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テクノブレイクしたけれど、俺は元気です  作者: 水月一人
序章・君はテクノブレイクを知っているか
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 君はテクノブレイクを知っているか。


 笹男という男がシコりまくっていたら死んじゃった。パソコンモニターには妹の隠し撮り写真が大写しにされてたよ。テヘペロ! という笑うに笑えない作り話が発端の言葉であり、要するに死因=オナニーという、非常に情けない死に方のことである。


 それっぽい横文字とセンセーショナルな内容から、もしかして本当にそんな言葉があるのではないかと思い勝ちだが、ググって見れば一目瞭然、単なる造語のファンタジーであり、医学用語とは何の関係もない。


 が、しかしオナニー死とは要するに、一種の腹上死(医学用語では性交死って言うらしい)のことであり、それ自体がありえないとは言いがたい。


 例えば著しい勃起力を発揮したが故に、海綿体への血液の集中による一時的な血圧降下で、心疾患の持ち主であるならば、発作を起こすこともあるかも知れないし、または特殊性癖の持ち主が異常なオナニーをして、うっかりロケットダイブしてしまうことだってあるかも知れないのだ。


 ……ところでなんでこんな話をしつこくするのかと言えば……いや、言うまでもないだろうか。


 そう、つまりである、今、目の前で自分が死んでいる。


「ぎゃあ! なんじゃこりゃああ~~っ!!」


 藤木藤夫17才。


 ごく一般的な中流家庭で育ち、ごくごく平凡な人生を歩み、運動神経は可もなく不可もなく、成績は中の上、体格は中肉中背、ルックスは十人並み、生まれてこのかた彼女もおらず、何をやってもそこそこの、そんな普通すぎてつまらない彼であるのだが……どうしたことか、鏡の中でしか見たことのない自分が、目の前でおちんちんを握り締めて死んでいた。


 鼻の下を伸ばしこれ以上ないほどのアホッ面を引っさげて、机に突っ伏すようにして死んでいた。股間に伸びた手はナニを強く握り締め、そしてそれは血液が引かずに未だに怒張を続けている。


「うぉー! なんか知らんが、やばいよやばいよ!?」


 突然の出来事にパニックになりながらも、なんとか現状把握に努めてみる。


 目の前に自分が倒れているなら、じゃあそれを見下ろしているこの自分は一体なんだろう。


 なんだかふわっとした浮遊感、そして体の境界がぼやけた感じで、普段当たり前のようにあった感触も感覚も無くなり、自分自身のことでありながら、まるで他人事のような気分であり、自分がどこにいるのか分からないような不安感を感じる。


 分かっていることは、まともじゃないということだけだ。


 視点はいつも見慣れたものよりもずっと高く、どう考えても宙に浮いている。


「ていうか、これって幽体離脱ってやつだよな? 多分、きっと」


 なんでこんなことになったのか……?


 机の上のモニターにはシコリティの高いおかずが今も玲瓏(れいろう)と映し出されたままだった。


 何をしていたかは言うまでもない。ナニである。


「つまりナニをしてたら死んじゃったってことなの……? って、ええ!? そんな、アホな話があるものか」


 今日は新しいおかずを手に入れて、ハッスルしすぎたのは確かだったが、


「でもそれで死んじゃうってのはどうなのよ! 意味わかんねえよっ! つーかあれか、テクノブレイクって奴か? 魂ごと、シコシコピュッと逝っちゃったってわけなのか? あっはっは! ……って笑い事じゃねえよおおぅぉお~~っほっほお~~……よし、現状確認終了」


 取りあえず錯乱するだけ錯乱した藤木は、ひとしきり叫んだ後、いざ目の前の自分の死体に飛び込んだ。


 漫画やアニメの知識であるが、『幽体離脱』と言ったら、大概この方法で元通りに戻れると思ったからだ。


 しかし、そうは問屋がおろさない。


「あっれぇ~? おっかしいぞ~? これで戻れないの!? ちょちょちょ、ちょっと待って……」


 勢いがありすぎたのか?


 角度の問題なのか?


