ロメストメトロ・アムナート
炎の加護が宿ったレース編みの花を手に、ハーニァが微笑む。
現王アムナートは、差し出された花にキスを落とした。
そして、自分の精霊と同じに・・・・とは、いかないが、マントの留め具にそれを差し入れて、同じように花を飾った。
アムナートが初めて彼女に会った時、彼女の表情は死んでいた。
正直、何もかもを乳母という名目の老害任せにしていた母を思い出し、気持ち悪かった。
ギラギラとした目の老害が、小さなアムナートの腕を掴む。そして何の感情もない表情の母へと引き寄せ・・護衛騎士に振り払われた。
「アムナート様に何をする!」
当然のことだ。
アムナートに断りなく触れていいのは、この国では、父だけ。なにせアムナートは後継者だ。
偉い訳ではないし、高確率で王になる可能性は低い。
父が若く優秀であったからだ。
父が隠居する頃には、アムナートの子供が王の後継となるような年頃だろうと、皆考えていた。
アムナート自身も含めて。
だが、だからこそ、その身は守れなければならない。
王が再び母の元に通うことなど、有り得なかったからだ。
本来ならば、真っ先に老害を咎めなければならない母が、老害が喚くこともどうでもいいかのように、爪を眺めているのが印象的だった。
あの時の失望感は、アムナートの幼少期を終わらせた。
ある意味母は反面教師だった。
人の言いなりで、自分の意志がない人は、とても気持ち悪い。
そして哀れだ。
そんな母親を思い出させた訳で、彼女の第一印象は良くなかった。
「どちら様?」
「私達は、フルク・イアンの友人で、彼に会いに来たんだ」
その瞬間の、彼女が生気を取り戻していく姿で、母との同類認定は消し去られた。
花咲くように、青ざめた頬が色付き、瞳には希望が宿る。
第一印象が消え去るほどの、美しい変化だった。
人の美しさは、作りより表情で決まるとアムナートは認識した。
「・・・・兄様のお友達ですか?」
「ああ、私はカロスティーラ・ロダン、彼は」
「ロメロ・アムだ」
お忍びのアムナートは、当然偽名を名乗った。
サイズの合っていない使用人の服で、彼女は幼いながらシッカリした礼を返した。
「フルク・ハーニァです。いらっしゃいませ、兄様は・・」
ハーニァは邸の上部を見上げた。
イアンはその美貌に目を付けられて、言いなりになるよう監禁され、見張られていた。
「大丈夫。知っている、俺達は、イアンを助けに来たんだ」
彼女の生気を取り戻した表情が曇るのが、嫌だった。
思い返せば、すでに可能性は生まれていたのかもしれない。
彼女に恋する可能性が
捕らわれていたイアンを助け、
イアンはその足で、父親の元に向かった。
同じく腑抜けたまま、周りの言いなりになって捕らわれていた父親をぶん殴って喝を入れ(イアンは優しく気弱そうでありながら、格闘術が師範クラスだった・・・・妹のハーニァを人質にされてなければ、『親戚』からの使用人達や母親などは、彼自身で地に沈めていただろう。)
ハーニァは見た目繊細そうな兄が、もの凄く頑丈な小人族さえ一撃で気絶させる腕の持ち主と知って、自分が足を引っ張らないように格闘術を学び始めた。
ちょっと凛々しくなってしまったが、そういうところも好ましく思った。
アムナートとハーニァは仲良くなった。
第一印象は悪く
初めての年下の友人となり
妹のように可愛く思い
あの新しい義母が、嫉妬に狂っていくのを見た。
魔眼を持った女性と、子供を作らなければならないことが、恐ろしく虚しかった。
本来精霊を見れる人間は、善良で優しい人格に育ちやすい。
精霊に接することで、小さなものや幼いものに自然と優しくなっていく。
アムナートの生母と義母が、例外だったのだが、父が選びようがなかったように、当時魔眼持ちの女性は少なかったのだ。
だが
避難所の一つ、フルク家で
ハーニァが精霊を見れることに気づいた時の、希望と恐怖・・嫉妬に狂ったアムナートの義母に、その存在を知られたら命が危ないことや、まだ若い父の『次』の妻候補となる可能性・・・・に、誰にも彼女を害されたくないしとられたくないと、自覚した。
彼女がとても好きだと、そして彼女も自分を兄のようにではなく、好いてくれているのだと。
「我、ロメストメトロ・アムナートは、炎の乙女フルク・ハーニァと婚姻を交わす者なり!!」
彼女を腕に宣言すると、花は炎のように揺れ広がって、マントの縁取りにあしらわれた蔓草に小さな花や蕾として、宿り安定した。
ハーニァのドレスといい、今の現象といい、競わせなくとも十分な御披露目となってしまったなと、苦笑する。
「そして、その腕は存分に証明されただろう、ヌィール家当主に新たにヌィール・ユイを、王ロメストメトロ・アムナートが指名し、前王ロメストメトロ・アージットとの婚姻を認め宣言する!」