蜘蛛と針
私の持ち物は数着の古着と、蜘蛛と針
私の産まれた家は、ヌィールという家名で衣服に加護を縫い込める力を持っているらしい。
前世の名前は紬・今世の名はユイ
前世では手芸部に所属していた私にとって、今世の縫物家業は天職に思えた。
そう、まだこの家の特色を知らない幼児時代…それなりに育てられていた時期
精霊の服を繕わなければ。
その小さな精霊は、何だか傷ついていてしくしく泣いていて、服もズタボロだった。
そんな精霊は、時々見かけた。
この世界に産まれてから、私の目はそうゆうモノが見えるようになっていて、おまけで試してみたら自分の魔力っぽいモノも操れるようになっていた。
赤ちゃんは暇だ。
まだ言葉も分からない状況だったが、赤ちゃんの世話をする人達から、愛情の欠片も感じなかったし。
大半を寝て過ごしていたが、前世の記憶があって、自我のある私には思い通りに動けないのは、ストレスで、精霊が見え魔力っぽいものが見え、魔力が操れなかったら壊れていたかもしれない。
だから暇つぶしと言ったら悪いが、糸っぽく伸ばした魔力を操って、その精霊さんの服を簡単に繕ってみたのだ。
最初は伸びてきた魔力に怯えた精霊さんだったが、ソレが自分の服を繕うのに驚き、目を輝かせた。
繕い終えて、魔力の糸をプチリと切ったが、繕った糸は消えず精霊さんの衣服をキラめかせていた。
精霊さんは私の頬にキスをすると、楽しそうに嬉しそうに飛んでいった。
それから私の魔力はほとんどを精霊さん達に使われ続け、十歳の誕生日に蜘蛛と針をプレゼント(?)され、繕い物の仕事を回されるようになっても……普通の服は普通に…魔力を宿す蜘蛛の糸というのは普通じゃなかったが…まあ、普通に縫って手伝いをしていたつもりだった。
私の手は、他の誰よりも綺麗に早く……下手すると前世のミシンよりも早く綺麗に仕上げていたが、この家ではそんなモノは無価値だと分かった時には遅かった。
罵られる日々
粗末な食事
みそっかすな子供と笑われ、邪魔者扱いする家族
縫い目がガタガタで、でも魔力を込められる一つ下の妹がいたことが、更に私の立場を悪い物とした。
…普通の人は魔力を糸のように操作できたりしないらしい。
ただ家の血族は特殊な蜘蛛と契約し、その糸に魔力を宿して加護を縫い込む力があった。
本当は私も、そう縫おうとすれば縫えるのだが……
ソレが分かった頃には、もうこの家のために価値あるものを産み出す意欲など、すっかり削られてしまっていた。
まぁ、元々ろくでもない家族だったし、どうも私は前世から血縁関係の家族には恵まれない運命でも背負っているのかもしれない。
未来の家族には希望を持ちたい。
そして私は十五の春、家から出された。
捨てる神あれば拾う神あり…私の手の作品を見て、加護を宿せない出来そこないと思うよりも、その出来の美しさに私の腕を欲しがった人の所へ。
妹は不機嫌だった…相手の人が都でも評判の美形貴族だったらしいので、むしろ彼女の婿入り候補の一人の大本命だったので。
私が嫁に行くわけでなく、針子としていくのだと知って一転上機嫌になり、将来は私が奥様となってあなたを働かせてあげるんだから敬いなさいよねとかふざけたことを言ってた。
家の人達ってば、自分達が特別なことを鼻にかけていて、だいたいこんな感じなのだ。げっそりする。
しかし私も一応ヌィール家の一員として、針子とはいえ相手側は結構なお金を出したらしい。
支度金ともいえるソレが私に渡されることは、なかったことは当然で……その家で繕い物を一手に引き受ける私の上司となるおば様は、私の容姿と手荷物の少なさに涙ぐんだ。
当主のカロスティーラ・ロダン様と面談後は風呂に入れられ、磨きこまれ、おば様の娘のお古(でも新品同然)を着せてもらい、食堂でちゃんとした食事を出されたのだった。胃が小さくなってて、大半食べられなかったことを料理長に謝ると、強面の料理長のおじ様まで涙ぐんでしまった。
体はガリッガリで十五のはずなのに十歳程度にしか見えなく、髪も肌も栄養不足でガッサガサ…難民の底辺で拾われてきたようにしか見えない私(一応貴族のはしくれ)に、実家での扱いが簡単に予想できてカロスティーラ家の皆さまは、一気に私を歓迎する方向転換をしたらしい。
ヌィール家から人が来るのは当初あまり歓迎されないくらい、世間一般から実家の人となりの評判は悪かったのだ。
そしたら来たのは見るからに虐待されてた子供だったので、彼らは私に優しく接してくれた。