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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
序章・君はテクノブレイクを知っているか
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3

 藤木は意識を集中すると、天に居るかも知れない神っぽい何かに対し、信仰心は度外視して、とにかく一心に祈り始めた。


「恥の多い生涯を送ってきました……いや、これ違う。いや、間違いじゃないけど。まあいい。とにかく、小町、お前の耳に俺の声は届かないかもしれない。だが、頼れるのは、もうお前しかいないのだ。だから話を聞いてくれ。

 俺はまだ死にたくない。助けてくれ。頼むよ。幸福だったって言えるほど、まだ長くも太くも生きていないのだし、あんな死に方しなきゃいけないような謂れもないんだ。

 いや、もうどうしようもないってんなら、いいよ? 別にこの際だから死んでもいいよ? だけどさあ、おちんちん丸出しってのは、あんまりだろう!? せめてズボンくらいは履かせてくれよう……」


 小町は全く反応を示さない。


「つーかあれさあ、イッちゃった直後に逝っちゃったもんだから、多分床とかにべちょーってなってそうなんだよね。さっきは慌ててたから良く見てないけど、良く考えても見れば、うん、その可能性高いわ。その辺片付けらんないかなあ?

 更にそういえば、ご丁寧なことにズリネタもご開帳状態なんだよ。よく冗談で、俺が死んだら何も言わずHDDをフォーマットしてください、なんて言うけどそんなレベルじゃねえよ。俺のエロ画像収集フォルダ開きっぱなしだよ。

 あれ……なんだか、そっちの方がまずい気がしてきた。最近のトレンドちょっと偏り過ぎなんだよな……ファイルもファイルで、いつもの癖で更新日付順に並んでるし、最近なに見てたかって、やばい、絶対ばれる! ……いや、それよりも自作コラとかの方がまずいんじゃ……としあきたちに(おだ)てられて、調子にのって作りまくったあれは……あのフォルダは、確かあそこから辿れたような……」


 共働きの両親が不在過ぎて、快適なオナニーライフを送りすぎていたのが仇となった。ぶっちゃけ、藤木のPCは2テラバイトのDドライブが、丸ごとエロ専用フォルダと言って過言ではない。


「こないだエックスビデオで保存した動画もやばいよなあ。でもコーデックの都合上、ダブルクリックしただけじゃ起動しないから大丈夫か? いや、良く考えてもみればブラウザのキャッシュに残ってるじゃん。履歴もそのままだわ。やべえ……律儀に10歳から17歳までをカテゴライズしたブックマークも、あれは申し開きたたねえよ。

 つか、あれ? 児童ポルノ法ってどんなんだっけ? 俺、つかまるの? 確か人間死んだら、まず医者とか警察に連絡するんだよな。医者が警察に連絡するのか? あー、このままだとPCの中身ばれるし、そしたら……あわわわわ。まずい。警察はまずい!

 つか、テクノブレイクってどうなの!? すげえ変死っぽいけど、自然死として扱ってくれるの? くれるよな? 医者がご臨終ですって言って、それで終わってくれるよな? 終われよ! おおおおお、わああああ、やべえ、やべえよ。助けて、小町。おいっ! 小町っ! いい加減気づけ。いや、気づいてください!! お願いしますっ!!!」


 対して幼馴染は全く無反応であった。相変わらず机にかじりついたまま、無言で一心不乱にホモ小説を書き続けている。


「おおおおおいいいい!!! マジでこれ最悪すぎんですけどっ! つか、おまえさっき突っ込みいれてただろうが! 出来るんでしょ? 出来るよね!? やろうよっ! 頑張れよっ! 諦めんなよっ! なんで今になって普通にスルーしてやがんだよっっ!! むきぃーーー!! むきぃーーー!! 化けて出てやる! 死んだら絶対化けてでてやるからな、こんちきしょう! 気づけっ! 気づいてよっ! 今気づかないで、いつ気づくんだよ! このままじゃ俺死んじゃうんだよっ!? いや、もう死んでるけど、そうじゃなくって、社会的に死んじゃうよっ! お願いだから小町ぃぃぃいい!! 気づいてくれよほほほぉ~っほっほおおおおぉぉううぅぅ~~~~~……」


 いよいよ進退窮まって、藤木は泣き叫び始めた。その余りにも汚い嗚咽は夜空に響き渡ったが、この世の生きとし生けるものには全く響くことは無かった。


 そのまま勢いに任せて咽び泣き続けていた藤木であったが、次第にそのトーンは落ちていった。流石に諦めの気持ちが勝ってきたのだ。


 結局、自分はこの理不尽な現状を受け入れるしかないのだろうか……


 物に触れられない、声も届かないじゃ打つ手なしである。返す返すも、一度は小町が気づいた気配が有るのだけが悔しかった。それさえなければもっと早く諦めも付いただろうに。もしかしたら何か方法はあるのかも知れない。しかし藤木には、これ以上出来ることは無さそうであった。


