へと駆けていった。


 母親の見舞いに行くと言う天使と別れ、残された二人はそのまま解散するのもなんだからと、どこかに寄っていくことにした。覗いてみればきっと徳さんが居そうであるが、女の子を連れてジャイアンツカフェもあるまいと思い、無難にマクドナルドの看板を目指して歩いていたら、


「先輩先輩。あっちの方が美味しいですよ」


 と、もう一つの頭文字(いにしゃる)Mのファーストフードを指差した。あ、貴族の方でしたか。失敬失敬。気持ち、頭を低くしてお嬢様に従った。店内は柔らかな光の溢れる快適な空間で、アンニュイな雨の午後にティーブレイクする貴族たちが優雅なひと時を過ごしていた。清潔で鏡のように磨かれたカウンターテーブルの向こう側から、芳醇でフレッシュな香りが漂ってくる。靴を脱いだ方がいいのだろうか。


 冗談はさておいて、注文の品が出来るまで、テーブルでコーヒーを啜っていると、なるみが少し深刻そうな顔で言った。


「あの……私は事件のときのこと何も知らないんですけど……藤原さんが犯人だって、そんな風に思えるような状況だったんでしょうか?」


 信じたいのだが、ちょっと不安だと言った感じである。もちろん盲目的に信じるよりは、疑問は持っておいた方がいい。しかし、この件に関しては議論するのも馬鹿らしいと藤木は思っていた。


「無いね。あいつは、まあ、まず間違いなく犯人じゃない」

「そうなんですか?」

「ああ……まず、あいつは昨日、そもそも旧校舎に来る予定じゃなかったんだ。そして、旧校舎に来てからも、必ず誰かしらと一緒に居てずっと人目に触れていた。音楽室の鍵が掛かっているのを確認しているとき、あいつはずっと別の教室の窓を開けていたし、ピアノの音が聞こえたときは保健室で中沢たちといたはずだ。死体発見のときも、あいつは音楽室には入らなかったし、その後は全員が警戒して一人にならないようにしていたからなあ……人を殺せるような暇は無かったはずだ」


 よっぽど奇想天外なトリックを使ったならともかく、推理小説じゃあるまいし……


「他の連中にしても似たり寄ったりだよ。特に、全員がピアノの音を聞いたときに、誰かしらと一緒に居たってのが大きい。警察の死亡推定時刻は俺たちが旧校舎に居た時。凶器は董家が持ってきたバット。これらを踏まえて、被害者はあのピアノの音が鳴り響いた正にその時に襲われたと考えていいはずなんだけど……」

「警察発表だと、もうそんなに詳しいことまで分かるんですか?」

「あ、いや……」


 こういう情報を漏らすのがまずいんだっけ……どこでそれを知ったの? と問われると歯切れが悪くならざるを得ない。気をつけよう……と思いつつ、


「とにかく、まあ、そういったわけで、犯人は俺たち以外の何者かが旧校舎内に潜んでいたと考えた方がいいんだ……そうすると、被害者と一緒に音楽室内に居た。と考えるのが自然なんだけどね……ただ、それもちょっとおかしなことになるんだ」

「どういうことです?」

「犯行がどう行われたか、時系列順に仮説を立ててみるといい。まず旧校舎に俺たちがやって来たとき、既に犯人と被害者が一緒に音楽室内に鍵をかけて潜んでいた。俺と松本と中沢がやってきて、その音楽室の鍵がかかっていることを確認した。犯人は俺たちが立ち去ったあと、音楽室を出て一階の玄関へと移動し、凶器のバットを手に入れた。そして音楽室に舞い戻り、被害者をバットで滅多打ちにした。その際、被害者が暴れたのか、ピアノの音が鳴る。犯人は、音楽室を出て扉に鍵をかけ、俺たちが音楽室で被害者を発見して戸惑っている隙を見て逃げた……」


