おばあちゃまと魔術師
由加里は王シャオンの言葉に、「まぁ、献血が必要なのかしら?」と呟き、シャオンの手を借りて立ち上がった。
シャオンは少しの間冷たい床の上に座り込んでいた彼女が、よたよたと立ち上がるのをはらはらした雰囲気で見ていた。
二人の騎士は王に代わって手を貸したそうにしているが、シャオンは口を挟ませず、彼女を支え切った。
実のところ、この場で一番強いのは王であるシャオンだったりする。
だから二人の騎士は王を引き留められずに、半端引きずられるように魔法陣の中に入ってしまったくらいに。
由加里が立ち上がると、シャオンとの背丈の差はほとんど変わらなかった。
「あらあら、小さいのに力持ちさんなのね」
ヒッと二人の騎士は息を飲んだ。
小さいとか、幼いとか、若いとかは…王にとっての逆鱗だったからだ。
とくに理不尽に罰せられるということはないが、彼の不機嫌オーラはその美貌の冷やかさを上げ、とてつもなく恐ろしい。
「立ち振る舞いが立派だからかしら?実際よりもとても大きく感じていたから、驚いたわ」
ほわわんと微笑む由加里に、シャオンは何と反応していいか迷った。
確かにシャオンは小さい…同世代と比べればそう差はないだろうが、周辺で比較になる歳の近い相手は二歳年下の妹しかいないのだ。
陰口で聞く「小さい」や「幼い」「若い」などには、それで大丈夫だろうかという不信の響きがあって好きではない…が
小さいのに凄いわねぇという純粋な賞賛の響きは、亡き乳母の「素晴らしいですわ、シャオン様」の声が重なって、何だか胸の奥を温かく擽った。
少し照れくさそうに頬を染めた王に、騎士二人は内心「えぇ~…っ」と呻く。
そういえば、ろくでもない両親である前王と王妃(継母)の代わりに、シャオンを育て教育し躾けたのは乳母である老女だったと騎士達は思い出す。
王と妹姫の絶対的な味方だった…ただ一人のご婦人
そして納得する。
召喚された『勇者』は、亡き乳母に雰囲気が似ているのだ。
容姿に似通ったものなど無いのだが、ほんわりとした空気と優しい笑顔が。
「それでは行きましょう、詳しい話は温かい場所で。ここは冷えますから」
「ええ」
由加里はシャオンに手を引かれ…魔法陣の境界線の手前で足を止めた。
そして、一見にこやかに王達を待つ魔術師に、困ったように微笑んだ。
「モーリさん、あなた早く国に帰った方がいいですよ?」
「は?」
「スパイなのでしょう?出身はシランデル神国、勇者を操ってこの国を壊滅予定。リーシャ姫に呪いをかけている…」
「な、なにを、言って」
由加里はぎょっとした王や騎士、そして魔術師の視線の中困ったような微笑みを浮かべたまま、小首を傾げた。
「ごめんなさいねぇ、私の『勇者』としての能力のようなの」
固まった一同の中、最も早く行動を起こしたのは魔術師だった。
杖を掲げ、小さく早口で呪文を紡ぐ。
杖の先端近くに、小さな炎の固まりが出現し、それは次の瞬間ぶわりと大きく膨らんだ。
「モーリっ、まさかっ」
「嘘だろっ!」
騎士達はとっさに王と由加里を引き寄せ、庇うように立って剣を抜いたが…信頼していたのだろう、その表情は驚愕を張り付けたままだった。
そんな彼らを、魔術師は人の良さそうだった容姿で、ニヤリと醜く嘲笑った。
由加里は「あ」と呟いて、止めようと口を開く。
「やめた方が」
「遅い。死ね」
炎は大きく魔法陣周辺を滑り満たした。
「ぎゃあぁぁぁぁぁあっ!?!!」
魔法陣の大きさが部屋の大半だっただろうか……魔術師は魔法陣内部に放てなかった魔術に、巻き込まれてのた打ち回った。
「え」
「あ?」
「あらあら、まぁ」
攻撃すると危険ですよと忠告しようとする前に、素早く行われてしまった展開に、由加里はため息をつく。
「この中には私に害意のある人や、攻撃は入らないみたいですよ?」
だからやめた方がいいと言おうと思ったのに……若い人はせっかちさんねぇ…と呟く彼女を、騎士達と王はなんとも言えない表情で見たのだった。