 うな垂れ、彼は背中を丸めて蹲った。


 これからどうすりゃいいものか。部屋に帰っても、自分の汚い死体が転がっているだけだ。いずれそれも家族に発見され、大いに嘆かれ、隣近所に知れ渡り、失笑されるのだろう。と言うか、目の前のこの女は絶対笑う。何もそんなものをわざわざ確認したくもない。


「あぁ~~、もう……あかんわぁ、これぇ~……」


 溜め息を吐き、頭を抱えて呟いた。もし神がいるというなら、天国でも地獄でも何でもいいから、さっさと連れて行ってくれないか……


 途方に暮れて、そんなことを考えている時であった。


「……ん?」


 絶望に浸りながら、ぼんやりと小町を見ていると、突然、それまで全くの無反応であった彼女が、ぴくりと体を揺らした。ノートから顔を上げ、ペンを手放し、部屋には誰も居ないというのに、辺りをキョロキョロと見回して、しきりに何かを気にしはじめる。


「んんん……?」


 にわかに高揚感が湧き上がる。


 もしかして、ついに藤木に気づいたのではないか? はっきり、そうであるとは言えなかったが、しかし可能性があるのであれば、このチャンスを逃してはならない。彼は喜びに打ち震え、大きな声で叫んだ。


「おおお! 小町っ! 小町っ、俺だ俺! 気づいてんなら助けてくれ」


 しかし、暫く落ち着かない素振りで周囲を見渡していた小町であったが、彼女は何かに納得したかのように小さく頷くと、馬鹿を書き連ねていたアホノートを閉じ、それからパソコンで何やらを操作して、手近にあったヘッドホンをかぶってしまった。


「わあああああああ!!」


 諦めきれない藤木は、それまで以上に必死に声を張り上げた。それこそ、普段の彼女だったら、壁を蹴り崩すかと言わんばかりの勢いでぶち切れるであろうくらい、大げさに騒ぎ立てた。


「お願いだっ! 気づけっ! 気づいてくれぇぇ~~~!!」


 するとどうだろう。小町はやおらヘッドホンを外し、再び周囲をちらちらと気にし始めたのである。


「おお!? おおおおおおお!!!」


 もしかして、マジで気づいてくれた? やっぱり気合なのか? 藤木は藁にも縋る思いで、一心不乱に天に祈った。


「おおお!? おおおおおおおっ!!??」


 そして小町は行動した。


 成す術をなくし途方に暮れていた藤木が期待を込めて見守る中、彼女は徐に部屋の入り口の方へ行くと、ドアノブを回し、やはり何かに納得したように、うんうんと二回頷き、やおら机に戻ってくると、すぐさまヘッドホンをかぶり直した。そして間髪入れずパソコンを操作して、なにやら藤木には見慣れぬ、やたら線の細い男子ばかりが登場するゲームソフトを起動したかと思うと、にへら~っとだらしなく笑い、そしておもむろに左手を胸に押し当て、右手を股間に這わせては小刻みに動かし……


「って……オナんのかよっっっっっ!!」

「オオ゛オ゛オオ゛オオ、オナってないよっっっ!!!」


 小町はものすごい素早さで椅子から飛び上がって直立した。


 頭のてっぺんからつま先まで、見事一直線にピンと真っ直ぐ伸びたそのあまりに芸術的な立ち姿は、本職のバレリーナも裸足で逃げ出す代物であり、そして並みの人間なら、確実に足の指を粉砕骨折していただろうものだった。


 藤木はいろいろと突っ込みどころが多すぎて、二の句が告げずに呆然としていた。


 その沈黙を勘違いしたのか、小町は、はて? と小首を傾げると、ほんのちょっぴりばつの悪そうな顔をしてから、頭をコツンとやってテヘペロし、そしてまた椅子に深々と腰掛け、ヘッドホンをかぶり、おもむろに股間に指を、


「だからっ! オナるなっちゅーにっっ!!」

「オオオ゛ナ゛オナ゛ナ゛ってないよっっっ!!??」


 果たして……祈りは天に届いたか。


「え!? うそっ? なにこれ? うそ? 藤木? あれあれ、あれぇ?!」


 この際、もう届かなくっても良かったようなガッカリ感をかもし出しつつ、藤木の祈りはどうやら天に届いたらしい。


 声は聞こえど姿は見えない藤木に動揺し、幼馴染は警戒感露わに部屋のあちらこちらを猛禽類のような鋭い眼光を飛ばしつつ、無意識にジャブジャブストレートのワンツーパンチを繰り返している。


 藤木はなんて声をかけたらいいものか、真剣に悩んだ。


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