 なるみが小首をかしげて問う。


「途中までは分かりますけど、最後のはどうしてそうだと言い切れるんですか? 犯人が音楽室の扉から出て逃げたって」

「そうじゃないと辻褄が合わないからなあ……例えば、音楽室の窓は開いていたんだから、犯人が中から鍵をかけて飛び降りて逃げたってことも考えられるんだけど……幸か不幸か、ピアノの音がしたとき中沢たちは校舎の外にいて音楽室の窓を見上げていたんだよ。誰かが出てきたら流石に気づくはずだ。で、そう考えると犯人は鍵を持っていて、音楽室の扉から出て、律儀に鍵かけて逃走したってことになるんだけど……」


 発見を遅らせるために犯人がそういう行動を取ったことは分かる。もしも自分が犯人で、同じ状況で鍵を持っていたらそうする可能性は高い。


「しかし、そんな犯人が、なんで董家のバットを凶器に選んだのかも、どうやって手に入れたのかも……それが分からないんだよな」


 犯行に使われたバットは、その日たまたま野球部員が持ってきたもので、そんなもので人を殺したってことは、恐らく犯行は計画的ではなく、突発的に行われたものだと推察される。計画的なら、何も拾ったバットなんか使わないで、ナイフで刺すなり、首絞めるなり、もっと確実な方法を取ればいいじゃないか。そうやって、暴れられないように不意をついて殺したあとは、藤木たちが帰るまで息を潜めて待っていれば良かった筈だ。


 だから犯行は、たまたま手に入れたバットで、突発的に行われたものだと考えられる。ただ、そのバットを犯人は、いつ手に入れたのだろうか? それが謎だ。


「……犯行に使われたバットは、董家が持ち込んでスポーツバッグと一緒に人目のつく玄関に立てかけられていた。さらに、昇降口にはユッキーが座ってる。仮に人目を忍んでバットを手に入れても、じゃあ今度はどうやって音楽室に運んだのか? って疑問が残る。ただし、その疑問は簡単な答えが一つだけあるわけだ」

「……立花先生が運んだということですか」

「そういうこと。それで多分、あの人疑われてるんじゃないかな」


 口ぶりからすると、どうもそれだけでは無さそうであるが。


「おまけに、何の因果か、あの人は鍵も持っていた」

「でも、ピアノの音が聞こえたとき、先輩は一緒に居たんですよね?」

「ああ、そうなんだ。だからユッキーが犯人とは思い難い……」


 思い難いが……ふと、藤木の脳裏に、別の仮説が閃いた。


 それは逆説だ。もしも、立花倖が犯人であるのなら、犯行は、ピアノの音が鳴っているときに行われたのではない。


 あれ? でも、これって……可能なのか?


 藤木が自分の考えに戸惑っていると、店のドアチャイムがカラコロと鳴って、賑やかな一団が入店してきた。見ると、なるみと同じ成美中学の制服を着ていた。貴族たちの優雅なひと時をぶち壊しにするその黄色い声の中心で、頭二つ分くらい大きな男の影が一つ、彼女らに揉みくちゃにされるかのように、一緒になって入ってきた。こちらは高校の制服である。


 ちっ……中学生を誑かしてるのか、不届きな野郎め……


 自分のことは省みずに、藤木がその男をやぶ睨んでいたら、その視線に気づいたのだろうか、男がこちらの方を向いて、あら? っとした顔をして近づいてきた。


成美(せいび)じゃないか。こんなところで会うとは珍しいな」

「げっ……兄さん」


 兄さんと呼ばれた男は、高慢ちきな態度を隠そうともせず、横柄な態度で藤木のことを見下してきた。


「そちらの方は? 僕らとは少し住む世界が違いそうな、貧相な顔をしているけれど」

「兄さん。失礼なこと言わないでください」

「成美は僕に似て綺麗な顔に育ったんだ。男なんて選り取り見取りだろう? 何もそんなのと付き合うこともないじゃない。なあ、良かったら、僕らの方に合流しないか。歓迎するよ」


 女子中学生たちが手を振っている。そういえば、中学は1クラスしかないはずだから、全員クラスメイトのはずだ。とすると、この男は妹のクラスメイトに手を出してるわけか?


