降臨
円の中は、金色の糸でいっぱいになった。
巻き込まれたのは王様達と、私にミマチさんストールさん、それからとっさに滑り込んだハーニァ様・・・・当然それぞれの守護精霊さん達も。
そして、王様の側に控えていた騎士さんと、老執事さん
「あの契約書は、どれだけの高濃度の魔力を封じていたんだ?」
「トルアミアの判断には感謝せねばな、魔力を操れる素養のない者にはきつい」
「アム」
糸を掻き分けてハーニァ様は王様に呼びかける。
「ハーニァ、入ってきたのか?」
「当たり前だろ?婚約者だし、アムを守るカードは一枚でも多い方がいい」
そんなハーニァ様のキリッとした表情に、アムナート王は何か言いたそうにしたが、ため息をついて言葉を飲み込んだ。
「早く妃の守護者を付けるのだな」
アージット様が言うと、アムナート王は苦笑して頷いた。
後で聞いた話では、王様は守られることもお仕事の一つで、それだけは拒絶出来ないらしい。
だから、守りたい人が守る気満々でも、咎められなくて落ち込んだのだ。
テーブルには特大の繭が出来上がって、パリパリと音が響く。
人が入っていそうな大きさの繭が、ゆっくり割れていき最初に白い背中が、
次に金色の長い髪の頭が現れた。
背中に羽でも生えていたら、妖精の羽化かと思うだろう。
しかし彼女の背中に羽はなく、下肢は蜘蛛のままだった。
白い毛並み(蜘蛛だけどフサフサで、毛並みとしか言いようがない)に、所々金色が混じって、不思議な模様を描いている。
『ふぁあ、よく寝たぁ』
欠伸をして、伸びをした彼女は上半身だけなら光の女神かのような、美人だった。
『ヤッホー、私の名前を呼んだってことは、あなたも転生者?』
懐かしい日本語で、彼女はにっこりと笑った。
金の糸がブワッと押し寄せて、私の体はアージット様から攫われてしまう。
「ユイ!」
アージット様が手を伸ばすが、糸が壁となった。
糸の壁の中には、私と蜘蛛の彼女だけ。
先ほどまで、外から聞こえていたざわめきも聞こえなくなる。
『さぁ、名のって』
ローズクオーツのような目が、私の目と合って・・・・全身が痺れた。
嫌な痺れではない。
マッサージを受けているかのような、心地よい痺れだ。
『私の名前は、ユイ。前世は、紬』
久しぶりの日本語が、自分でも驚くくらい滑らかに零れた。
『そう、私の名前はアリアドネ。前世は亜璃明、短い間だけど宜しくね』
『短い、間?』
『そうよ。魔物の特性を知ってるかしら?魂の引き継ぎ・・ま、ほとんどの魔物が「心」なんて持たない、本能だけの存在だけど』
そう言ってから首を振る。
『いいえ、ある意味心の集合体が、魔物なんだけど』
彼女、アリアドネが指先を振るうと、空中に絵がうまれた。
ジンジャークッキーのような人から、黒いもやが染み出し
それが集まって、卵のようになり
そして、それが蜘蛛の形になる。
『コレがこの世界のシステム。人の負の感情が、魔物を生み出すのよ』
『システム?誰かが、作ったみたい・・・・』
呟いたら、拍手された。
『当たり。元々この世界は、人の意志で形成されるの。人が神になった世界・・・・でも、人の心は壊れて、何度も世界は滅んでしまった・・・・・・・・負の感情を撒き散らしてね』
『え?人が神?』
ぶっ飛んだ話だ。神とか言われても・・いままで意識したことなかった。
精霊とか居るし、裁縫技術とかレベルありそうとは思っていたけど。
『不安定で脆い世界は、神の力を宿す人をこの世界から選ぶのを辞めて、外の世界の人を連れてきた・・・・地球の人よ。凄く稀に私達転生者がこの世界に生まれ落ちるのも、そこからの影響ね』
アリアドネは目を細めた。
『随分と眠っている間に、魔法が廃れたみたい』
『魔法?』
『言ったでしょう?人の意志が世界を変えるのよ。基本を忘れて、大多数の人の意志が魔法を特別にしてしまったみたい』
『人の意志・・・・』
『この世界を作った地球人は、土台をゲームにしたの。人の意志が世界を作り、世界を滅ぼすから。人の滅ぼす負の感情を魔物にして、それを倒して浄化するシステムを』
アリアドネはフフッと笑った。
『駄目よ、精霊さんは私の味方だもの。協力は得られない』
?
あれ?
アリアドネさんは、何を言っているのだろう?
糸の壁の外側で、私を心配した円内のメンバーが壁を崩そうとしていたことに、痺れでぼんやりしていた私は思い当たらなかったのだった。