夢と環境
両親も周囲も、シュネルさんの夢を応援してくれた。
とても腕の良い針子の教師も手配してくれて、そしてその針子おば様の人柄や教え上手な所に、益々シュネルさんはのめり込んでいった。
幸せな日々であった。
シュネルさんは自分が男であることを知らなかったが、女友達が美しく装う姿を見るのが好きで、友人達のドレスも拙いながら作ることが出来た。
彼女達はシュネルさんに花嫁衣装を依頼し、その依頼を果たすまで死なないようにと励ましてくれ、本当に周囲に恵まれて腕を磨いていた。
そしてそんなシュネルさんの元へ、強大な風の精霊が降り立ってくれたのだ。
魔力に関する病は、生まれつきであれ後天的であれ、精霊の守護があれば好転する。
命の心配がなくなったこと。
そして守護してくれたのが、風属性の精霊だったこと。
それが、シュネルさんにとって、良い効果をおよぼした。
本来、長男で精霊の守護持ちなら、跡取りコース一直線である。が、高位の風属性の精霊・・・・・・・・風属性の精霊の気質は自由。
他の属性ならば、一度守護した人間から外れることはめったにないが、風属性は守護した人間が抑圧されたり、本人の望まない道を受け入れたりすると、あっさり外れる属性なのだ。
すでに立派な跡取りの弟がいたし、女性として育てられていたし、本人は寿命の心配なく針仕事が出来ると喜んでいる。そもそも、精霊自体がシュネルさんデザインのドレスを気に入って守護してくれた。
高位貴族の長男ながら、シュネルさんはドレスを作る針子として、ほとんど受け入れられていた。
「まぁ、僕が本当は男だって知らされた時は、さすがに複雑な心境になったけど、友人達が本当に良い娘達ばっかりでね! ドレスの注文も取り消さないし、精霊が守護するほどのデザインドレスだもの、私達が着れば他の女性達もあなたの性別なんか気にならなくなるわって、励ましてくれて」
「男として見られてないとも言えますが、シュネル様本人も男である自覚薄かったでしょうし、本当に最高の環境だったんじゃ・・・・・・・・」
エンデリアさんが困惑した表情で呟く。私も首を傾げた。
その環境から外へ出る理由が、思いつかない。
シュネルさんは両手で顔を覆った。
「第五だったか、末の王子が、僕を嫁にすると喚きだした」
「へ?」
「男だって言っても、針子になるんだって言っても、聞きやしねぇっ! あのクソ王子ぃぃぃっ!」
物凄く恨みの籠もった声が、手のひらで押さえられつつも・・・・・・・・押さえられて余計にが、低く響いた。
「あ、」
エンデリアさんが何かに気がついたような声を出し、アージット様が顎を撫でながら何かを思い出したかのように、目を閉じて口を開いた。
「確かあの地方で、男が死ぬ病が流行ったことが、数年前にあったな?」
「シュネル様の出身国は、王の跡取りがほとんど死んで、末の王子しか・・・・・・・・」
「王も、病の床について、死んではないが、王としての業務を勤められるほどは回復しなかったはずですねぇ~」
「幸いなことに、あのアホ、王としての資質はあったんだ! 病でガタガタになった国も、あいつが支えて立て直したと言ってもいい。賢王だ。僕を嫁にするって、世迷い言を言い続ける所以外はなっ!」
「・・・・・・・・た、たいへんだったな」
アージット様は男として、それ以外かける言葉が見つからないようだった。