 ……そりゃ嫌われるわな……と思っていると、彼は藤木に向かって、


「やあ、僕は晴沢伊織(いおり)。知ってるだろう? は・る・さ・わ・伊織だ。白露会も無くなったし、一年は僕がまとめてる。君は見かけない顔だけど、二年生かい」


 なんだこのバンドしようぜ当方ボーカルみたいな奴は……


「なんだこのバンドしようぜ当方ボーカルみたいな奴は……」


 呆れながら見上げていたら、思ったことが口に出ていた。なるみが顔を真っ赤にして俯いた。伊織はムッとした顔をして、睨みつけてくる。


「僕は許せない物が三つある。君のように身の程をわきまえない無礼な奴と、妹にたかるハエだっ!!」

「……………………」


 三つ目はどうした。


「兄さん……もうどっか行ってください!」


 なるみが半泣きになって叫ぶ。まあ、気持ちは分からんでもないが、


「いや、いいよ。俺がどっか行くよ」

「先輩っ!?」


 兄貴の方はともかく、女の子たちはクラスメートなのだろう。気を利かせたつもりだったが……まるで捨てられた子犬みたいな切ない目をしていた……いや、兄妹なんだろ?


「その代わり、ちょっと聞きたいことがあるんだ。まあ、座れよ」


 伊織は警戒しているのか、座ろうとしない。藤木は年上に媚びへつらうことと、年下に偉そうに振舞うことに慣れている。


「いいから、座れよ。さっさとしろ」


 伊織は少し考えたあと、ふっと鼻で笑う余裕を見せてから椅子に座った。上下関係に厳しい野球部だから、強気に出られたら弱いはずと踏んだ。聞きたいことも、その野球部のことである。


「おまえ、野球部だよな。ポジションはキャッチャー」

「ああ、そうだが」

「去年の秋、野球部が秋季大会の壮行試合って言って、地元シニアと試合をしていた。その時、バッテリーを組んでいたのがおまえと、藤原騎士だよな」

「……ええ、まあ」


 もっと喧嘩腰に来られると思ったのだろうか。普通の質問に地が出たのか、少々丁寧な口調に変わった。


「聞きたいのはナイトのことだ。あいつは今、野球部に所属していないんだよな?」

「……ええ、良く知ってますね。野球部と一緒にいますが、入部はしてません」

「何故なんだ? いくらリハビリ中だからって、入部拒否するような理由は無い」


 伊織は少し口ごもりながら言った。


「それは……実はあいつは、うちの学校に入学するはずじゃなかったんです。四国の強豪校にスカウトされていて……それが去年の秋、交通事故で肩をやっちゃったせいで流れたんですよ。酷い話だけど」


 その悔しそうな口ぶりを聞くと、どうやら彼はナイトに好意的のようである。


「それで、呆然としているあいつを、うちの監督が口説いて入学させたんですけど……ちょっと贔屓が過ぎたと言うか、投げられないあいつをエース扱いするものだから、他の投手陣や、一年の部員と揉めて……ミーティングであいつの怪我が治るまでは、試合で投げさせないし、部員扱いもしないってことになったんです」


 一見、筋が通ってそうだが、


「いや、それで入部拒否まで行くのがおかしい。何かもっと理由があるんだろう。例えば……」


 例えばそう、邑楽(おうら)とかいう一年も言っていた、


「立花成実(なるみ)と何か関係があるのか?」


 伊織が目を丸くした。隣にいたなるみも、どうしてその名前が出てくるのか? と言った表情でこちらを見つめていた。


「いや、よく知らないんだけどね? ただまあ、野球部の一年が発狂してたの見て、ああ、なんかあったんだろうなって」


 ほぼ当て推量だが、正解だったようだ。まあ、ナイトがあの時マウンドにいたピッチャーだと知ったときから、それじゃあの女の子はどうしたんだろう……とは、漠然に思っていた。しかし、伊織は言いたくないようで、


