迷宮
彼女が指先を振ると、ホワホワとした魔力の塊が現れた。
ただの魔力ではない。
消えないし、実体がある。
『なんとか、再現魔法で記憶にあるものは味わえるようになったのよ』
一つ差し出され、私はそれを両手で受け取った。
甘い・・ケーキの匂いがした。
『ショート、ケーキ?』
『そうよ、食べてみて』
はむっとかじってみる。
苺の甘酸っぱさと、生クリームの甘み、スポンジの風味が一体となって、口いっぱいに広がった。
シンプルだからこそ、その味のレベルが分かる。
『おいひぃ』
もったいなくて、飲み込みたくなかった。口も開けたくなかったのに、つい感想が零れ落ちた。
『フフッ、良かった。これで、成長障害は治るから』
優しく頭を撫で、ニッコリ笑った彼女の目は・・・・笑ってなかった。
『この世界に生まれたからには、この世界の味覚を味わいたくて・・・・だから、ちゃんと死にたかったの、だ・け・ど』
白い指先が、私の顎をくすぐった。
『教えてちょうだい?精霊達の加護下にありながら、成長障害・前世の記憶があっても、15歳ながらの裁縫レベルの異常な高さ。私、鑑定スキル持っているから、誤魔化さずに教えてね?・・・・ねぇ、この子を聖獣進化状態までにした、あなたを、永遠の少女状態で、娶ろうとしてるロリコン野郎とその仲間達のこととか、王宮のはずなのに魔物を作り出せるくらい汚れてる訳とか』
ほとんど夢の中だったから、断片的にしか知らないのよね・・・・と、呟いた彼女に、私は背筋がピンと伸び硬直した。
アージット様、えらい誤解をされていた!
醜悪な魔物が切り捨てられ、黒い塵となって消える。
一匹一匹はさほど強くないが、連携するのが厄介だった。
「何故、魔物が・・・・」
「始祖様のパートナー様が、迷宮蜘蛛で有らせられた為かと」
老執事の言葉に、皆息を呑む。
「魔物を作り出せるのか?」
「ウェルス、ユイは大丈夫だろうか?」
「ユイ様は今の所無事ですよ~、アージット様」
ミマチが魔物をナイフで切り捨てながら、老執事の代わりにアージットの問いに答えた。
「誓いに揺らぎはありません。心の方も、恐怖や助けの求めを感じませんし」
「そうか、良かった」
「しかし、何故ユイ殿だけ?」
アムナートが首を傾げ、ハーニァも口元に指を添えた。
「あれは、名前・・・・でしたよね?」
「資格ある者だけが読める物だったのでしょう」
老執事ウェルスの言葉に、ミマチがウンウンと頷いた。
「ありますよね~、魔力籠もった物とか、とくに」
出来上がった壁を一周して入り口を見つけ、ミマチが先行する。
そして程なく戻った。
「迷宮って聞いた時から、嫌な予感はしてました」
「やはり、広がってますか」
「ウェルス様予想してました?ちょっと見た所、迷路ですね~、魔物も結構・・・・私じゃ火力不足で、気配に敏いのもいて、すり抜け出来ませんでしたぁ」
「では、戦力確認をしよう。文官が巻き込まれなくて良かったが、武器はともかく薬もないし」
「完全に丸腰なのはハーニァだけか?」
「いいえ、アム」
ハーニァはスカートを捲り上げ、太股に着けられたベルトから下がる袋を取り外した。
手袋とナックルが入っていた。
「兄が、妃発表後には、襲われる危険もあるだろうと。アムに心労をかけないようにと、婚約祝いのくれたんだ!」
「イアン・・・・」
ガンッと拳を叩き合わせると、ガントレットが炎を纏った。
「ん?威力が落ちている?・・・・あぁ、始祖様のパートナーと敵対したくないのか・・・・」
ハーニァの呟きに、アムナートはため息をつく。
「精霊の呪力を得る魔道具・・・・って、確かに下手な婚約祝いより高価・・・・過ぎ、それで威力が落ちているなら、尚更だな」
「あ、精霊の助けは、期待出来ませんね~、ハーニァ様のは守護精霊様がいるから、身を守る力は貸してもらえるようですけど」
「そうですね、鎧精霊も積極的ではありません」
ストールは鎧を・・・・腕や腰を確認するように撫でながら言った。
誓い・・・・守護する相手の危機が伝わるシステムが無ければ、焦燥感に支配されていただろう自分を、まだまだ力不足だなと反省しつつ。
「迷宮主には、魔物生成や空間拡張能力があるらしいが、体感するのは初めてだな」
道を曲がりながら、襲ってきた魔物を切り捨て騎士は呟いて、地面に落ちた魔石を拾う。
「おとぎ話にあったね、城が・・・・王宮が建つ前、ここには迷宮があったのだと」
ハーニァが壁をコンコンと叩いて、アムナートも彼女の言葉に頷いた。
「おとぎ話は真実だった可能性が高いな、始祖と蜘蛛や初王の出会いの話は怪しくなったが」
「しかしこうなると、ますますトルアミアがとっさに区切ってくれて良かった。下手すると王宮中迷宮になっていただろう?」
「足手まといが山盛りですもんねぇ、」
迷宮は基本、魔物が無限に湧く
その場を一掃しても、ずっと安全は保てない。
ミマチはしみじみと言う。
文官を軽んじている訳ではない。
むしろ、使える文官が傷つく可能性が回避出来て、ほっとしたのだ。
総合的に何でも出来る執事長
守る事に特化した騎士団長
斥候・・・・暗殺術系のバトルメイド
守攻バランスの取れた・・・・鎧が正しいものとなって、あらゆる面でパワーアップした騎士乙女
凍らせ砕く魔剣の主で、クソ装備から解放され一級品を得て、いつの間にか冒険者登録してた元、国王(その魔剣、いつゲットしたんですか?迷宮品ですよねぇ?)
攻撃は炎の拳、格闘術超一流王妃予定、令嬢(前衛だけど、出せるわけな~い)
剣も格闘術も一流だが、植物による敵の拘束支援特化、現王(当然だけど、戦わせるわけな~い)
「遠距離攻撃の火力不足ですが、この通路の幅ならこれ以上いても戦い辛くなるだけでしょうしね」
老執事ウェルスも、メンバーを確認して頷いた。
「さて、始祖のパートナーは、何がお望みなのかな?」
ユイの心配で、少々不安そうに呟くアージットに、ストールは言おうか言うまいか迷って、結局口を噤んだ。
・・・・何だか、始祖のパートナー様・・・・ミマチと似た感じがするなど、
根拠も無いし、ある意味別の心配をさせてしまうし・・・・
「ユイ様、結構変態への対応スキル、高いんですよね・・・・・・・・・・・・」