「え? うそ、マジこれ? なにこれ? 全然戻れないのだが?」


 漫画なら、す~っ……ぴたっ! てな感じに、魂と肉体が同化するはずである。そして「死ぬかと思った!」と口走るのが、お約束のはずである。


 死体の鮮度に問題はない。活きのいい死体だ。まだ生きているかのようだ。


 霊体とは言え意識はまだあるのだし、なにより死因が死因だ、普通はそんなんで死なない。これだけ材料が揃っているのだ、戻れたっていいじゃないか……


 しかし色々と試してみるが、一向に元の体には戻れない。


「斜め45度から抉り込むように……駄目か? まずは足の位置を合わせてから、寝転がる感じに……駄目!? お、おーい! マジかよー! 洒落んなんねえよっ!」


 これだけ色々頑張っても戻れないということは、魂が抜けてるだとか幽体離脱だとかじゃなくって、もしかしてガチで死んでるんじゃなかろうか?


 次第に募る不安。


 事の重大さに、じわじわとこみ上げてくる焦りがピークに達したとき、彼は息せき切ったように喚き散らした。


「うほぉおお~~!! うっほぉお~! うほおおおぉう!! 漫画の知識じゃダメなのか!? ホントにこんなんで死んじゃうの!!?? やだやだやだ! まだ死にたくないっ! いや、百歩譲って死んでもいいよ? しかし死に方が最悪すぎんだろっ! テクノブレイクってなんだよっ! お母ちゃん泣くよ!? 泣くよ、これ!? あああああああ……オーケー……オーケー!! 分かった! 分かったよ! それじゃせめて一瞬だけでもいい! ズボンを引き上げる時間だけ生き返らせてくれないか、神よっ!?」


 と、そんな時だった。


「うっさい! 静かにしろっ!」


 ズドン! っと大地を揺るがすような威勢のいい振動と共に、背後から罵声を浴びせられた。


 藤木はそれこそオナニーをしている真っ最中に、母ちゃんがドアノックしてきた時のような速さで飛び上がった。


「うっはっ! びっくりしたぁ~~……」


 あまりに驚きすぎて、天井を突き抜け、本当に空まで飛び上がってしまった。いきなり視界に飛び込んできた満天の星空に、一瞬パニックになりつつも、必死に腕をかき回すようにして体勢を整わせ、何とか部屋まで戻ってくる。


 そして恐る恐る、「一体いまの声は誰だろう……」と自分の部屋を見回してみるが、しかしそこには誰も居ない。


 そりゃそうだ。さっきまでナニをしていたのだ。誰か居るのに気づかずにしてたのなら、迂闊すぎるし、それこそ死んだ方がマシである。


 それでは、先ほどの声はどこから聞こえてきたのかと言えば……


「ああ……小町の壁ドンか。ふぅ~、びびらせやがって」


 何てことはない、声の主は隣室だった。


 壁ドンとは、最近流行りのイケメンが女の子を壁際に押しやる、あれのことではない。引きこもりやニートが母ちゃんから発せられる優しさのオーラに()てられたとき、壁に向かって許容しきれない罪悪感を、一心にぶつけるあれの方である。


 あまりに理不尽な出来事にパニクって、大騒ぎしていたので、ただでさえキレやすい隣家の幼馴染が、いつものようにぶちキレたのだろう。


「ちっ……あのアマ。キレやすいお年頃にもほどがある。こちらの危機的状況を知らんでいるから、そんな真似が出来るのだ。覚えていろよ。いつか仕返ししてやる。ふんっ」


 などと毒づきながらも、ホンのちょっぴり小声になる藤木であったが、


「……って、あれ?」


 何かおかしくないか?


 幼馴染の壁ドンなんざ、稀によくある出来事だったのでスルーしかけたが、よくよく考えてもみれば奇妙な話である。なにしろ藤木は今死んでいるのだ。


「あいつってば、死人の声が聞こえたっての?」


 自分の体に戻れず、ふよふよと幽体のまま空中を漂っていた藤木は、幼馴染の部屋の方向へと泳いでいった。さっき天井を突き抜けたのだから、壁だって同じように抜けられるのではなかろうか。


 果たして、コンクリートの壁抜けという、世にも得がたい貴重な経験をしつつ、藤木は隣室へと移動した。



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