「……それは、あまり話したくないんだが」

「兄さん、お願いします」


 なるみが助け舟を出すと、伊織は少し複雑そうな顔をして続けた。


「ナイトと成実ちゃんが付き合っていたってのは?」

「ああ、知ってる」

「僕は彼らとは別の中学だから良く知らないんですけど……去年の秋にどうやら二人のあいだでいざこざがあったらしくって。成実ちゃんは学校に来なくなるほど、彼を避けるようになったらしいんですよ。それを、ナイトが納得いかないのか、かなりしつこく追い掛け回したらしくって……」


 あの巨漢が追いかけてきたら、そりゃ怖いだろうな……しかし、そういった熱いキャラには見えなかったが……


「いろいろあって、彼女を追いかけてる最中にナイトは交通事故に遭って……多分、その責任を感じたのか、それともみんなが言ってるように、心底ナイトに嫌気が差したのか……」


 伊織は吐き捨てるようにそれを口にした。


「成実ちゃん、飛び降りちゃったんです」


 店内に流れるクラシックの音が、まるで場違いのように聞こえた。でも、多分場違いなのは自分たちの方である。藤木がその言葉に何も言えずに固まっていると、晴沢伊織は気を取り直したように続けた。


「まあ、そういう経緯があって、ナイトと同中の奴らが特に嫌ってるみたいで、一年のやつらに吹聴して回ってたんですよ。僕が知ったときはもう手遅れで……」

「ナイトはなんつってるの?」

「……あいつは、何も言い訳しません。聞いてもだんまりで……僕も聞きづらいんで」

「だよな」


 それにしても、あの日、バックネット裏で叫び続けていた彼女が、そんなことになっていたとは……藤原騎士の、少し覇気のない顔を思い出すと、胸が痛んだ。


 店員が、注文の品を運んでくる。


 藤木はハンバーガーの包みを手にして、オニオンリングを一つ口に放りこむと、


「それじゃ、俺はこれで帰るよ。なる……晴沢、またな」


 言い慣れない名前を口にして、席を立った。なるみが慌ててカバンを手にする。


「あ、藤木先輩! 私も一緒に出ますって」

「いいからいいから」


 藤木はそれを押しとどめた。伊織が連れてきた、女子中学生たちの冷たい視線が突き刺さる。流石に、この視線の中で店内に居座れるほど神経が図太くは無い。


 しかし、その藤木を遮ったのは、意外な人物だった。


「えっ! 藤木先輩!?」


 突然、伊織がそう叫んだかと思うと、バッと席を立って気をつけした。そして、藤木の手を取ると、心底申し訳無さそうな顔で、


「藤木先輩とはつゆ知らず、数々の無礼……大変、申し訳ありませんでしたっ!」


 ……いや、なにこれ?


 彼は90度腰を折って頭を下げる。


「お噂はかねがね聞いてます……うちの妹が、家でいつも先輩の話ばかりしてまして……いつかご挨拶に伺わないといけないと思ってました」

「ちょっ……兄さん!」

「成り行きとはいえ、こんな非礼を働いてしまい、本当にすみませんでした。てっきり、妹に言い寄る不届きな輩かと思って。いや、先輩はもちろん、そんなことございませんよ!?」


 ああ、妹にたかるハエは本当に大嫌いなのね……


 いいよいいよ、と肩を叩いて、苦笑しながら藤木はその場を立ち去った。なるみが今まで見たこともないくらい、小さく縮こまっていた。彼女がどうして兄を毛嫌いしているのか、その理由が分かった気がする。


 ファーストインプレッションは最悪だったが、その性格は嫌いじゃない。今度会ったら、少しは優しくしてやろう……


 女子中学生たちの退屈そうな声が聞こえる。


「お兄さ~ん、そっちばっかりかまってないで、早くこっち戻ってきてくださいよ~」


 ……いや、やっぱりイケメンは敵だ。漏れなく敵だ。

 

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